気配
予想外の展開ではあったが、日種香にとってはその方がありがたいだろう。
昔のままではない今のハヤトに俺は少し距離を感じたが、そんなことは表には出さず、反応を待った。
「……ソウちゃんが居るからとかは関係なく、この状況じゃ断れないだろ。それ
に、断る理由も今はない。とりあえず他の三人を倒すまでってことなら……いいぜ」
「おし。じゃあこれで成立! ソーマはもう分かってるとして。この子は曜子ちゃん。そして私はカオル。よろしくね。ハヤト」
ハヤトに対し、やや攻撃的な気配を感じたのか。
日種香は俺たちの時のように、近づいて握手をするようなことはしなかった。
かわりにニッコリと最高のスマイルを送る。
日種香に紹介された静守さんは、構えを完全に解いて、軽く会釈をした。
にしてもハヤトのやつ、当時から周囲にはライバル心むき出しだったけど、どちらかと言うと俺には懐いていたのに……。
いまや完全に立場は変わったってことか。
なんとなくもやもやしたものを残しつつ、俺は仲間に加わったハヤトの横顔を、遠い日の記憶とは重ねられずに眺めていた。
何はともあれ、日種香の戦略通りに進んだ俺たちの同盟。
次の策を練るため、大きなスチール製の机が並ぶ職員室の中にて作戦会議を行う。
「さて、いよいよ本格的な行動に移す時がきたわけなんだけど……」
一つ離れた所に置かれている机の上に腰かけている日種香は、膝の上で手を組み合わせながら何やら考え事をしている。
スカートの丈がそれほど長くないので、ときどき組み替えられる足にドキドキしつつ、俺は落ち着かずに室内をうろうろしながら呟く。
「そういや俺、一回紀本にやられたけど、物音もさせないまま背後から一瞬だったな」
扉付近で姿勢を正している静守さんは、手を口元に当てながら、静かに呟く。
「もし革靴でそのような歩法なら、普段から稽古を積み重ねているのでしょうね……」
俺が後ろから殴られた部分にも一言欲しい気がするが、同じ武道家としてはやはりそこが気になるところなのだろうか。
「てか俺、たぶん紀本だと思われる木刀使いに石投げたんだけど、直前でかわされたぞ」
「なにそれ、獣?」
ハヤトの言葉に、日種香はしかめっ面を作る。
「そしたら俺の方に、なんていうか、ぬるっと近づいて来て……たぶん首をやられた」
怖すぎる。俺は後ろから一撃でやられただけ、まだマシだったかもしれない。
「剣道の上級者って聞いてたのだけど、なんだか古武道のような動きね」
静守さんの言葉は、あくまでも冷静だ。
雰囲気的にはおしとやかなのだが、彼女も武道の達人であることを考えると、それは自然な思考なのかもしれない。
「ちなみに私は扉を開けたらそこに紀本亮平が居て、一瞬で突きをされた。と、思う。早すぎてよくわからなかった。えへ」
日種香は乾いた笑いを浮かべながら、冗談交じりで語る。
「なんていうか……特に武器の心得があるわけでもない俺と、素手で戦う柔道家のハヤトじゃ、二人がかりでも倒せる気がしないんだが」
「いや、どこか掴めさえすれば俺はいけなくもないと思うけどな」
俺が頭をかきながらした発言に対し、ハヤトは目を合わせることなくそれを否定してくる。
なんというか……挑戦的だな。
やはり昔とは違うなあ。
「狭い廊下でなら、弓術はまだ有効かな……」
小さく呟く静守さんの方にちらっと目をやると、日種香は急にポンと手を打ち、机からぴょんと飛び下りた。
机は大した高さではないが、小柄な彼女には足元が遠く、一瞬ふわりとスカートが舞う。
それを見て咄嗟に目を逸らす俺。
うっ。
……逃げた視線の先にちょうど静守さんがおり、思いっきり目が合ってしまった。
咄嗟のことに俺が硬直していると、彼女は状況を呑みこんでおらず、小さく首をかしげる。
それは深い意味のない純朴な仕草なのだが、俺は慌てて目を泳がせてしまう。
「ほらそこイチャイチャしない!」
そして、日種香に意味不明に怒られた。
「なっ! 別に……」
思わず耳が熱くなるのを感じたが、静守さんの方を見ることなど出来るはずもなく、俺は無理に平静を装ってそこにあった椅子にドスンと腰を落とした。
「で、なんかいい作戦を思いついたのか?」
その一部始終を見ていたのかどうなのか。
ハヤトはキャスター付きの回転椅子に反対向きに座りながら、ゆらゆらと揺れながら言う。
「身体能力で勝る獣を倒すには、今も昔もコレしかない!」
そう言いながらびしっと指を立てる日種香。
「コレって?」
俺は反射的にそう問いかけた。
「ふふふ。気になるよね~。それはね」
日種香は毎度のように、意地悪そうな笑みを浮かべた。




