46.恋愛の愛
——やっぱり、流石にブレイクは経験豊富な大人の男性だなと思う。
朝食はぎこちなく感じたのに、次にあった時からは見事にいつも通り。
まあね、分かってた。
恋愛対象外だもん。
いつも包み込むような温かい態度で接してくれる。怒ることもなくて、私に何かを望むことも……。
「——ナノリア様?」
声を掛けられてはっと気づく。
「窓をすり減らしたいんですか」
パウラがそう言うのも無理はない。多分、30分くらい窓を磨き続けていた。
「——そろそろやめようかな」
今日はちっとも集中できない。いつもなら、掃除をすれば少し気が晴れるのに。
「はいはい。回収しますね」
パウラがそう言って私の手から雑巾を受け取った。
「一体どうしたんですか。体調——は、良さそうですけど」
「うん……」
思い切って、聞いてみようかな。パウラは唯一コーンワルドの人じゃないから、相談するなら彼女しかいない。
「あのさ。ブレイク様は、私の事、その……なんて思ってると思う?」
パウラは目を瞬かせて、それから珍しく視線を泳がせた。
「そうよね。そういう風には、見てないよね……」
「いや、その……私の事をどんな風に思ってるか知りませんけど、私も男と付き合ったことないので」
「えっ」
「なんですか、えって。そんな暇ないですよ」
「あ、それはごめん」
そうか、私のせいで王城では仲間もいなかったし、毎日王城に通ってたら忙しかったのか。
そうでなくても、そのさばさばした性格は、相手を選びそうだけど……余計なお世話だな。
「公爵様がどう思ってようが、関係ありますか?」
大ありだと思う。
その発言の意味が分からなくてびっくりする私に、パウラはいつものように親指を立てた。
「ナノリア様がアタックしたらいちころですよ。行きましょう」
「行き——どこによ」
思わずため息が漏れる。
「何でナノリア様にそんなに自信がないのか、私にはわからないですけど」
「逆にどこに自信が持てるの」
この年齢差、ただの居候……。
「妹か娘みたいに思われてるから、恋愛対象に入れてもらえてないもん。この前も一緒に聞いたでしょ? 執務室で人と話してるの」
「ナノリア様、それは公爵様に失礼なのでは。娘って……」
「確かに」
娘は言いすぎだ。
「あの恐ろしい摂政殿下が、ナノリア様の前だけでは氷が解けて微笑まれるじゃないですか。あんなの、愛でなくて何なんです」
「……………」
愛は愛でも、親愛とか、家族愛とか。
「愛にも色々形があるじゃない」
「ナノリア様は、頭で恋愛をするタイプなんですね。意外です」
確かに考えすぎてもうどうしていいかわからなくなってしまった。私は頭を抱えた。
「片付けますね」
「あ……」
片付けを手伝おうと思ったのに、あっという間に出て行ってしまう。
夏が近づいて、リーフェルの花が生き生きと咲き乱れている。
以前のように酔っぱらってしまわないように、ブレイクは少しずつ花を持ってきてくれている。
窓を開けていると涼しい風が吹いてくる。
そうするとリーフェルの花の香りも強くなりすぎないからちょうどいい。
そう言うと、この日の夜訪れたブレイクは少し心配そうにした。
「窓を開けたまま眠っているのか」
「あ、良くないですか。森の香りもするので心地よくて。——警備の面で、良くないでしょうか」
「それは大丈夫だが……風邪をひかないだろうか。この時期の風は強い時もある」
言った側から、風がびゅん、と吹き込んできた。
「わっ」
髪が激しく風に巻かれ、乱れる。
ブレイクは素早く手を伸ばし、指先でそっと髪を整えてくれた。そのままふわふわとした髪を撫でるように何度か手が行き来して——。
驚いて手を引っ込めた、ようだ。
「……すまない。つい」
なに、今の自然すぎる動き。
ブレイクの驚きに、私の方が緊張してしまうような気がする。
撫でられた。
「いえ、乱れましたもんね。あ、ありがとうございます」
子供の頭を撫でるような感覚だとしても。ブレイクに撫でられると、本当にほっとする。
最近はそれに加えてどきどきも激しいから少し困ってしまうんだけど。でも、幸せな気持ちになれる。
一緒にソファに座って他愛もない話をするのが好きな時間だ。
つい、話に夢中になっていたら、距離を詰めて話しかけてしまう。
並んで座っているけど、今日は触れ合いそうな距離だったかもしれない。
そのせいかブレイクが少しだけ後ろに下がった。
「……近い」
「えっ、ごめんなさい!」
今まで距離を取られたことなんてなかったから、一気に頭が冷えた。
近すぎた。馴れ馴れしいって事だろうか。
拒絶、された……?
びっくりしていたら、ブレイクが慌てて付け足す。
「いや……君は悪くない。私が……」
言いかけて、ブレイクが黙る。
どういう事だろうか。
ブレイクが珍しく戸惑っているような顔をしていた。
目を逸らして言葉を探している。
「ブレイク様?」
「君は……ナノリア、君も、レディーだから。相応の距離を取っておかなくては」
「ごめんなさい。えっと……お作法とかってことですよね」
私はそう言うのを知らないから。
男女の距離というものがあるのか。
しゅん、としていたらブレイクが慌てて付け加えた。
「——すまない、そうじゃなくて。違うんだ」
ぽん、と大きな手が頭を撫でる。
「君が素敵な女性すぎて、私が勝手に意識してしまうから、少し離れてほしいと言う意味だ」
ブレイクが言った。
意識……。
その言葉に、私は気持ちが沈み切った所からまた一気に急浮上した。




