48.変化(ブレイク視点)
——ナノリアが変わった。
それは、ある日突然ではなく、少しずつの変化だった。いや、きっかけで言えば王城で王妃やアディノス殿下と決別をしたからかもしれない。
コーンワルドに帰ってきてやっとゆっくりしてもらえると思っていたら、ナノリアは急に忙しく勉強を始めたのだった。
そんなに頑張らなくても、ナノリアは素のままでも十分―—その先がうまく言えないままに、母に一睨みで黙らされた。
まあ、ナノリアが淑女教育を楽しんでいるうちは、それも彼女にとってはいい事なのかもしれない。
世界が広がるのは、何よりも良い事だろう。
そう思い見守ろうと思っていたら——気づけば、彼女は以前とは違う輝きを纏っていた。
朝、廊下で偶然すれ違った時。
ナノリアは淡い桃色のドレスを着ていた。
いつもより髪が丁寧に整えられていて、
歩き方もどこか淑女らしい。
「おはようございます、ブレイク様」
そう言ってふわりと微笑み、完璧なお辞儀をされる。
文句のつけようのない所作、流れるような美しい動き。その声は以前より少しだけ緊張しているように聞こえた。
「……おはよう、ナノリア」
言いながら、私は一瞬だけ言葉を失った。
彼女がこんなふうに変わるとは思っていなかったからだ。
日に日に美しくなっている。今にも折れそうだった体が健康的になって、活発に動く。萎れていた羽もピンと伸びて輝き、ふわふわと揺れるのから目を離せなくなる。
だが同時に——チリ、と胸の奥が痛んだ。
ナノリアは成長している。
自分の足で歩けるようになっている。
もう少しで、自分の庇護など全く必要としなくなるような気がした。
***
ある日の夕方。
リーフェルの花を摘んで戻ると、庭園でナノリアがやってきた。姿を見つけると小走りで駆け寄ってきてくれる。少し息の上がったところが可愛らしく思う。
「ブレイク様、その花……今日も持ってきてくださるんですか?」
「香りが強すぎないように、少しだけな」
ナノリアは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見るだけで、もっと何かできることはないか忙しく考えてしまう。
「ありがとうございます。あれ……今日の花、少し色が違いますね」
「気づいたか。これは、森の奥の方で咲く種類だ」
「へえ」
ナノリアは花を覗き込み、目を輝かせた。
その横顔が、以前よりずっと女性らしく見えた。こんな表情をする子だっただろうか。
——綺麗になった。
そう思った瞬間、また胸が苦しくなる。
その胸の痛みは子供の成長を感じる親のようなものだと自分に言い聞かせて、見ないふりをしていた。
そしてまた、別の日。
ナノリアが領地のお茶会に出るというので、私は少し離れた場所から様子を見ていた。
彼女は緊張しながらも、ルイーナと共に丁寧に挨拶をし、笑顔で人々と話していた。
もうすっかり貴族の令嬢だ。どこからどう見ても立派な。
自然と人々の中心にいて、華やかな雰囲気で周囲を幸せにしている。
その楽しそうな姿が、まるで——私の手から離れていく準備をしているように見えた。
もちろん、彼女はそんなつもりではないだろう。
ただ母に言われるままに社交に参加しているだけだ。ごく一般的に、その年の女の子なら経験することで、自分の世界を広げているだけ。
私にはそれが怖い。——怖い?
一瞬芽生えた妙な感想に、自分でも驚いていた。
ナノリアは変わった。
綺麗になって、女性としての魅力が増した。
その変化は、嬉しい。本来もつ妖精としての力を存分に発揮して、のびのびと自由に生きて行ってほしい。
自由にあるだけで、きっとナノリアは目が離せない程美しく輝くだろう。
分かっていたのに。
同時に、何故か胸が苦しくなる。
日に日に胸の違和感を無視できなくなってきた。
溜め息の数が増えましたね、と家臣に指摘されたのがいい証拠だ。
年のせいだろうと言うと変な顔をされた。
——ナノリアは急激に成長している。
いつか、私の手を離れていく。それはもしかすると、想像していたよりもずっと間近に迫っているのかもしれない。
その時……私はどうすればいい。
「——どうすればとは……」
自分で考えておいて、失笑を漏らしてしまう。
どうすればも何も、送り出す以外の選択肢があるはずもない。
ナノリアが笑うたび、やっぱり胸が痛む。
彼女が自分を見てくれることが嬉しいのに、そのあまりにも早い成長が——怖い。
父のように、兄のように。
家族として彼女をできる限り甘やかし、笑顔にして、そして送り出したい。
そう思う——いや、思っていたはずなのに。
ナノリアが近づいてくると、距離を取ることができなくなる。思わず手を伸ばしそうになって、慌ててその手を引っ込める。
——いつか私の手を離れていく子だ。
——その時、私はどうなるだろう。
その問いが、胸の奥で静かに響き続ける。
結婚を進めようとする家臣に無理だと言ったのは、もうあの時から予感があったのかもしれない。
自分の中でナノリアがいっぱいになって、他に入る余地などないという事を。
気取られてはいけない。
——ナノリア。
君が私の手を離れていくその日まで、
私は君の笑顔を守りたい。
それが、私にできる唯一のことだから。




