35.誰かにとっての『当たり前』
メアリーとランチア先生とやらの背中がだいぶ遠くなり、人混みに紛れた所でソフィアへと質問をする。
「えっと……今更だけど、ソフィアの妹なんだよね?」
「は、はいそうです! さっきは妹がタケルくんにあんな事を……本当にごめんなさい……」
「いや、さっきも言ったけど僕の事知らなかったんだから仕方ないよ」
会話の流れから察してはいたが、先ほどのメアリーという少女はやはりソフィアの妹の様だ。
ひょっとしたら近所の女の子がソフィアの事を姉と慕っているなんて話もあるかもしれないので一応確認しておいたのだが、まあ髪や目の色にしろ顔立ちにしろ、あれだけ似ている点があるのだから血縁関係があるのは当然と言えば当然である。
そしてソフィアはこれもやはりというべきか先ほどのメアリーの発言を問題視している様で、自分に対して申し訳なさそうにしている。
しかし先ほどの事は正直誰にも非は無いのだ。
寧ろ話に参加せず傍観に徹していた自分に要因があるとも言える。
まあ言わば不幸な事故の様なものだ。
だからソフィアがそこまで気に病む必要は無いのだが、それでも優しいソフィアは妹の言葉が自分を傷つけたのでは無いかと考えてしまうのだろう。
ここは早々に話題を少しでも変えて空気を変えるのが良いだろう。
というわけで話を振ってみる。
「そういえば、メアリーちゃんは軍属大学院に向かっていったみたいだけど、学生……ってわけじゃないよね?」
この世界に飛び級などという概念があるかは知らないし、彼女の年齢も知らないが、流石に学生であるとは考えづらい。
合宿が何だなどと言っていたので、先ほど言っていた一般開放されている訓練所とやらで何かしているのだろうか。
「へ? あ、はい、違いますよ。メアリーはまだ十一歳ですから、そもそも子期学院にすらまだ通ってないです」
「メアリーちゃんは魔法の才能があるから、ソフィアの家が英才教育を施してるのよ」
「えっと……その子期学院っていうのは……?」
昨日の試験中にティストさんが何やら口走っていた気がするが、何の事なのだろうか
自分の質問にアイラが答える。
「ああ、そうだったわね。子期学院っていうのは十二歳から十五歳までの殆どが、三年間通う学校でね。基本的な計算だったり語学だったり、簡単な社会の仕組みだったりあと魔法についても勉強するわね」
なるほど、年齢的には少し違うが小学校の様な物なのかもしれない。
「その"殆ど"っていうのは?」
「そこまで高くはねぇんだけど、どうしてもお金がかかっちまうんだ。だから孤児院にいる子供だったりするとなかなか通えねぇんだよ」
「なるほど……」
自分の追加の質問に、どこか寂し気にサキトがそう返答した。
魔物と言う明確な脅威が実在するこの世界では、孤児になってしまう者が多くいるのかもしれない。
自分が理解したと判断したようで、アイラが説明を続ける。
「それで子期学院を卒業したら、次はもっと難しい計算とか歴史の事とか、あと魔法を使った戦闘とかについての訓練とかをする高等学院っていうのにこれもまた三年通えるの。まあこれが私たちが今年で卒業する学校ね」
「それも殆どの人が通うの?」
「いや、こっちはもっと金がかかるし、戦闘訓練も怪我する可能性があるからって通わずにそのまま働き出すやつも多いんだ。子期学院で学んだ事がありゃあ普通に働いたりする分には困らねぇからな」
またしてもサキトが答えた。
何やら詳しそうなので気になった事をさらに質問をしてみる。
「『子期学院で学んだ事がありゃあ』って……。それじゃあ孤児院の子たちはどうなるの?」
親を亡くした上に将来働く事すら出来ないなんて事になったら、そんなのあんまりにも過酷すぎる。
自分には叔父という拠り所があったから何とかなったようなものだが、孤児院にいるという事はそんな頼れる誰かもいないという事だ。
そんな状況でいったいどうやって未来に希望を持てというのか。
「ああ、まあ孤児院でも最低限の教育はするし、俺みたいに将来軍で働くって誓約すれば国が学費を免除してくれたりするから大丈夫だぜ。――てかそんなとこまでタケルが心配してどうすんだよ」
「う、うん……」
サキトから返ってきた言葉に幾分か安堵した。
確かに自分にはどうする事もできない問題ではあるが、かつて自分も近しい状況にあっただけにどうしても思う所があったのだ。
いや、それよりも今――
「えっ? 『俺みたいに』って――」
そこまで口にして、あまりにもデリカシーに欠けた言葉であったと慌てて口を噤んだが、サキトは平気そうな様子で答える。
「あれ? 言ってなかったっけか? 俺って元々は孤児院の出身だぜ。今は義姉さんと暮らしてるけどな!」
「そ、そうなんだ……。その……ごめん……」
両親の死に、その姿に、自分は誇りを抱いている。
それは確かだ。
だが、だからと言って「居なくてよかった」などと感じた事は一度として無い。
いつだって居てほしかった。
朝家を出るときに「いってらっしゃい」と言ってくれる人が居てほしかった。
帰ってきたら「おかえりなさい」と言ってくれる人が居てほしかった。
その日起きた出来事を、他愛のない話を聞いてくれる人が居てほしかった。
そんな誰かにとって『当たり前』の何かが無い日常を思い起こすだけで、何だか切なくなる。
だからこそ、森の家を出たときの家族からの言葉が涙が出る程嬉しくてたまらなかったのだ。
それなのに、同じまでとは言わずとも近しい想いを抱いた事があるであろうサキトに対して、それを想起させるような事を言ってしまった。
その事に対する謝罪だったのだが、サキトから返ってきた言葉は――
「ん? 別に謝る事なんてないじゃねぇか。――俺には兄貴も義姉さんも居たし、それに今はみんなと一緒にいられて幸せだし、これからもっともっと幸せになるつもりだしな!」
――そんな喜色に満ち溢れた様な言葉であった。
しかし、その表情はやはりどこか寂しさを含んでいる様な気もした。
過去に対してどこか消極的な自分の偏見かもしれないが。
サキトはさらに続ける。
「兄貴が言ってたんだ。『どう歩んできたかも大事だが、もっと大事なのは今どう歩んでいるかと、これからどう歩んでいくかだ』ってな! だから俺は前見て歩いてくって事にしてんだよ!」
歯を見せて笑うそんなサキトに圧倒される。
というよりも、純粋に憧れてしまった。
自分にもそんな生き方が出来るであろうかと。
無かった事を嘆くのではなく、これから何を得るのかを考えられる生き方を。
「――前ばっか見過ぎて足元見ないから危なっかしくてしかたが無いのはどうにかして欲しいけどね」
「う、うるせぇなぁ……。俺だって一応気を付けるように気を付けようと気を付けるくらいの事はして――」
「はいはいわかったわかった。というかそれ全然気を付けられてないじゃない……。それじゃあ説明つづけるわよ」
アイラのからかい気味な軽口にサキトが弱気に反論するが、アイラはそれを軽く流して話を元の流れに戻す。
「それで高等学院を卒業した人の中で、軍の下――というよりも国の下ね。そこで働きたいって人が通うのがあの軍属大学院って場所よ。私たちみたいな軍人になりたいって人が通う武官コースと、役所勤めみたいな戦闘系じゃない方面の国の仕事がしたいって人が通う文官コースっていうのがあるの。四年通って卒業したらそのまま軍なり役所なりに配属されるって感じね。だいたいわかった?」
「うん、だいたいわかったよ。ありがとうアイラ」
「別に良いわよこれくらい」
アイラのおかげでこの世界の学校については、自分がいかに特例であるかも含めてだいたいわかった。
というよりも、そもそもどうしてこの説明を受けていたのであったか。
「それで、えーっと……そうだ! メアリーちゃんはどうして軍属大学院に行ったかだ!」
「そういえばそういう話でしたね」
ソフィアが苦笑しながらそう答える。
自分の思考が脱線してしまいがちという癖がみんなにも伝染してしまっているのかもしれない。
「私と違ってメアリーには攻撃魔法――特に風系統の攻撃魔法の才能があるので、軍属大学院の訓練所を使って今のうちから訓練をしているんです。センスっていうのも確かに重要なんですけど、やっぱり制御能力については鍛えた時間が物を言ったりもしますからね……」
続けてそう言ったソフィアの表情は誇らしげだ。
しかしどこか心配気でもある。
「何か心配なの?」
自分の質問にソフィアは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに苦笑しながら答える。
「――はい。うちの家がどちらかと言うと軍閥の家系というのもあって、お父様たちからの期待からプレッシャーも相当受けてるとは思いますし……。何よりもあの子はとっても頑張り屋ですから、無理しすぎないかが心配で……」
なるほど実に"お姉ちゃん"らしい心配である。
自分がキュウのやんちゃな行動に対して感じる心配とどこか通ずる部分があるかもしれない。
性質には天と地ほどの差がありそうだが、まあきっと似ているだろう。
『……』
キュウの「どの口が」とでも言いたげな視線が突き刺さるが、気にせずソフィアへと話しかける。
「そっか。でも、ソフィアがそうして心配して、ちゃんと接してあげてるうちはたぶん大丈夫だと思うよ。凄く楽しみにしてたみたいだし、今日はいっぱい話してあげてね」
誰かが自分の事を想って心配してくれていると、そう実際に感じるだけでも力になるものだ。
だからきっと、お互いがお互いを想い合っているこの姉妹がしっかりとその想いを感じあえるのなら、これほどお互いの力となる事もそうないであろう。
「――って、別にこれは僕が言う事でもないか」
こんな事はきっと当人たちの方がよっぽどわかっている事だ。
ほんの少しの間だけその関係性に触れただけの様な奴にとやかく言われるのは逆に不快だったりするかもしれない。
しかし、あのほんの数分のやり取りを見ていただけでもそう思えたのもまた事実だ。
昨日も感じた兄弟愛や姉妹愛と呼ばれる様なそれに対して、実に美しくかけがえが無いと――いや、単純に羨ましいと感じたのだ。
だからきっと、お節介の様に口をついて言葉が出てきてしまったのだろう。
踏み込み過ぎて気分を害していないかと少し心配になったが――
「――いえ、そうですね……。うん、確かに私しかいませんし……。よし、わかりました! ありがとうございますタケルくん!」
そんなお節介にもソフィアは笑顔で応えてくれた。
何やら色々考えていたみたいだが、ソフィアなりに纏まったようで何よりである。
そうして何か意気込みを新たにしている様子のソフィアであったが、唐突に何かを思い出した様な顔をして話し出した。
「あっ、そういえばなんですけど、曾おじい様がタケルくんと是非お話がしたいって言ってたんです!」
「へ? 何で僕と?」
「今回の事へのお礼もそうなんですけど、どちらかと言うとセイル様の事とかについてお話したいらしくて」
「ああ、なるほど……」
確かおじいちゃんとソフィアの曽祖父は昔からの友人であるらしいので、おじいちゃんの近況についてなど色々と聞きたいのかもしれない。
「それでなんですけど、たぶん私たちの試験結果が数日後には出ると思うんですよね。まあもうほぼほぼ合格って事で話が進んでるので、お父様が結果が分かり次第パーティーを開くつもりみたいなんです」
「へー、つまりお祝いのパーティーか」
自分はパーティというものに縁が無いのでいまいち想像がつかないが、きっと貴族のお祝いパーティーというのはさぞかし盛大なのであろう。
「はい。それで、その……良かったらなんですけど、タケルくんもそのパーティーに来てくださいませんか? それならちょうど曾おじい様やお父様にもご紹介できますし!」
「え? 僕が参加しても大丈夫なのそれ?」
平民どころか、そもそも身元すら不確かなのだが、そういうちゃんとした場に自分みたいな者が混じっても大丈夫なのだろうか。
「はい! 寧ろ是非参加して欲しいくらいです!」
「そっか……。じゃあ参加させてもらおうかな」
せっかく誘ってくれているのだから、参加させてもらう事にした。
ソフィアを祝いたい気持ちもあるし、実のところそういう催し自体にも興味がある。
こんな物見遊山みたいな感覚で行っていいものかはわからないが、まあなる様になるだろう。
「やった! ありがとうございます♪ 日程が決まったら招待状を送りますね! あっ、サキトくんとアイラちゃんも参加してくれる?」
「ん? 今回のは俺も参加して大丈夫なのか。そういう事ならもちろん良いぜ! 美味い料理も食べられるしな!」
「私も良いけど……今の『あっ』って何よソフィア。私たちはついでなの?」
ソフィアの誘いにサキトは何とも現金な理由から快諾し、アイラは何やら悪い笑みを浮かべてソフィアをからかう。
「そ、そういうわけじゃないよ!?」
『おいしい果物もあるかな?』
「ん? あるんじゃないか? 知らんけど」
『やった♪』
アイラの言葉に慌てふためくソフィアを横目に見ながら、サキトと同じく現金な考えのキュウに適当に返事を返す。
まあ確かに現金ではあるが、物見遊山気分な自分も大差はないだろう。
祝う気持ちさえあればきっと良いのだ。
「っていうかそろそろ俺たちも移動しようぜ」
「そうね、サキトもハルカさんに会いたいものね」
「ばっ……だからそういうわけじゃねぇって!?」
アイラの留まることを知らないからかいに苦笑しつつ、皆で再び軍属大学院へと足を進めた。
まあ結果的にサキトの想い人であるハルカさんとやらに遭遇する事も無く、少し落ち込むサキトをからかったり慰めたりしながら、他愛の無い会話と共に周辺を案内して貰い、夕方には解散して各々家路へとついたのであった。
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『楽しかったね♪』
「ああ、そうだな」
ハヴァリーさんの施した結界を抜けて、夕日に照らされる花畑の道を屋敷へと歩きながらしみじみと今日の出来事を思い返し、テッチへと声をかける。
「今日はありがとうねテッチ。正直テッチは今日そんなに楽しくは無かったでしょ?」
テッチからしたらただ知ってる街を歩き回っていただけだ。
「ワウッ」
しかし、どうやらその歩き回るという行為がテッチは楽しいようで、「そんな事もない」といった感じの言葉を返してきた。
「そっか、なら良かったや」
そんな話をしながら屋敷の入り口の前へと辿り着くと、勝手に扉が開いた。
少し驚いたが、恐らく自分たちの帰りに気が付いたハヴァリーさんが開けたのだろうと予測し、特にためらう事も無く中へと入る。
中に入ると、案の定傍にはハヴァリーさんが控えており、そちらに顔を向けるとハヴァリーさんは軽く礼をしながら口を開く。
「おかえりなさいませ皆さま」
「キュウッ!」
「ワウッ!」
「……」
「ん? どうかなさいましたかなタケル様?」
「あ、いえ……その……」
そういえば、森の家ではこれを言われる機会が無かった事を思い出した。
おじいちゃんとテッチが居る時は外出も帰宅もいつも一緒であったし、一人で外出する時は総じておじいちゃんとテッチの居ない時だ。
おじいちゃんやテッチに「おかえり」と言った事はあったが、まさかまだ自分が言われた事が無かったとは思いもしなかった。
「その――ただいま、です」
ぎこちないその返事にハヴァリーさんは何か察したような優しい笑みを浮かべながら、再び口を開く。
「はい、おかえりなさいませ」
誰かにとっての『当たり前』が、今の自分にもいくつもある。
そんな事実に気が付き、胸の奥から湧いてくる感情の躍動を噛みしめながら、ハヴァリーさんに促されるまま食堂へと向かったのであった。




