第58話 「闘拳のブラーと傭兵ヴァルゴサの因縁」
路地裏に倒れていた怪我だらけの男を見て、俺は思わずウッと顔を歪めた。
全身がアザだらけでボコボコに膨らんでいる。
どうやったらこんなにくまなく殴れるんだと思うほど。
正直、死んでいてもおかしくない様子だったが――
すー……すー……。
――かすかに呼吸音が聞こえて、とりあえず生きていることだけは分かった。
「イシカン、キヌエド、二人で担げるか?」
「うっす」
「任せてください、ダンナ」
ゾゾルの手下であるゲイカップル、モヒカンのイシカンとスキンヘッドのキヌエドが男を担ぎ上げる。
二人も大柄だが、男はそれ以上の長身だった。
彼らと来て良かった。
俺一人じゃとても運ぶことなんて出来なかっただろう。
大男。
赤髪のドレッドヘアー。
徒手格闘の達人――「ブラー」。
ようやく見つけたロストグラフ二人目の特使は、見るも無残な姿で路地裏に捨て置かれていた。
***
「う……うう……」
「お、目が覚めたか?」
「その声……れ、レモネット……か?」
「そうだ。安心しろ、ここは安全だ」
仲間の声に心が落ち着いたのか、ブラーはやや目を細めると、周囲を見回し、やがてその視線が俺の顔にぶつかった。
「むっ、な、何者だ?」
「どうも、はじめまして。俺はツキト・ハギノ。アンタと同じロストグラフの特使だ」
そう言ってすぐにグランデル王の書状を見せる。
起き抜けにいきなり仮面の男が顔を覗いていたら、そりゃ驚くだろう。
だから俺のヘタな説明なんかより、これが一番効果的なのだ。論より証拠である。
「たしかに……本物だ。だが知らない男だな……」
「国がバタバタしていたからね。王も次々と優秀な人材を外へ出すわけにもいかないし、新参者の俺に白羽の矢が立ったんだ」
ブラーは再びレモネットを見た。
仲間である彼女に、俺の評価を求めたのだ。
「大丈夫だ、ブラー。ツキトは味方だ。信頼できる。ヘンテコな仮面は取っつきにくいだろうが、お前を捜して見つけ、ここまで運んでくれたのもツキトだぞ。かくいうアタシもコイツのおかげで助けられたんだ」
そうレモネットがフォローを入れると、ブラーは深々と頭を下げた。
「そうだったか……それはかたじけない。迷惑をかけた。『闘拳のブラー』、グランデル王親衛隊所属だ」
彼の求めた握手に応じる。
「気にしないでくれ。もともと陛下から賜った任務に、アンタたちの様子を見ることも含まれていたからな」
それより、と手を放して俺は続ける。
「起きたばかりで悪いが、もう一度休眠に入る前に少しだけ教えてくれないか。特徴的な容貌の男が西区で襲われている、という情報を受けてすぐに走ったが、アンタはすでにボロボロの状態だった。訊きたいことは三つだ。誰にやられたのか。これまで何をしていたのか。そして、アンタだけが知る重大な情報があるか――」
ここはツキト団のアジトである。後ろにイシカンとキヌエドもいるが、あとは俺とレモネット、それにシューシュカと、彼女に寄り添うニュトだけだ。情報が漏れる心配はしなくてもいいだろう。
俺は改めてブラーを見る。
大ぶりな鼻に分厚い唇。落ち窪んだ目は穏やかながらも隙が無く、ややこけた頬はジャルバダールに来てからの苦労を思わせた。
戦士然とした引き締まった体は浅黒く、今はあちこちに湿った布が当ててある。
頭上のランゴは「3888」。おそらく元のランゴは敵に奪われたのだろう。
彼も俺を見て、それからレモネットをもう一度見ると、やがて低い声で語り始めた。
「俺が戦ったのは……『ヴァルゴサ』という男だ」
「ヴァルゴサ――『ブトランテラ』の雇われ戦士か」
「ブトランテラ」。
ジャルバダールでも一番危険だとシューシュカが言っていた組織だ。
彼らは母体が国の富豪で、強い傭兵を金で雇って大きくなった。
国の運営などどうでもいいから、私腹を肥やしたいと思っているような連中だ。手段をいとわずあちこちで暴れている事実も、不思議ではないだろう。
その中でも最も危険な傭兵が三人。
ヴァルゴサ。ランゴ「7」。
クラッチマン。ランゴ「14」。
ウルウェーテル。ランゴ「21」。
中でもヴァルゴサは「7」の数字を掲げる恐るべき男である。
いつかシューシュカが言っていた。ランゴ上位者は皆強いけれど、特にひとケタ台の連中はバケモノ揃いだと。
「二つ目の質問と重なるが――」
ブラーは続ける。
「――俺はマハラン屋でジャルバダールの現状を聴いたあと、一度はロストグラフへ帰ろうと思っていたのだ。だが、もう少しだけ情報を集めようと寄った次のオアシスで、イヤなものを目にした」
「イヤなもの?」
「……少年兵団の徴集さ。ジャルバダールで戦力を増やすためになりふり構わなくなった連中が、王都から逃げた国民を見回り、使えそうな人材を無理やり連れていくんだ。ランゴがある限り、誰も逆らえない」
……なるほど。考えてみればありそうなことだ。
「俺はどうしても見ていられなくなって、徴集の場に割り込んだのだ。そこにいる連中は全員倒したが……結局その時は、あとから来た本隊に負けて一度引き下がった」
「ずいぶんとらしくないことをしたもんだな」
レモネットがくちばしを挟む。
「どちらかといえば感情に走りやすいのはアタシの役で、だからこそアンタが第一特使に選ばれたはずだったけど」
「目の前で連れて行かれそうになった少年が……似ていたのさ」
レモネットの疑問に、ブラーが静かに答える。
「マルコにな」
その表情は痛みを、また怒りをこらえているようだった。
「……そうか。そういう事情か。たしかに行くとこまで行ったときのアンタの暴走っぷりはアタシの比じゃなかった」
どうやら込み入った事情があるようだ。
「長くなりそうなら後日にするが」
「いや、話させてくれ。……俺は後から来るであろうロストグラフの特使にも頼らず、自分だけで戦うつもりだった。だがどうやらすでにレモネットも、ジャルバダールの勢力争いに参加できるだけの後ろ盾を持っているようだ。それならば早めに情報を共有しておきたい」
つまり私情でレモネットや他の特使に迷惑をかけたくはないが、すでに俺たちがジャルバダールの事情に巻き込まれている以上、手を組む方が得策ってことだな。
「マルコというのは俺の……弟子だった少年だ」
そうつぶやくと、ブラーはますます悲痛に表情を歪める。
「孤児でね。俺はかつてルファード大将軍の旗下で働いていたのだが、いわゆるロストグラフの一番隊である大将軍の部隊は子供にも人気があった。マルコもそれに憧れる一人で、中でもどういうわけか俺を気に入ってくれていた。赤毛のやんちゃな顔立ちでね。よく兵士の練習を見に来て、俺も可愛がっていたよ。格闘術を教えたりしてな」
だが、と彼は口を歪める。
「……マルコは殺されたのだ。薄汚い傭兵の手によって」
「……傭兵」
「マルコは独り立ちする前に、孤児院から奴隷商人へと売られた。そのことを俺が知って駆け付けたときには――彼はもう殺されていたのだ。格闘術を学んでいることが災いした。マルコは商人が雇う用心棒のオモチャとして、体を壊された。その後商人たちは捕らえられたが、用心棒は他国へ逃げ延びた」
「……なるほど、それでジャルバダールの連中に徴兵された少年を、マルコ君に重ねてしまったというわけか」
ブラーはこくり、とうなずく。
起き抜けに重い話をしたためか、彼は喉を潤すよう一度水を求めて、飲んだ。
「――だが、それだけなら俺もジャルバダールに留まらなかっただろう。ロストグラフへ戻り、改めて徴兵された少年たちを解放しに、この王都へ向かったに違いない」
俺は彼の語る過去と今が繋がる予感がした。
「ジャルバダールの村々で少年を集めていた連中は――『ブトランテラ』。そして俺を負かしたブトランテラ本隊の一番奥でコトの成り行きを眺めていた男は、『ヴァルゴサ』。その男こそ、かつてロストグラフの奴隷商人に雇われていた傭兵だったのだ」
隣でレモネットが息を呑んだ。
俺もその宿命的な邂逅に、思わず目を見開いた。
「国王陛下の勅命を持ちながら私情で動くなど、臣下としてあってはならないこと……しかしヴァルゴサやブトランテラを相手取ることは、引いてはジャルバダールの深奥に迫っていくことだと自分に言い聞かせ、俺はこの一か月以上をずっとブトランテラの調査に費やしてきた。その結果分かったことは、かの組織が悪質な奴隷商人と同じくらいタチの悪いものだったということだ」
「ブトランテラが組織を大きくするために、あくどいことを色々とやってるっていうのはよく聞きますわね」
口を挟んだのはシューシュカ。
「その通り。王都から逃げた若い子供たちの徴兵だけじゃない。ヤツらはそうした子供たちを、それなりに大きな組織の幹部へと斡旋して――見返りに兵力を得ているのだ。
ブトランテラの本拠地には、奴隷ですらない、玩具として扱われる子供たちが閉じ込められている。奴らにとって子供は、男も女もただのモノ扱いなのだ。
逆らう親たちは魔女の制裁を恐れて手を出せず、出した者たちは殺される」
――ざわり。
怒りが肌を撫でていく。
思えばゾゾルのところでも、彼が子供たちをモノ代わりに扱っているのではと怒りが湧いたのだった。
だがゾゾル自身はあくまで子供の親に金を払い、彼らに危害を加えることなく自分の趣味に付き合わせていただけである。
まあそれも決して褒められたことではないので、本人もそれを自覚して自分が変わる道を選んだのだが――
――子供を食い荒らして私腹を肥やすクズが実際にいるとは。
力が全ての国。
そこで食い物になるのは、当然力の無いもの。
そうであれば、真っ先に狙われるのは子供だ。
「……だが、おかしいな。それが本当なら、どうしてナヨカトルの命令が通じないんだ。『無理強いさせてはならない』という原則があるはずだろう」
「そこがヤツらの巧みなところで、ブトランテラの連中はそれらの横暴を全て、『無理強いさせていない』という体でおこなっているのさ。
『絶対順位令』には、わざとかもしれないが――多くの穴がある。目の前でおこなわれていれば別だが、ブトランテラの悪事は秘匿されているのだ。
それを暴くには、ヤツらに全てを明かすよう命じなければならないが、ヴァルゴサのランゴは『7』。この国で命令できる人物は六人しか存在せず、その六人は勢力同士の睨み合いで、兵力の消耗を避けたがっている」
いつかシューシュカに聞いた膠着状態が、ここでも足を引っ張っている……というわけだな。
「――よし、大体把握した。長い話をしてもらって悪かったな。ずっとブトランテラを調べていたなら、それ以上ジャルバダールの秘密に迫る情報は持っていないだろう」
「……すまない」
「いや、充分だよ。詳細は会議に回そう。これ以上話を聞いていると、あれだ」
「あれ?」
と聞き返したのはシューシュカ。
「――ぶちキレそうだ」
実際、平静を保つので精一杯だった。
ブトランテラが食い物にしている子供たち。
もしその中にニュトがいたら……などと考えると、頭が沸騰しそうだった。
俺の感情の変化を感じ取ったのか、ニュトがととっ、と駆け寄って俺の手を握った。
「ちゅきと……だいじょうぶ?」
「……ああ、大丈夫だよ。今のところはな……」
そして俺はニュトの頭を撫でると、ブラーを、レモネットを、シューシュカを、一同を見回して――告げた。
「決まりだ。次の目標は『ブトランテラ』。俺たちツキト・ゾゾル連合軍の力をもって――ヤツらを叩き潰す」




