開戦
「……あれ?」
確かに陽が落ちるのは早いけど、まだそんな時間でもないだろ。
……太陽が雲に隠れた?
きょろきょろする俺に対し、どぐ丸は一枚の和紙の様なものを差し出した。
「これ、見といて」
どこが指なのかよくわからない手からそれを受け取ると、そこには何やら毛筆で描かれたような、いびつな文字が並んでいた。
「……名前か、これ」
漣蒼真という自分の名前が載っていることからも、これが参加者の名簿であることは想像に難くない。
紀本 亮平 四
日種 香 四
塚原 隼斗 四
西野 由佳理 四
静守 曜子 四
漣 蒼真 四
国原 創 四
「この四ってのは?」
「御霊がまだ四つ健在ってこと。減ったら数字も変わる」
反射的に呟いた俺に対し、どぐ丸の返答は周囲に響くような音で聞こえた。
「え?」
咄嗟に顔を上げた俺の前にすでにどぐ丸の姿はなく、そこは四方を鳥居で囲まれた妙な場所。
「え? ここって……?」
神社の中のどこかであろうという雰囲気こそあるのだが、思い当たる場所は記憶にはない。
そして、急に周囲の景色が変わって動揺しないはずがない。
そんな俺に対し、どぐ丸は相変わらず抑揚のない声でさらっと言った。
「その鳥居をくぐったらゲーム開始ね。どれに入るかは、初期位置だけの問題だから気にしなくていい」
「そんないきなり?!」
右往左往している俺をよそに、それっきりどぐ丸の声はしなくなった。
「一体なんなんだ……」
よくわからんけど、とりあえず適当に行ってみるしかないか……。
俺は自分の正面に立っていた鳥居に、ためらいつつも入っていった。
――――――――――――――――――――
気がつくと、そこは薄暗い学校の中。
といってもいつも自分が通っている校舎ではない。
しかし、長く延びる廊下や等間隔で二つずつ並んでいる扉などが、ここがどこかの学校の中だということを確信させている。
俺は全く人気のない建物の中を、ゆっくりと歩き始めた。
学校というものは、どこもある程度似たような構造である。
視界の左右には、廊下を挟んで窓と教室。
さらに長い廊下の両端には階段がある。
窓の外に目をやると、どことなく見覚えのある風景。
今いる場所がどこは分からないが、自分の住んでいる街のどこか。
そんな気がした。
校舎内から人の気配は全くしない。
余りにも周囲に音がないために多少の恐怖が付きまとうが、現状を把握するためにはやむを得ない。
そう考え、俺はゆっくりと教室のドアを引く。
「ん?」
建てつけの悪いドアを開けると、中には散乱したロッカーが一つ倒れているだけで、椅子や机はひとつもなかった。
「……」
何か現在地の情報がないかと思っていたが、少なくともここには何もないようだ。
もしかして、どこかの廃校になった校舎とかなのか?
何もかもわからん。
とりあえずここには誰もいる様子がないし、まずは外に出てみよう。
そう思い、階段に向かおうとした瞬間だった。
小さく風を切り裂く音。
後ろから飛んできた何かが頬をかすめ、乾いた音と共に目の前の壁に突き刺さった。
「へっ?」
恐る恐る近づいて、壁に刺さった何かに目をやる。
そこにあったのは……たぶんカーボン製? の矢だ。
「これって……」
俺が小さく唾を呑みこむのと、再び風を切る音が耳元に迫ったのとは、ほとんど同時。
身動きも取れない一瞬のうちに、新たな矢は張られていたポスターごしに壁に突き刺さった。
「……!」
俺は言葉を発する余裕もなく咄嗟に廊下の角を曲がり、階段の方に飛び退った。
い、今のは……。
階段のすぐ前で片膝をつきながら、壁に刺さっている矢の方を凝視する。
耳を澄まして周囲の様子を探ろうとするが、自分の心臓の鼓動が大きすぎて、それもままならない。
数分は経っただろうか。
何も起きる気配がないので、地面を這うように移動し、今さっきまで自分が通ってきた廊下にそーっと目をやった。
「うっ!」
一瞬にして迫ってきた矢が地面でバウンドし、壁に当たって乾いた音を響かせた。
――狙われてる。
仰け反ってそれをかわした後、俺は階段まで転がるようにして辿りつき、生唾を飲み込んだ。
ほんのコンマ数秒。はっきりではなかったが、見えた。
廊下の向こう側に、制服姿の女子生徒らしき人影が、弓に矢をつがえている姿が。
……まさかこんなことになるとは。
再び廊下の方に戻ることはできそうにない。
俺は少しずつ気配を窺いながら、階段を下に降りて行くことにした。




