47.焦らずに
ブレイクが意識してしまうと言ってくれた日から、私は少しだけ勇気を持てるようになった。
だって——ブレイクが、私を女性として見てくれている。
意識するって、そういう意味よね。そう思う事にした。
ブレイクの言葉で一喜一憂してしんどいくらいだけど。私はその一言で、突き進むと決めた。
そうすると毎日が少しだけ明るくなった。
——よし。
焦っても仕方ない。私は何も知らない、世間知らずな何でもないただの妖精らしき生き物で。このままで何もできていないのに、守ってもらってばかりだとか、子ども扱いだとか。それは当然だったと思うから。
だから——まずはしっかりと、自分を磨くことからしようって、決めた。
以来、私は適当にしていた身だしなみをちゃんとすることにした。
いや、決して小汚くしていたわけではないんだけど。
今まではドレスなんて何でもいいと言っていたし、髪もセレナが整えてくれるままにしていた。
でも、ブレイクが「意識してしまう」と言ってくれたから……。
私は自分の見た目を少しだけ気にするようになった。
セレナは最初こそ驚いていたけれど、すぐに嬉しそうに手伝ってくれた。
「ナノリア様、今日はこの色がよく似合いますよ」
「え、そうかな……?」
「はい。お肌が明るく見えます」
同じ赤色にも色々とあるとか、知らなかった。
「ナノリア様にはこういう明るい色も良くお似合いになりますね」
そんなふうに言われると、胸がくすぐったくなる。
見かけだけじゃ意味がないから、勉強も始めた。
所作については、教師をつけてもらった。歩き方も、姿勢も、気をつけるようになった。
特にルイーナが手伝ってくれて、淑女教育の基本的な教養には何がいるかを教えてくれた。
覚えないといけないことが山ほどあって目が回るけど、勉強を始めると言うのは思っていた以上に楽しい。
「任せなさい」
ルイーナは満面の笑みでそう言ってくれた。
「完璧にしてあげるわ。公爵家の令嬢並みの、どこに出しても恥ずかしくない——」
「い、いえいえ、そんな——」
申し訳ない、と断ろうとしたら、ルイーナはぎゅっと私の手を握った。
「何を言ってるの。ブレイクが戻ってきて、私達はすっかり隠居になっちゃったのよ。新しい楽しみを奪わないでほしいわ」
その言葉が嬉しくて、全面的にお願いすることに決めた。
ルイーナからはお茶のお作法を学びつつ、領地のお茶会にも顔を出すようになった。
最初は緊張していたけれど、コーンワルドの人たちは優しくて、私が話すと嬉しそうに聞いてくれる。
妖精、妖精姫様と呼ばれることもあったけれど、それは王都で言われていたような異質な者を指す言葉ではなく、どこか親しみを込めた呼び方だった。
少しずつ、コーンワルドでの私の世界が広がっていく。
ブレイクに会う時は相変わらず、いつも胸がどきどきして顔が熱くなって、たまらない。
今まではそれを必死で隠そうとしていたけど。
隠すのもやめた。
世界が広がって、お茶会で恋愛話を沢山聞くようになると、気づいたことがある。
この世界の女性は、気のある素振りを見せないといけないらしい。
求婚は基本的に男性側からするものだから、受けてあげてもいいよ、というアピールは色々な方法があるらしい。
色々と、目から鱗だった。
例えば——
視線を合わせる時間を少し長くする。
話す時にほんの少しだけ距離を詰める。
褒められたら嬉しそうにする。
相手の好みをさりげなく聞く。
そんな小さなことでも、男性は好意がある、と気づくらしい。
さすがにそんな貴族の隠語集を真似る露骨なことはできなかったけど、少しだけ、勇気を出して近づくようにした。
知り合った女性たちの言うように積極的にアピールできるわけではないけど。
それでも、隠さないで行こうと思うだけで、世界はキラキラしているように思えた。
ブレイクに会う前は、鏡の前で深呼吸をするようになった。
髪を整え、姿勢を正す。
パウラはそんな私を見て、「恋する乙女ですねえ」とからかうように微笑んだ。
ブレイクに会うと、相変わらず緊張するし、胸も高鳴る。
それでも以前より少しだけ長く視線を合わせ、恥ずかいのも、嬉しいのも隠さなくなった。
ブレイクは相変わらず一定の距離を保っているし、こどもにするように可愛がってくれるけど。
——ああ、好きだ。
やっぱりそう思う瞬間が増えていくばかりで。
そして、気づいた。
ブレイクも、少しだけ変わったような気がした。
私が近づくと、ほんの少しだけ後ろに下がる。
そして少しだけ困ったような顔をする。
私が笑うと、ブレイクも笑い返してくれるけど。どこか少し、眩しそうに目を細めながら。
——もしかして。
もしかして、少しは……努力が実を結んで、私のことを、女性として見てくれているのかもしれない。
そんなすぐに効果があったとは思わないけど。
そう思うと、胸が熱くなる。




