出会いの記録
料理講習会に来ていたもうひとりのエルフさん、カーナさんのお話。
私、カーナは山のエルフ村の記録者見習い。これは私が収集した記録のまとめです。おそらくエルフ村の暮らしが少し変わるきっかけ、ひょっとしたらこの世界の転換点の記録。その時に生きて、その一場面に立ち会った者として、その状況を伝えられるようにできるかぎり詳細に書きます。そのため長文になった事をお許しください。
【これは私の主観を書いた物です。資料として利用する際はかならず“村の記録”を参照してください】
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発端は隣国の南のエルフ村の祝賀に行った使節団が帰路に猫人の村の宿場に立ち寄った事。しかしその前から説明しておく必要があるだろう。昨年の夏前に、山向こうの隣国の犬村に「異世界人」が出現した。山の獣に襲われた山間の村の子どもが神に願ったら、助けに来てくれたという話だった。助っ人は強力な魔術使いだったらしい。獣を退治した後も、この者たちが何度も訪れて暮らしを助けてくれているという。これは異世界と行き来が継続していることになる。
『転移』という現象は昔から記録されている。自然に起きる場合もあり、魔術が発端になる事もあり、転移を補助する器具や呪文もある。逆に『召還』という術もある。通常は既知のどこかへ転送されるが、未知の場所へ転移させられる事もある。人や物が突然消失する場合、突然出現する場合、たいていは転移や召還で説明される。 出現した中にはあきらかにこの世界に由来するとは思えない物があり、この世界と異なる知識や記憶を持った者もいる。これらを基に、私たちが暮らす世界とは異なる{異世界}があると考えるのが一般的である。
街道の宿場のほとんどは人間の街にあり、私たちエルフに快適な所は少ない。なにより、ほとんどの料理が口に合わないのだ。その中で、猫人の経営する谷間の小さな宿場には美味い豆の料理があることが知られている。だから使節団が帰路にここに立ち寄るのは当然だったろう。この一行の中に護衛として付いて行った2人の『魔術バカ』タホンとワサカがいた。
一行は昼食に豆料理を食し、その際に店で「新しい渋柿の食べ方」を教えられた。これは異世界人が伝えたものだという。そして店では「新しい菓子」が売られていた。これも異世界の菓子を真似て猫人が工夫した物だったが、エルフ村では馴染みの楓蜜が使われていた。この味が気に入った2人は買った菓子に保存の術をかけ続けて暖かいまま村へ持ち帰った。彼らは旅の話のひとつ程度のつもりだったようだが、これは村の女たちに驚きをもたらした。もっと食べたいと思った者、作り方を知りたいと思った者。当然のように『料理マニア』のファラが一番熱心だった。
そしてこの時、宿場には「異世界人」がいたというのだ。一人は人間で一人は猫人の姿で。人間の方は作りかけの飾剣を持っていた。『魔術バカ』によると、銅は魔術の発動に良いが普通の青銅の剣は脆くて重すぎるのだそうだ。ところがこの銅の飾剣が、普通の青銅より魔力の通りが良く、硬くしなやかだったという。「銅剣というのに見たことも無い地金の色だったので握らせてもらった。試しに魔法も通させてもらったら、たいへん具合が良かった。」というのだ。そして、この素材で「魔法の杖」を作ってもらう約束をしたというのだから驚いた。本当に『魔術バカ』だ。
約束の14日後、探索者のニーラの案内で山道を越えて猫人村へ行く2人にはファラが同行することになった。山道は猫人の行商人が時々利用しているらしく、峠は高く険しいけれど街道を行くよりもだいぶ近いらしい。しかし2日がかりで菓子を食べに行くというのだからマニアは凄い。
ファラはその菓子の作り方を教わって来た。食感の秘密は混ぜられたキビ粉と粉を溶く時にエールを使うことだった。その後で蕎麦という草の実を使った軽食が出されたという。エルフ村で煎麦の粉で作る料理と同じ食べ方で、異世界ではどちらもよく知られた食べ方だという。ファラは蕎麦の粉と種子を貰って来た。蕎麦は土に負担をかけるが栄養が多いらしい。植物好きのノーリが山裾の草地を耕して植えてみると言っている。煎麦粉の料理は200年ほど前に村に来た賢者から教わったものだ。
そのあと、異世界の料理の話になったという。向こうには宗教上の理由?で獣や動物質を食べない者がいるらしい。その者たちが工夫して植物だけで作った料理があり、それらは他の者が食べても美味だという。この時ファラは、異世界の料理がエルフの食事を変えると感じたと言う。
タホンとワサカが受け取った杖は、後で私も見せて貰ったが、見た目はだだ真っ直ぐな棒だった。棒は中が中空・・・見事に均質な薄く黄色がかった銀色の管2本を溶かした銀で繋いだ物で、尖は暗い銀色で、握りは白っぼい銀色の金属。先端は地面に突いて使って減りにくいように硬い素材を、握りは重さを整えるために軽い素材を使ったという話だったらしい。何も飾りの無い直線の造形も素材の選び方も、使う目的だけに収斂した潔さ。私たちとはまったく違う感性だ。
異世界人から代金の代わりに求められたのは楓糖と柿酒で、それでは不釣り合いだからと2人は村の特産の麻布を渡すことにした。その布を見て今度は異世界人が貰いすぎになるからと。かわりに譲られた小さな銅製の飾剣がまた見事な物だった。同じ薄黄色の地金で作られていても、刀身に蔓草のような模様が彫られて硬い玉石が埋められていて、これは一見して本当に綺麗な飾り物。それを見た魔術好きたちが「装身具にもなり、魔法発動に優れている」とひと騒ぎ。
私としては、ファラが貰った黒銀色の料理用の小ナイフが気になった。鉄に未知の金属が多量に混ぜられていて、異様に硬く良く切れる。刃先から柄まで一体で、刀身は光沢を消すように細かな凹凸が付けられていて、おそらく滑らないようにする工夫だろうか刃には細かな筋が残されている。金工に詳しいマヤハに見てもらうと、これは打ち物ではなく、ひとつの塊から削り出された物で、刀身の部分の凹凸は小さな槌のような物で打撃した跡だと。槌で細かく叩き続けると、表面は硬くなり、内側の歪みが解消されて丈夫になるというが、そのために何十万回も叩くのだろうか。
その晩、彼らは異世界の者といろいろ話をしたらしい。ニーラが中心になって聞き出した話では、向こうの世界はほとんどが人間で、魔力を持つ者は希らしい。エルフに相当する者はおらず、獣人はごく僅かで人間の中に姿を隠して暮らしているという。その他に、強い魔力と知性を持った獣や魔物が僅かにいるという。来ていた異世界人のうち、刃物や杖を作った男は普通の人間で魔力は無し。若い猫人の姿の娘は実は神の眷属の子孫の猫で、強い魔力で獣人や人間の姿になれるという。ニーラの推測では100歳を越える歳で空間干渉か精神干渉の魔術遣いだろうと。もうひとりの娘は、雷の術を使う若い豹の獣人で、やはり人間の姿をとることができるという。
異質の思考や文化との出会いは暮らしを変える。溶け合って新しい色合いになる事もあれば、時には暴力的に押し出し塗りつぶす。滑らかに隙間を埋めてゆく事もあれば間を割り裂いて崩すこともある。私はそう学んで来た。この異世界人との出会いは、きっとエルフの村を変える。植物質だけで作る異世界の料理の話はファラだけでなく今の料理に不満足な者たちに刺激となった。銅剣の不思議な色の金属も同様だ。
私たちの好みを知った猫人の宿場ではエルフ向きの料理を出すことを考えているという。蕎麦のこともある。山を挟んで1日の距離でも、猫人村や犬人村との交流は無かった。これを機会に、かなうならお互いに良い関係を築いて行きたいものだ。
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冬の厳しい時期には村を出る者は少ない。その雪の中を歩き回る探索者は物好きだと思っていた。山道を猫人の村へと越えたあと、ニーラは昔には別の山越えの道があった事を知り、雪の山中を探して歩いて犬人村に抜ける古道を見つけたという。そして、その探査の際に聞き込んできた緊急情報。『明後日、猫人の宿場で異世界の植物質料理の講習会がある。』
当然、ファラは行きたがった。ニーラが道案内するとなれば、タホン(ニーラの連れ合い)とワサカ(ファラの兄)も行くことになる。そしてこいつらの友達の私にも声がかかった。異世界人に会えて、異世界の話が聞けて、異世界の料理が食べられる。珍しい物が好きな記録者としては、こんな貴重な機会を逃す訳には行かない。
300年ほど昔に忘れられた道というのだが、昔はしっかりした道だったのだろうか、けっこう歩きやすい道だった。この道が使われていた頃にはまだ犬人たちは入植していなかったという。「古い道の新しい歴史」とニーラが言った。異世界人たちは午前中に犬人村に来るというので、それに合わせて着くように昼過ぎにエルフ村を出て山中で一泊。ニーラ以外は寒暖を防ぐ掛け布を持っていなかったが、男2人が魔術で周囲を暖かく囲って寝場所を作ってしまった。やはり魔術バカだ。
犬人には少し警戒されたが、異世界人に会いに来たというと村の中で待たせてくれた。広場にある井戸の揚水機は異世界の装置だと言われた。「空気を引き抜くと後を追って水が上がって来る。」子どものひとりが原理を説明してくれたが、構造は単純だが簡単には思いつかない発想だと感じた。
待つほどもなくやって来た異世界人は4人。私たちの意図を伝えると一緒に講習に入れてくれることになった。講師役は少し歳とった女性。農家の出で向こうでは料理を売る店をやっているというのだが、後で聞くとやはり只者では無かった。助手役に娘姿の者が2人で、そのひとりは冬前の時にファラたちと合っている雷遣いの豹人。荷物持ちと称して、銅で剣や杖を作った「フトシ」という若い人間の男が加わっているが、異世界人たちのまとめ役のようだ。
【料理講習の詳細はファラと共同で別の記録にまとめたので、そちらを参照してほしい。すべてこちらの世界にもある材料でできる料理だ。】
まず、エルフ村でもいちばん普通の「大豆」を使ってミルクのような物を作った。家畜を飼わないエルフにとってミルクというのは子どもの間だけの食物。妙に懐かしく暖かな気分になる味だった。これをそのまま使ったり、固めてトウフという物にする。トウフ自体も柔らかくて美味しいのだが、これを焼いたり炒めたり。猫人の様子を見ると、肉類で作る料理と似た物もあるらしい。そして、猫人も知らない調理方法も。最初は「どうせ豆だ」と言っていた子どもたちが競って食べているのが面白かった。
豆のミルクを入れたスープを作りながら出た話だが、異世界でも乾茸はスープの味付けに使うらしい。面白いことだと思った。猫人が海の草を干した物を出してきたが、これも異世界ではスープや煮物の味付けに使うらしい。この汁で炊いた蕪はたいへん美味しかった。乾茸と合わせると一層美味しいと聞いて、ファラは猫人に入手を頼んでいた。猫人から乾海藻を買うとなれば、楓蜜のほかにエルフ村から提供できる物が何かあるのだろうか。
2日目は、異世界で豆や麦から作る『ミソ』という旨みの塊のような食材が使われた。少し前に作り方の書き物が渡されて、エルフの村の数人がこれに挑戦している。異世界には植物質だけの料理はいくつかの系統があり、そのうちワショクという系統では、このミソとショウユという物が欠かせないのだそうだ。ミソは植物だけでなく獣肉にも合うというので、これがうまく作れれば、麻布に次ぐエルフ村の交易品になるかもしれない。
講習の講師役の年配の女性。ただの人間では無いと思っていたのだが、実は400歳ほどという大賢者だった。不意に得た魔力に取り込まれずに理性を保ち、そのまま不老となったと言う。「土ではなく砂」の術を使うと言うが、相当なこだわりがあるらしい。ファラの料理ナイフの凹凸は砂術で大粒の砂を激しく打ち付けたものだと判ったが、魔術の使い方が斜上だと思った。
もうひとり、人間の娘の姿の助手。ニーラが魔力の底が見えないと言っていたが、こちらも実態はすごかった。料理をしながら食材や用具を洗う水を平然と魔術で出していた。後で聞くと、元々は蛇の魔物で、水のドラゴンの眷属となり、千年以上その許で働いているという。山の獣の襲撃を防いだ時の狐の獣人とは旧知の間柄だという。この狐人は・・・実際は高い魔力を得た狐で、イネという作物を守護する農耕神の護衛を努め、その加護で魔力と長寿を持ったという。1600歳ほどというから、並のハイエルフ以上の魔力なのだろう。
この異世界人たちは、獣に襲われた犬人の村を助けた繋がりで、隣接する猫人の村にも来ているのだそうだ。今のいちばんの関心事は来年起こりそうな「魔獣暴走」で、その被害を減らすためにあれこれ知恵を出していらしい。「向こうの世界の武器や設備を持ち込めば防ぐ方法が無い訳では無い」らしいし、「大被害があっても衣類や食料も向こうから運べば救済はできる」けれど、それより村が自分で生き残れる力を持つことが大切だと。彼らも自分たちの生活があり、時間も資金も限られているという。途切れた途端に崩壊するようなら正しい支援では無いと。料理講習で使った食材も器具もすべて猫人村やエルフ村で手に入る物だったのは、この考えに従ったのだと思う。
初めて泊まった猫人の宿場は、私が以前に行った事のある山の麓の人間の街の宿場とは大違いだった。酒に酔って騒ぐ者はおらず、部屋は綺麗で寝具も良く乾いていた。エルフの村よりは喧噪だが、耐えられないほどの悪臭や騒音では無かった。この分だと、春頃にはエルフ向きの料理が食べられるようになるだろう。旅程を調節できるならこの猫人の村の宿場宿を利用するのも良いと思う。ここに泊して犬人村の山道を通れば夕方にはエルフ村に着ける。おそらく隣国の獣人たちとの交流はさかんになるだろう。これがお互いの幸福な未来に繋がることを願っている。
今回のエルフさんの話はこれでひと区切り。




