遠隔
やや興奮する俺の横で、日種香は冷静に言う。
「遠すぎるね。今から下に降りても途中で見失ってしまうなら意味ない。勝手に動きを予想するのは、ランダムにエンカウントするより危険だと思うよ」
「それもそうか……」
「けど、この状況、無意味でもないかも」
そういうと、日種香はおもむろに窓を開け、顔を外に出した。そして。
「おーーーい! ここだよーー!」
「え、ちょ! 何を!」
突然大声で叫び始めた日種香を見て、俺は思わず彼女を部屋の中に引きずりこむ。
「何ー? もう~。急に引っ張らないでよ~」
「いやいやいや。せっかくばれてないのに、なんでわざわざ居場所を教える様な事を!」
「ああ、そんなことか。まあ見ててよ」
そう言うと。日種香は俺の制止を聞くこともなく再び窓の外に身を乗り出し、塚原隼斗に向かって手を振り始めた。
呆然とその様子を見守っていた俺は、しばらくしてようやくこちらに振り向いた彼女をじっと見据え、次の言葉を待つ。
俺のそんな態度をにやにやと受け流して、彼女は意地悪そうな顔を作って言った。
「ひっひっひ。こうすれば相手の動きを操作することが出来るでしょ?」
「へ?」
「ほらさ、ただ上から目で追ってても、何処か建物に入ってしまえばその後の動きは予想不能でしょ。けどこうやって一つ情報を与えてあげれば、彼は何らかの方法でこちらにアプローチしようとするよね?」
そう話す彼女はすごく楽しそうで、口元には屈託のない笑みを浮かべている。
「もしかしたら隣の漣くんも見えてたかもしれないから、直接登ってはこないかもしれない。だとすると、下で待ち伏せするか、遠い方の階段から様子を窺いながら上ってくるか……。どちらにせよ、予想を絞りやすくなるよね」
無邪気にそう笑う日種香。その可愛らしい笑顔と戦略的思考のギャップに、俺はおもわず言葉に詰まる。
「私、こういう戦術ゲーム、大好きなんだよね」
そう言って意地悪そうにニヤニヤする彼女の顔には、特徴的な赤い眼鏡フレームがきらりと光っている。
「どちらにしろこの部屋にずっといるのはまずいよな。こっちもある程度準備しないと」
俺がそう言って、窓から離れようとした瞬間だった。
「声が……大きかったから」
不意に背後から聞いたことのない少女の声がし、俺はまるで心臓をぎゅっと握られたかのように、固まった。
しかしそれは恐怖や警戒心ではなく、動揺だ。
そしてゆっくりと振り返り、そこから徐々に鼓動が速くなる。
「あちゃー。失敗したなあ」
横で日種香が、刑事に銃を突きつけられた犯人のように、両手を上げる。
俺の眼前。正確には多目的ルームの扉の所。
そこに立っていたのは、いつもバス停で見ていたあの少女。静守曜子だった。
彼女の手には引き絞られた弓が握られていて、その矢の先はこちらへ向けられている。
「……」




