軌道
「うっ」
振り下ろされた木刀を、俺は持ってきていた金属バットで慌てて受け止める。
それほど体つきが良いようには見えないが、国原はかなりの力でそれを押しつけてくる。
「ソウちゃん!」
向こうからハヤトの声がした。
紀本はどうなったのだろうか?
そして、幼い頃とは関係性が変わってしまったと思ってたハヤトが、俺のピンチに駆けつけてきてくれたのだろうか。
「うーん」
国原は木刀をもったまま後ろにバックステップすると、少し俺から距離をとった。
そして一瞬こっちを見た後、今度は静守曜子の方に向かってその木刀を投げつけた。
「なっ!」
俺は咄嗟のことに身動きもできないまま、木刀の軌道を見送る。
「曜子ちゃんっ……」
日種香の叫び声と、俺が届かない手を懸命に伸ばすのはほとんど同時だった。
そして木刀は――。
静守曜子の長い髪をわずかにかすめ、乾いた音を立てながら地面に跳ねた。
「あ!」
驚いたような声を上げる日種香。
そしてその成り行きを呆然と見つめていたハヤト。
「ふぅ……」
静守さんには当たらなかった。ただその幸運だけを噛みしめる俺。
そんな俺達三人をよそに、国原は一言。
「惜しかった」
そう呟くと、しばらく周囲を見渡した後、最初はゆっくり……
やがて小走りで、校舎の向こう側へと消えて行った。
……。
わずかな間に予想外のことがたくさん起こったため、呆然と立ち尽くす俺。
ようやく我に返って振り返ってみると、そこには静守曜子の横にしゃがみこんでこっちを見ている日種香。
俺の方を訝しげに見つめているハヤト。
そして……。
地面に片膝をついてこちらを注視している紀本亮平の姿があった。
「っと……これは……」
状況が呑みこめずに呟く俺に対し、日種香が口を開く。
「……とりあえず曜子ちゃんの様子がよくないね。心拍が不安定で意識がないみたい」
そう言いながら、静守さんのネクタイを緩め、胸元にそっと手を添える。
それにより、それまでは目立たなかった彼女の胸の形が強調され、俺は一瞬だけ心臓がドクンとなるのを感じた。
「それよりソウちゃん。……なんかした?」
ハヤトが俺の方を見ながら、やや眉をひそめる。
「何って、何が?」
俺は言われていることが分からずに訊き返す。
「木刀。俺には避けたっていうより、木刀の方が勝手に逸れたように見えた」
「は?」
ハヤトの突拍子もない一言に、俺は思わず言葉を漏らす。
予想外の答えに周りを見ると、日種香も俺の返答を待っているようだ。
「いや、何もしてないし、ギリギリのところで当たらなかっただけだと思うんだが……」
おれは誰に言うでもなく小さく呟きながら、静守曜子の方にゆっくりと近づいて行った。
「……ソーマ。私も、木刀の方がうごいた様に見えたよ」
静守曜子を膝枕している日種香は、珍しく真顔になっている。
俺が何も答えずに、倒れている彼女の顔色を窺おうとさらに一歩進んだ時だった。
日種香がいつの間にか隠し持っていた小石を、俺にひゅっと投げつけた。
「うっ」
咄嗟によけようと思った瞬間。
小石は目の前で微かに軌道を変え、俺の斜め後ろに落ちた。
「……そんな技もあるんだな」
聞きなれない声の方向に目をやると、そこには紀本が相変わらず膝をついたまま、こちらを見つめる姿があった。
心なしか俺に興味を示している様にみえる。
「よっ……と」
そしておもむろに立ち上がると、やや首を押さえながら歩き始めた。
「あ、ちょい待てよ! ……逃げるのか?」
紀本がゆっくりとその場を離れていくのを見て、ハヤトはとっさに追い掛けようとしたが、すぐにその気を削がれた様に立ち止まる。
「世の中にはいろんな人間が居るんだなーって、改めて思ったよ」
日種香は呆れたように笑って言った。




