49.コーンワルドの春
最近、ブレイクの様子が少し変だ。
変というか……なんというか……距離が遠いような。
優しいのに、どこかぎこちない。
邪険にされているわけでも、避けられているわけでもない。
「うーん……」
聞くほどの変化でもないし、言葉にできない程度なんだけど。いつもより1センチ遠い、程度の。
私は意を決して、ブレイクの執務室に向かった。
さっき執事さんから手紙を預かったから、そのお届けだ。
扉をノックすると低い声が返ってくる。
「入っていい」
よそ行きの、仕事用の声だ。
ちょっとドキドキしながら扉を開けると、ブレイクは机に向かっていた。
いつものように背筋が伸びていて、姿勢が綺麗で、ずっと見て居たくなる。
「——どうし……ナノリア?」
黙っていたから不思議に思って顔を上げて、ようやく私だと分かったらしい。おかしくなって笑ってしまう。
公爵として忙しくしているのは知っているけど、仕事モードの姿はあまり見ることが無いから貴重だ。
取り繕おうとしているのが分かってしまう。
「はい。お手紙のおとどけです」
気づかないふりで近づくと、ブレイクが立ち上がって受け取ってくれた。
「わざわざ、ありがとう。執事は——」
「ブレイク様の顔が見たくて、預かって来たんです」
「そ、そう、か」
不意打ちに弱かったのか、きょとんとして固まってしまった。
私は首を傾げた。
「もしかして、結構疲れてますか?」
「いや……ちょっと集中しすぎていて、びっくりしただけだ」
確かに、シャツの袖が少しインクで汚れている。髪も掻き上げたのか少し乱れていた。
ブレイクが眼鏡を外してふう、と息を吐いた。
「すみません、お邪魔して」
そう言って帰ろうとして、ふと気づく。
「ブレイク様、襟が……曲がっています」
「え?」
私はそっと近づき、手を伸ばした。
白い襟が少しだけ折れている。ブレイクの衣服が乱れているのは珍しかった。
指先でそっと整える、ほんの数秒。
ブレイクが、びくりと固まった。
不自然なほどの硬直。
いつもゆったりとしているから余計にそれは際立って思えた。
「……ブレイク様?」
不思議に思って顔を上げると、
ブレイクは目を見開いて、息を止めたようにしていた。
そして——珍しく、頬が赤いような?
見上げると、ついと目を逸らされる。
「大丈夫ですか……?」
「……何の香りだろうか」
低く少し掠れた声で言われる。
香り?——ああ、そういえば。
「さっき、パウラと一緒に香水を作ってみたんです。それかな……」
私は嬉しくなって、香水のことを説明した。
好きな香りの花を摘んで、そこにウッドチップを混ぜて。独特の製法を教えてもらった。
少し甘くて、爽やかで——そんな香りになるように工夫したこと。
ブレイクはなぜか黙ったまま、その視線はじっと私の手首を見ているようだった。
そこには香水を少しだけつけている。
見られていると思うと自分の細すぎる手首がじりじりと熱くなるように感じた。
「あの……聞いてます?」
「あ、そう、か……」
そう言うのがやっと、という感じだった。
心ここにあらずというか、どこか上の空というか。
こんなに隙のある人ではなかったはずなのに、どこか調子が悪いんだろうか。
***
「——ねえ、パウラ」
ランチ時、テラスで昼食を頂きながら、側にいたパウラに声を掛けた。
パウラはお皿を下げながら答えてくれる。
「なんかブレイクの様子が最近変じゃない?」
「そうですか?」
パウラは首を傾げた。
「変というと?」
「もっときびきびしてたのに、最近ふと考え込んで——いや、何ていうか、どこか一点を見つめていたり。話を聞いているようで聞いてないような、いや聞いてるのか」
「どっちなんですか」
「それがわからないからさあ」
「——見てないから私はもっとわからないですけどね」
それもそうか。
だって言葉にしづらいんだもん。
何と言っていいのか、と考えていると、紅茶を足してくれたセレナがふふふ、と微笑んだ。
「コーンワルドの春ですね」
「え」
テラスで食べたいと言ったのは私だけど。
季節は晩秋。
肌寒くて、ひざ掛けをして肩掛けをして、更にはもこもこのクッションまで敷いている。
そこまでして外で食べるのはどうなんだというような気候だけど、外の空気が美味しくてつい。
だから私は不思議でいっぱいになってしまった。
「……………? もうすぐ冬だけど……? え?」
訳が分からなくてそう言ったのに、セレナはただふふふ、と笑っている。
何かの隠語なのだろうか。春。
「春……?」
「ほう、なるほど」
パウラまで分かったようで、したり顔で頷いている。
まったく意味が分からなくて、私は遠くの山をじっと見て確認した。
目の覚めるような赤に染まった山。綺麗だ。
最近では山頂に黒いもやも見なくなった。
紛れもなく、美しい秋の紅葉である。
「秋だよね……?」
私の質問には、侍女たちのほほほ、という返事以外は返ってこなかった。




