33.長年の片思い
「さて、そろそろここも十分見れたでしょうし、違うところに行きましょう! 他に行きたい所とかは無いの?」
もっぱら『ラグルスフェルト居住区画』と呼ばれるらしい、この東の貿易区画の人々の居住区画をしばらく見て回ったところで、アイラがそんな提案をしてきた。
本当は家の中の様子なども見てみたいところではあるのだが、流石に人の家であるためそんな事をするわけにはいかない。
それにここに来たかったのは別に目新しい物を探したかったからではなく、どちらかというと懐かしさに駆られて来たわけであるから、そんなに長居しても仕方ないであろう。
来ようと思えばいつでも来れるのだ。
何故こんなにも前の世界と似通った物がたくさんあるのかも気にはなるが、それも今考えたところで到底わかることではない。
アイラの言う通りそろそろ移動するのが得策であろう。
「うーん……そうだなぁ……」
他に気になる所と言えば、昨日少し見た南の都市の建築様式でできた居住区画だろうか。
艶のある黒い建物が高い壁の向こうに建っているのが見えていたが、見えていない部分がどうなっているのかなど気になることは多々ある。
(うん、あそこが良いかもな)
その事を伝えようとしたその時、自分が口を開くよりも先にサキトが喋りだした。
「そういやタケルは軍属大学院の場所知らねぇよな? あそこに向かうついでに街練り歩けば良いんじゃねぇか?」
サキトの提案に思わず「確かに」と納得する。
これからそこに通うことになるというのに、所在地を知らないとあってはたまったものでは無い。
「軍属大学院ってどの辺にあるの?」
「ん? 北東境界通りの貴族区と一般区の――って言ってもわかんねぇよな……」
「えーっと……とりあえずここから北の方にあるって事だよね?」
「ああ、そうだな。それがどうかしたのか?」
「いや、別に何でもないよ」
南の方にあるのならば、ついでに例の真っ黒居住区も見たいと提案しようかと思ったが、あそこになら一人でも行けるので今日のところは軍属大学院を優先しよう。
腕時計で時刻を確認すると、すでに十時をまわっている。
そんなに長居をしたつもりはなかったのだが、恐らく土壁のところで想像以上に時間を使っていたのだろう。
使った側が言うのも何ではあるが、時間は有限であるので大事に使った方がいいであろう。
「よし、じゃあ軍属大学院まで案内してもらえるかな?」
「ほい来た! じゃあ早速向かおうぜ!」
何だがサキトのテンションが高くなった様な気がするが、そんなに軍属大学院に行きたかったのだろうか。
明らかにソワソワしている。
「サキトあんたねぇ……。別にハルカさんに会えるとは限らないわよ。ってかたぶん会えないわよ」
アイラもサキトのそんな様子から何か察したのかそんな事を口にした。
「べ、別に良いだろ! 会えるかもしれねぇじゃねぇか……ってか別にそんな目的じゃねぇよ!? お、俺はただ純粋にタケルを案内してやろうとだな――」
何だか言い訳じみた事を言うサキトを余所に気になった部分を質問してみる。
「ハルカさんって誰? サキトの知り合いか何かかい?」
「え? ああ、そ、そう! 俺の知り合い――」
「サキトがベタ惚れしてる人よ。今は軍属大学院に通ってるから、行けばもしかしたら会えるかもしれないって魂胆なのよ」
「なるほど」
「だああああ!? 何言ってんだアイラ!? タケルも納得してんじゃねぇよ! 違うからな!?」
「何よ、別に隠す様な事じゃないでしょ?」
「そうだよサキトくん! 好きな人がいるって素敵な事だよ!」
「ソウダソウダー」
「ッ――」
アイラやソフィアの言葉にサキトは赤面して口を噤み、一人で先に歩きだしてしまう。
何となく話に便乗してみたが、確かに好きな人がいるという事は素敵な事なのだろう。
正直よくわからないが。
この際なので詳しいところまで聞いてみようと、サキトに着いて行きながらアイラたちに問いかけてみる。
「で? サキトはそのハルカさんとやらとどの程度の仲なの?」
サキトが一瞬ビクリと肩を震わせたが特に止める様子も無いので、もうなる様になれと言った感じなのだろう。
サキトが本当に知られるのが嫌ならば聞かないようにしようと思っていたのだが、どうやら単純に恥ずかしいだけな様だ。
アイラも同じ様に感じ取ったのか、そのまま自分の質問に対して答える。
「どの程度も何も、全く、全然、これっぽっちも仲良くなんて無いわよ。完全にサキトが片思いで遠くから見つめてるだけって感じ。もう五年近く片思いしてるってのに、ちょっと喋った事があるって程度かしらね? 喋る時も緊張しすぎていつもどもってるし」
「お、おう……」
嫌がってはいないとはいえ恥ずかしがっているのは事実であるので、少しばかりサキトに配慮した言い方をするかとも思っていたが、そこはアイラであった。
サキトに対しては何かと容赦がないが、きっとそれも長年の付き合い故というものなのだろう。
アイラの物言いを聞いたサキトは、案の定といった感じに肩を落として落ち込んでいる。
図星なのだろう。
ソフィアが背中をさすってあげているが、それが余計に哀愁を誘っている。
というより今更思い出したが、森の家で「同じ学校になる」とか何とか言っていたのはきっとその人の事なのだろう。
五年も片思いとは、それだけでもサキトの純真さが窺える。
「ねえ、そういえばサキトたちは合格貰えたの?」
「え? いや、正式な発表はまだだけど、先生は多分合格だって昨日報告した時は言ってたな」
それならば――
「じゃあサキトにとっては本当にチャンスなわけだ。これから毎日会えるかもしれないわけだし」
「お、おう! そうだな……」
「毎日会える」と聞いて想像したのか、期待と不安の両方を同時に感じている様な反応を見せる。
サキトが抱いている気持ちを自分は知らない。
だがきっと、今の反応が全てを物語っているのだと思う。
"期待"と"不安"、字面だけ見れば良いものと悪いものの様にも見えるが、きっと一概にこの"不安"を悪としては駄目なのだろう。
それも恋の醍醐味なのだと、どこかで聞いた事があるような気もする。
しかしやはりそれを知らない身からすれば、払拭は出来ずとも、出来るだけ期待の割合が大きくなっていてほしいわけで――
「僕は、きっとサキトの想いは届くと思うよ」
「――なんで、そう思うんだ?」
相手がどんな人なのかも知らない様な自分が、こんな事を言っても何の説得力も無いのは当然だ。
それでも、もし自分にとって"明確"な理由があるとすれば――
「僕の勘がそう言ってるんだ。『サキトなら大丈夫だ』ってね」
結局根拠の欠片も無い理由ではあるが、あの森で初めて会った時にサキトが自分を信じてくれた時も、程度は違えどきっとこんな気持ちだったのだろうとは思う。
「――そっか。……なんか上手くいきそうな気がしてきたわ! ありがとなタケル!」
そんな自分の想いが伝わったのか、サキトは妙に嬉し気にそう返してきた。
少しでも不安が拭えたのならば良かった。
「あんたたちその"勘"っていうの好きね。まあ私からしたら、サキト次第って感じかしらね。いつまでもうじうじしてちゃ始まるものも始まらないわよ」
アイラがそんな事を口にすると、ソフィアが自分に耳打ちしてくる。
「アイラちゃんあんな言い方してますけど、よく私と『どうやってハルカさんとサキトくんをくっつけるか』って話をするんですよ? 私もアイラちゃんもサキトくんの想いは届いて欲しいんです。アイラちゃんは五年って言ってますけど、たぶんサキトくんもっと長い間片思いしてますし……」
「うん、大丈夫。ちゃんとわかってるよ」
付き合いの短い自分がアイラの事を勘違いしないようにと、気遣ってそう教えてくれたのだろう。
物言いは相変わらずであるが、アイラはサキトの恋路を始まるものとして扱っているので、要するに「サキトが頑張れば上手くいく」と思っているわけだ。
素直にそう言ってあげればいい気もするが、それはそれでアイラも照れ臭いのだろうし、自分にもわかるのだからサキトならなおさらの事、本意を理解しているだろう。
今度は特に落ち込む様子も無い。
しかしソフィアの言が正しいのであれば、サキトはいったいどれ程の間一人の相手を想い続けているのだろうか。
たぶん知らない人がこのサキトの片思いの話を聞いても応援したくなるだろう。
(ここまでくるとサキトがそこまで好きになるのがどんな人なのかめちゃくちゃ気になってきたな……)
サキトとは方向性も動機も違うが、自分も軍属大学院に行ったついでにハルカさんとやらに遭遇出来ないかと、若干の期待を抱きながらサキトたちの後に続いた。
そうしてラグルスフェルト居住区画を出てからしばらく、大通りを城に向かって真っすぐ進んでいたところで、大事な事を伝え忘れていた事を思い出した。
「ああそういえば、僕も昨日軍属大学院の入学試験合格したんだ。すっかり伝え忘れてたや」
「おお! そりゃめでてぇ! まあ当然だよな。ってか試験受けたんだな。どんな試験だったんだ?」
「おめでとうございます! タケルくんなら試験は受けなくても良いと思ってましたけど、ひょっとして面接試験とかですか?」
「あら、おめでとう。まあタケルで不合格だったら私たちも正直怪しいものね。寧ろ合格してくれてないと困るわよ」
三者三葉に祝辞を述べてくれるが、三人とも自分に対する評価が良すぎやしないだろうか。
「えーとね。ティストさんっていう軍属大学院の学院長の人がちょうど僕のこれから暮らす家に来てね。その人に戦闘試験をしてもらったんだ。今朝『合格に決まってんだろ!』って言われたけど、試験中は殺されかけたりしたから正直不合格かと思ってたよ」
今思えば面接試験も兼ねていた様な気もするが、まあそんな細かい所まではいいであろう。
というよりも、まさか自分でもこんなに朗らかに「殺されかけた」なんて言えるとは思ってもいなかった。
本当に合格していて良かったし、改めて生きていて良かったと思う。
しかし、そんな気軽な自分の言葉とは裏腹に、三人は足を止めて唖然としていた。
流石に「殺されかけた」はヘビー過ぎただろうか。
三人だって今回の試験で死にかけたのだからどっこいどっこいと言った所だと思うのだが。
寧ろ自分にはハヴァリーさんやテッチがついていただけマシまである。
そんな三人を見て不思議に思っていると、次々に復活した三人が慌て気味に問い詰めてくる。
「てぃ、ティスト様に試験して貰ったって本当なのタケル!?」
「ど、どんな試験だったんだ? その……どんな試験だったんだ!?」
「てぃ、ティスト様……そ、それよりも『殺されかけた』って大丈夫なんですかタケルくん!?」
殺されかけた事について心配してくれているのがソフィアだけな辺りに何となく寂しさを感じるが、きっとアイラとサキトにとってティストさんの試験を受けたという事がそれほどの衝撃だったのだろう。
薄々予想はしていたが、やはりティストさんは有名人の様だ。
あれだけ強くて、軍属大学院の学院長までしているのだ。
軍人界隈である程度有名であってもおかしくはない。
というよりサキトに関しては前の質問も合わせれば同じ質問を三回繰り返しているのだが、本人は気が付いているだろうか。
「殺されかけただけで結果的にはほぼ無傷だから大丈夫だよ。みんな驚いてるけど、ティストさんってそんなに有名なの?」
「有名ってタケルあんたなんて恐れ多い事を……。まああんたの状況考えたら知らなくて当然といえば当然か……。サキト、説明してあげなさい」
「へへっ仕方ねぇな! よーく聞いとけよタケル! ティスト様ってのはな、銀将様のただ一人の正当な弟子にして、現在の軍序列第二位に君臨し、黄金の槍を自在に操る様とその師の呼び名にちなんで『金将』の二つ名で親しまれ、その圧倒的な強さと可憐さから軍の顔として帝国全土で人気を博するお方なのだ!」
「……可憐?」
「って軍が配布するパンフレットに書かれてるんですよ」
サキトらしからぬ言い回しと内容に疑問を抱いていると、ソフィアが苦笑しながらそう付け加えてきた。
その様子から察するに、恐らくソフィアだけは本来のティストさんを見たことがあるのだろう。
確かに顔立ちは整っているとは思うが、あの物言いや態度から『可憐』だなんてイメージは湧くはずもない。
というより、よくそんなパンフレットの発行をあのティストさんが認めたものだと驚きすら感じる。
「ん? というか軍序列って何?」
「軍の中で何番目に強いかって指標よ。まあ実質的に世界で何番目に強いかって言っても過言ではないわよ!」
「えっと……つまりティストさんって世界で二番目に強いの?」
「第一位のルノアルド様が魔法主体の戦闘スタイルだから、近接戦闘ならたぶん世界一位だぜ! 憧れるよな! ったく羨ましいったらないぜ」
アイラも大概ではあるが、サキトの目の輝かし様が尋常ではない。
恐らくそういう英雄譚的な物が大好きなのだろう。
それこそパンフレットに書かれている事を丸暗記してしまう程に。
そりゃあどんな試験だったか気になるわけだ。
(でもだとすると、やっぱり想像を遥かに上回る程に手加減してくれてたんだよな……)
近接戦闘において世界一強いらしい人と自分がまともにやりあえば、寸毫の間も無く打倒される事は火を見るよりも明らかである。
死ぬだの殺すだの色々吐いてはいたが、やはり紛れもなく『優しい優しい姉弟子様』のようだ。
(でも世間様に偽りの姿を広めているのはよろしくないな。今度会ったら一言物申しておこう)
そんな決意を胸に秘めつつ、軍属大学院へと再び歩を進め始める。
途中サキトがどうしてもと言うので試験の内容を説明したら、再びソフィアに心配されたのはまた別の話だ。




