邂逅
再び訪れた場所。そこはついさっきまでいた学校だ。
空には太陽や雲はなく、灰色の空が広がっている。
そしてわずかに薄暗い周囲から、さっきと同じ空間であるとなんとなく察することが出来る。
どうやら戦いの舞台は校舎の中だけではないらしく、俺の今いるところは体育館横の狭い芝生の上だった。
外だと隠れるところが少ないな。
そう思いつつ建物の中に入る方法を探すが、体育館の中だと余計に目立つだろう。
できれば校舎の方に移動したいが、それには長い渡り廊下を通り抜ける必要がある。
周囲には人の気配がないのを確認すると、俺は足音をなるべく立てないよう、やや腰を落としつつ渡り廊下を進み始めた。
何かから隠れて行動するという事は、こんなにも神経をすり減らすものなのか。
いつもは気にもしない革靴の堅い足音が、やたらと周囲に鳴り響いているように感じる。
もう少しで校舎の端に辿り着く。そう思い、歩をわずかに早めた時だった。
校舎の中に通じるドアの覗き窓に、一瞬人影が見えた様な気がした。
誰か……中にいた?
確証はないが、俺はとりあえず危険を回避し、校舎の裏側へ回る。
最終的に全員倒さねばならないのであれば、今みたいなタイミングで奇襲をすれば良いのかもしれないが、どうもまだ踏ん切りがつかない。
そもそも人を殴ったこともない俺が、同じ年齢の高校生を倒す……いや、殺すことなんて出来るのか。
人を殺すためには何をすればいいんだ。
刃物で斬りつけるのか。鈍器で殴るのか。紐で首を絞めるのか。
そもそもこんなことを集中して考えていると、精神がおかしくなるかもしれない。
様々なことを悶々と考えつつ、校舎裏の植木の外側を、腰を落としながらゆっくりと進む。
しばらく歩いていると、やがて大きな両開きのガラス扉が見えてきた。
どうやら構造的にあれが校舎のメイン出入り口の様で、扉の内側には靴箱が並んでいるのが見える。
さすがにここから堂々と入るのは危険か?
そう思いはするが、このガラス扉の前を通り抜けるのにはかなり勇気が居る。
それならばいっそここから中に入ってしまった方がいいような気がした。
もちろん中に誰も人がいなければ、だけどな。
俺は植木の端から扉の方ににじり寄り、地面に這いつくばる様にして中の様子を窺う。
……誰もいない。ように見える。
当たり前のことだが、外から見えるということは中からも見える。
とりあえず視界の届く範囲には誰もいないことを確認し、俺はゆっくりと重たいガラスを押した。
……。
ドアは音もなく開いた。
わずかな隙間から、すばやく身体を滑り込ませる俺。
靴箱でつくられた壁によって二か所に分断されている入口は、まるで、正解と失敗の二択を迫るかのように左右に分かれている。
ここは死角が少なく、長居するのはまずい。
咄嗟にそう考えた俺は、無意識のうちに右側の通路から校舎の中に入り込んだ。
通路のすぐ先には左右に伸びた廊下が見えている。
俺はそのまま壁伝いに進み、そっと廊下の先を覗きこんだ。
「あっ」
俺は思わず声を出してしまった。
そこにあったのは一人の女生徒の後ろ姿。
それは見間違えようもない、いつもバス停で見かけていた、あの、長い黒髪の女子生徒だ。
「っ!」
咄嗟に俺の声に反応した少女は、素早く俺の方に向き直った。
彼女の手には和弓が握られており、間髪をいれず俺に向けて矢を引き絞る。
「くっ」
しかし俺が見ていたのは、眉をきゅっと寄せた彼女の凛とした表情ではなく、その更に奥。
開いていた教室のドアの中から、突如飛び出してきた茶髪の男子生徒の姿だった。
長い黒髪の少女が矢を放つのと、茶髪の男子生徒が彼女の背後に迫ってくるのは、ほとんど同時だった。
「!?」
俺に向かって矢を放ちながら、彼女もまたそれに気付いて後ろを向く。
「危ない!」
無意識だった。
頬をかすめる矢のことなど気にもせず、俺は全力で黒髪の少女の方に走り込んだ。
茶髪の男子生徒が彼女に向かって金属製の棒を振り下ろす瞬間、俺は割り込んで彼女の身体を力いっぱい左手で押しのけた。
「きゃっ!」
ゴンッ
彼女の小さい悲鳴が斜め後ろで聞こえたかと思うと、俺はそのまま意識を失った。




