34.掟通りの地元歩き
大通りをしばらく進み、城がより一層大きく見えてきた辺りで、前を行くサキトたちが唐突に右折し、民家と民家の間にある細めの路地へと入って行ったので後に続く。
路地には馬車が通れる様な幅は無く、昼時が近いにも関わらず左右に並ぶ建物のせいで陽光があまり入ってこないためか薄暗い。
しかし、何故か陽当たりの悪い場所特有のジメジメとした空気は感じられない。
あの屋敷の結界内が特殊であったのかもしれないが、花畑の花々には朝露が降りていたので、帝都の気候が特別空気の乾燥したものだという事はないはずだ。
特に風も感じないので、風通しが良いからとも考えにくい。
(快適なのは良いんだけど……なんでだろう?)
不思議に思っていると前方から小さな子供たちの楽し気な笑い声が聞こえてきた。
何やら小さなボールを魔法で打ち返しあって遊んでいるようだ。
なるほど、大きな通りは人も馬車も交通量が多く子供が遊ぶには危険であるため、この様な路地が遊び場になっているのだろう。
それならばもしかすると、子供たちが快適に過ごせるようにと何かしら路地に魔法的な処理がなされているのかもしれない。
狭いとはいえ子供たちが遊べるような広さの路地で、どこまで続いているかはわからないが、それなりな距離もあるだろう。
ましてや屋外だ。
そんな路地全体を除湿出来るような設備を作れば、膨大な資金がかかりそうについ考えてしまう。
しかし、個人的な感覚であるが、魔法は"適度"な調整は難しいが"極度"な調整は簡単だ。
なので魔法を使えばそれほどコストがかからないのかもしれない。
この辺りの仕組みについても、ぜひ軍属大学院で学びたいものだ。
「あっ!?」
そんな事を考えていると、子供の一人が焦りを含んだ声をあげた。
何事かと視線を追ってみると、遊んでいた小さなボールが横の建物の屋根よりもだいぶ高い位置を大通りに向かって飛んでいっている。
恐らく魔法の力加減を盛大に間違えたのだろう。
慌てて別の子供がこちら――大通りに向かって走り出すが、『細い路地から突然子供が飛び出す』だなんて正に不幸な事故の原因であるわけで――
「ッ――」
咄嗟に飛ぶボールの前方にポルテジオを垂直に展開して止め、落下し始めたボールに対して今度は斜めにポルテジオを展開して自分の方へと滑らせる。
そうして向かってきたボールをキャッチしようかと思った時、それよりも先に両手の人差し指を立てたアイラがボールをお手玉でもするかの様にトントンと指先から出した衝撃を発生させる魔法で弾いて子供たちの方へと飛ばした。
上手いものである。
大通りに向かって走っていた子供は、サキトが両脇を抱えて持ち上げて止めており、子供たちは一様に今一状況が理解できず呆けていた。
「『パートン』をするなら、危ないですからもっと奥か公園みたいな広い場所でやらないとダメですよ」
ソフィアが優しくそう言うと、我に返った子供たちは各々頷くとボールを拾ってから路地の奥の方へと走り去っていった。
どうやらこのボールを魔法で打ち合う遊びの事をパートンと言う様だ。
アイラのこなれた様子から察するに、きっとこの世界での定番の遊びなのだろう。
「ほれ、お前も危ねぇからもう大通りに飛び出そうとしたりすんなよ」
「うん、ごめんなさい……」
持ち上げていた子供をサキトが注意しながら地面へ下すと、子供は素直に反省して一礼してから友人らを追いかけて路地の奥へと走っていった。
その後ろ姿を眺めながら、何やらサキトが感慨深げな笑みを浮かべる。
「どうかしたのサキト?」
「ん? いや、兄貴が昔『どんな力でも結局は使いようなんだ』って言ってたんだけどよ。タケルのシエラの使い方見てっと確かにその通りだなって思ってな」
自分の問いかけにそう答えたサキトは、一拍呼吸を置いてさらに続ける。
「案外シエラってのは魔物と渡り合うためだけの力じゃねぇのかもな……」
「何よサキト、あんたが女神様の教えに異を唱えるなんて。神官様にでも聞かれたら大目玉くらうわよ?」
「別に異を唱えるって程じゃねぇよ。ただ、兄貴の言ってた意味が何となくわかったっていうかな……。魔物を倒す力が欲しいって毎日心の底から願ってもシエラが発現しねぇのは、俺が何か思い違いをしてるからじゃねぇのかなってな」
どうやらサキトは先ほどの魔物との戦闘とは程遠いポルテジオの使い方を見て、何か思う所があったようだ。
確かおじいちゃんも最初の頃にシエラについて自分にそんな説明をしてくれたが、女神様の教えとやらを知らない自分からすれば、きっかけが魔物であっただけで別にシエラが『魔物と渡り合うためだけの力』などとは露程も思わない。
そんな事を言い出したらエフィさんの『素材の味を引き出すシエラ』なんていったいどうやって魔物と渡り合うというのだろうか。
しかし、話を聞く限りあまりこの考えは口外をしない方が良さそうなので、当たり障りのなさそうな質問をサキトへとしてみる。
「サキトはそんなに早くシエラを発現させたいの? サキトの身体強化って学校で一番なくらいに凄いんでしょ?」
正直昨日の試験を受けた後だと、サキト程の身体強化の練度があればそれほど――それこそ毎日心の底から願う程に力を欲する必要は無いと思うのだ。
しかしサキトはそんな自分の質問に一切考える間も無く返答する。
「そりゃあ発現させてぇよ! 俺にもしシエラがあれば、この前の試験だってあんな目に遭わずに済んだかもしれねぇんだ……」
そう言われると確かにそうだとは思う。
事実、ポルテジオがなければ恐らく自分は三人を助ける事は出来なかっただろう。
護るための力を得られたという、その点に関してはシエラが発現してくれた事を本当に嬉しく思う自分がいる。
しかし、おじいちゃんからシエラが発現して寿命が延びる事によって起こる弊害を聞いているために、決して良い事ばかりとは思えない自分もいるのだ。
「……アイラとソフィアも、シエラを発現させたいって思う?」
そんな自分の質問に、アイラとソフィアは軽く苦笑しながら答える。
「そうねぇ……。私は今までそれほど力が欲しいって思った事は無かったわ。でもそれって、この前程自分の無力を呪った事が無かったからなのよね……。正直もうあんな目に遭うのは二度と御免だけど、もし遭っちゃった時のために欲しいとは思っちゃうわよね」
「私もアイラちゃんやサキトくんと同じですかね。まあどうやったら発現できるのかはさっぱり何ですけど……」
「そっか……そうなんだ」
「何よタケル、なんか嬉しそうね」
「え? そ、そう?」
正直に言おう。
サキトに対して「焦る必要は無いのでは」などと考えてはいるが、自分はいつかはこの三人全員にシエラが発現してほしいと願っている。
このまま自分だけが長い時を生き、三人と早々に別れるような事態になるのが嫌なのだ。
しかしそれは、現状この世界に知り合いの殆どいない自分だから出来てしまう極めて利己的な考えだ。
彼らには彼らの家族や友人がいて、それぞれの人生が待っている。
まさか口が裂けても、「僕のためにシエラを発現してくれ」だなんて言えるわけもないし、言った所でどうこうなる問題でもない。
だからせめて確認しておきたかったのだ。
別れの時を先延ばしに出来る可能性があるのかどうかを。
「なあタケル、なんかシエラを発現させるコツとかって無ぇのか?」
「コツって言われてもなぁ……」
再び歩きだしたサキトについて歩きながら考える。
心当たりがある事と言えば、自分の強い意志と状況が噛み合ったという事ぐらいであるが、あの時――サキトたちを助けに森の中を全速力で飛んでいた時に心に流れ込んできた感情がサキトたちのものであったのならば、サキトたちにも発現していてもおかしくは無いはずだ。
(――あれ? というよりも……)
そもそも感情が流れ込んでくるあの感覚はいったい何なのであろうか。
あれも攻撃を感知する能力と同じ様にシエラの能力と考えるのが比較的自然だが、だとしたらポルテジオとはいったいどういう力なのだろうか。
自分がポルテジオについてわかっている事と言えば『護るための力』という事だけだ。
(盾自体はもう自由に展開できるし、攻撃の感知は攻撃されれば勝手に発動するけど……あれは本当に突発的だよな……?)
盾や感知は攻撃から身を護るための力だとすると、感情が流れ込んでくるのは何を護るための力なのだろうか。
(というかあれが発動した時ってどっちかって言うと精神的にダメージを受けてる様な……。でも護るための力なんだよな……?)
「い、いやタケル? 別に無いならいいんだぜ?」
「……へ? 何が?」
「え? いや、シエラを発現させるコツだよ」
「――ああっ、いや、うん。……ごめん、思いつかなかったや」
サキトの言葉にハッとする。
そういえばそれの話をしていたのであった。
また思考が脱線してしまっていたようだ。
まったく厄介な癖である。
『治すんじゃなかったの?』
テッチの背に乗るキュウからじっとりとした視線が飛んでくる。
「そ、そのうちな」
癖とは簡単に治せないからこそ癖なのだ。
しかしそれはつまり、時間をかければ治すことができるのだという裏付けでもある。
(うん、大丈夫。いつかは治る)
『ふーん……』
キュウの視線の湿り気が増した気がするがきっと気のせいだろう。
「そ、そういえばどうしてこの路地に入ったの? もしかして軍属大学院ってこの路地に……?」
話を変えるために気になっていた事を聞いてみると、アイラが答えてくれる。
「ああ、この路地はただの抜け道よ。大きな通りは馬車も多いし、信号待ちもあるから、この道通った方が早く着くの。タケルも覚えとくといいわよ!」
なるほど、地元民ならではの順路というわけだ。
正直人混みはそこまで得意ではないので、是非とも活用させてもらおう。
そうしてたまに分岐する路地をしっかりと記憶しながら、たまに見かける無邪気な子供たちを横目にしばらく進むと、前方に明るい路地の出口が見えてきた。
そのまま路地を出るとそこは少し大きめな通りであった。
馬車の通りは少ないが人通りはそれなりにあり、道行く人々の殆どが軍服を赤色にした様な制服を着て右方向へと流れている。
どこから来ているのだろうかと流れの元を探す様に左側へと目を向けると、その答えはすぐに得られた。
「ひょっとしてあれが……」
自分が言い切るよりも前に、ソフィアが口を開く。
「はい! あれがヴェルジード帝国軍附属大学院です!」
少し離れた場所に建つその大き目な市役所みたいな建物が、やはり目的地である軍属大学院らしい。
というより正式な名称はそんな名前だったのか。
わかりやすい名前で何よりである。
「じゃああの建物からわらわら出てきてるこの赤い制服着た人たちは大学院の学生?」
「そうよ。ちょうどお昼時だから外に食べに行く人たちが出てきてるみたいね」
時計を確認してみると、確かにちょうどお昼前だ。
よく見ると通りにはいくつも飲食店があり、何ヵ所かそこそこの行列になっている場所もある。
そういうのを見るとお腹が空いてきたような気がするが、少し時間をずらした方が良さそうだ。
しかし何というか――
「想像してたよりも、校舎が何だか小さいね」
軍人を育成するための学校だと聞いていたので、訓練場やらなんやらで広大な土地を使ったような学校だと思っていたのだが、思いのほか小さい。
「まあメインの施設は殆ど地下にあるからな! めっちゃくちゃ広ぇんだぜ!」
サキトの説明に納得する。
土地が足りなければ上に伸ばしたり下を広げたりと、人間の考えつく事は大体同じようだ。
「なるほど……。中って見学できるのかな?」
「一般開放されてる所ならたぶん問題ないですけど、図書館とか訓練所の一部とかですから、あんまり見るところも無いと思いますよ? 訓練所も許可を得てからじゃないと入れませんし……」
「ああ、そうなんだ……じゃあ今日はやめとくよ。でもお昼食べるにも今はどこも混雑してそうだし……」
そうしてこれからどうしようかと悩んでいたその時、どこからか可愛らしい少女の声が聞こえてきた。
「――あら? お姉様?」
自分には関係の無い会話だと思い聞き流そうとしたのだが、隣にいるソフィアが反応したことでその認識は覆された。
「ふぇ? 今メアリーの声がした様な……?」
「メアリー? 誰のこと――」
聞き終わるよりも先に、後方から誰かが走ってくる気配を感じて後ろを振り向くと、翡翠色の髪と琥珀の様な瞳を持つ可愛らしい――まるでソフィアを小さくした様な少女が息を弾ませながら走ってきた。
「やっぱり! ソフィアお姉様ですわ! お姉様!」
「わわっ! もうメアリーったら、危ないよ」
少女は走る勢いをそのままにソフィアへと抱き着き、ソフィアは少しよろめきながらもそれを受け止めて、少女の頭を撫でながら諭す様に微笑みかけて注意をする。
なんだか絵にでもなりそうな光景だ。
「お姉様が出発されてからのこの数日、メアリーはもう心配で心配で……。でもお姉様ならきっと無事に帰って来られると信じておりましたわ! 今日お戻りになられたのですか?」
「ふふっ♪ ありがとうメアリー。戻ったのは昨日よ」
「そんなに早く任務を終わらせるなんて、流石はお姉様ですわ!」
「え、えーと……ちょっと色々あってね。メアリーは今回の合宿はいつまでなの?」
「今日にはお屋敷の方に戻りますわ! 良いですわよねランチア先生!」
メアリーという名前らしいその少女は、自身の後ろに立つ淡い茶髪の女性へとそう声をかける。
「ええ、ずっと心配なされておりましたものね。続きはまた後日でも良いですし、本日戻れるように手続きをしておきますわ」
ランチア先生とやらは落ち着いた口調でそう答え、それを聞いたメアリーとやらは喜びが爆発したかの様により一層強くソフィアへと抱き着いた。
「もう、痛いよメアリー。ありがとうございますランチア先生」
ソフィアの言葉に女性は軽く会釈をして答える。
痛いとは言っているが、ソフィアの声からは少女を愛おしむような喜色が感じられた。
そうしてソフィアへと抱き着いたままの少女に対して、アイラが声をかけた。
「相変わらずソフィアにべったりねメアリーちゃん。でも私たちの事も少しは心配して欲しかったな~」
その言葉に少女はハッとして顔を上げてアイラの方を見る。
どうやら気が付いていなかったようだ。
「あ、アイラさんとサキトさんもご無事で何よりですわ! も、もちろん心配しておりましたのよ? でも、その――」
「わかってるって、それだけソフィアの事が心配だったんだろ?」
「まったく相変わらず可愛いわねぇ」
そういってアイラが頭を軽く撫でると、少女は照れ臭そうに頬を染めて視線を逸らす。
そうしてようやく、逸らした視線の先にいる自分の存在に気が付いた。
「な、何を見ているんですの!? 見世物じゃありませんのよ!」
「え? いや、その……」
見ているというか、見せつけられていたと言った方が正しいのだが、どうやら部外者だと思われた様だ。
そんな少女に対してソフィアが咎めるように少し厳しい口調で注意する。
「ちょっ!? ちょっとメアリー! タケルくんになんて事言うの!」
まさか怒られるとは露とも思っていなかったようで、メアリーは驚いて固まってしまう。
「へ? その、いや……」
少し泣きそうになってしまっている。
流石に今のは少し可哀そうだろう。
随分と礼儀正しそうな少女であるが、見た目から判断するにまだ歳は小学生程の様であるし、恥ずかしさからつい対応がきつくなってしまったという所であろう。
かと言ってソフィアの反応も理解できないわけではない。
強いて言うならばもっと知り合いオーラを出していなかった自分が悪いのだ。
「いやソフィア、僕の事知らないんだから仕方ないよ。ごめんねメアリーちゃん。僕は武っていって、最近君のお姉さんと友達になったんだ。よろしくね」
「そ、そうですね……。ごめんねメアリー」
ソフィアに頭を撫でられながら、未だに涙目だがらもメアリーが口を開く。
「い、いえ、申し訳ありませんでしたわ……」
そんな少し悪くなってしまった空気を変えようとしてくれたのかはわからないが、ランチア先生とやらがメアリーへと声をかける。
「メアリーさん、本日の訓練がまだ残っておりますからそろそろ参りましょう。訓練所の使用期間変更の手続きも必要ですので」
「は、はい。わかりましたわランチア先生。……それでは皆さん失礼いたしますわ」
「うん、頑張ってねメアリー。今夜いっぱいお話しましょうね」
「は、はい!」
まだ少し落ち込み気味であったメアリーであったが、ソフィアの言葉に少し持ち直したようで、ランチア先生とやらについて軍属大学院の方へと歩いていった。
どこか申し訳なさを感じながら、その背中をソフィアたちと見送ったのであった。
遅くなってしまい本当に申し訳ない……(´・ω・`)




