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妖精に転生した私は、年上の摂政殿下にめちゃくちゃ甘やかされる  作者: サイ


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41/50

41.止めない

 執務室に残された私は、なかなか緊張で体のこわばりが取れなかった。

 今あったことが嘘のような静けさなのに、心臓の音だけは嫌な速さで鳴っている気がする。

 床には散らばった書類、切り落とされた私の髪、そしてアディノスが暴れた痕跡。

 ブレイクはゆっくりと息を吐いた。

 怒りを押し殺すように、深く、長く。

「……ナノリア」

 さっきまでの殺気をはらんだ声から、優しい声に変わっていた。

 優しくて、そっと包まれるようだった。

「大丈夫か」

 私ははいと言おうと思ったのに、喉が詰まって声が出ない。

 代わりに何度も頷く。

 ブレイクはそっと私の肩に手を置いた。

「……すまなかった」

 どうしてブレイクが謝るんだろう。守ってくれたのに。

 ブレイクは私の髪の切り口を見て、苦痛を感じたように眉を寄せた。

「守ると言ったのに……情けない」

 今まで聞いたこともないような気弱な声だ。心なしか、いつもより小さくなっているような。

 こんな顔もするんだ―—って、驚いてる場合じゃない。

「守ってくれました」

 きっぱりと、私は言った。

「一人だったらどうにもなってなかった。それに……良くないですよね。ブレイク様がアディノスを殴った時、心の底からすっきりしてしまって」

 にっこりと笑うことができた。その笑顔を向けると、ブレイクも表情が和らぐ。

 そしてふと私の髪に目を留めた。

「美しい髪だったのに」

「放てば手に満てり——って、言うじゃないですか」

「ん? 何だって」

「手放してこそ、その価値に気付く、みたいな」

 あいつに触られた髪なんて少しも惜しくない。元々長くて手入れが大変だと思っていたし。

 ブレイクを元気づけようとして色々言ったけど、どれも本心だった。

 でも、ブレイクがそうやって惜しんでくれるのなら、また伸ばそうかな。

「強いな……」

 ブレイクはどこから持ってきたのか、柔らかいブラシで私の髪を整えてくれた。

 パチン、と髪留めまで付ける。——器用だ。

「確かに、短い髪も似合っている」

「あ、ありがとうございます」

 つい照れて、顔が熱くなる。

「整髪師を呼ぼう」

 ブレイクは手早く部下たちに指示を出した。

「とにかく休まなければ。屋敷に戻って——」

「殿下はどうなるんですか」

「あれでも最後の王族だからな。とりあえず更生を試みるか。厳しい監視を付けて」

 その言い方は、無理なら無理で切り捨てると言うようだった。

「——さあ、帰ろう。もうこの城に来ることもないだろう」

「あ……」

 それなら。

 私はもう一つの心残りに、決着をつけたかった。

「どうした?」

「できれば、内城の……王妃宮に行ってきてもいいでしょうか」

 ブレイクは少し驚いて一瞬考えたのち、一度だけ大丈夫か、と尋ねた。

 私がきっぱり大丈夫だと答えたらそこからは止める事もなく、一緒に行こうと言ってついて来てくれた。




 王妃宮は、内城の中でもひときわ静かな場所にある。

 国王が崩御して後ずっと、誰もがここの静寂と平穏を守れるよう細心の中を払って来た——そんな、薄氷の上を歩くような緊張感がいつもある場所だった。

 アディノスですらここにはもう近づかないと聞く。

 静かすぎて、廊下を歩くたびに、足音が吸い込まれていくような気がする。

 壁には古いタペストリーがかかり、どれも色褪せているのに、どこか気品がある。

 ブレイクは私の少し後ろを歩いていた。

 人気のない王妃のいる部屋の扉の前に立って、止まる。すぐにはノックをする勇気が持てなかった。

 ——ここに来るのは、何年ぶりだろう。

 ドアは重厚で、子供の頃は開けるのに苦労した。と言っても、助けてくれる大人が常に傍にいたけれど。

 そして、成長してからは来ることがなかった。

 ブレイクが黙って見守ってくれている。

 大きく深呼吸して、手を上げて——また下ろしてしまった。

「私が開けようか」

 ブレイクが見かねて言ってくれる。

「ブレイク様」

 思わず苦笑が漏れた。

「止めないんですね、いつも」

 過保護なのに私がやりたいって言うといつも後ろから支えてくれる。本当は連れて帰って休ませたいって顔に書いてあった。

「止めない。ナノリアがやりたいと言うなら」

「危ないことでも?」

「危ないことでも」

 ブレイクはゆっくりと頷いた。

「やりたいと思ったなら、やってみればいい。危険があるなら私が取り除く。——さっきの今では、説得力に欠けるか……」

 ブレイクは珍しくまだ落ち込んでいるようだった。

「いえ。心強いです」

 本当にそう思っているのに、ブレイクは苦笑で答えた。

 その笑顔に憂苦を貰ったように、私は思い切ってノックをした。

 返事はない。

 元々あるとは思っていなかった。

 王妃サフィアは、ずっと寝込んでいて、近頃では喋ることもほとんどないと聞いている。

 ぐっとドアに手を当てて押そうとしたら、ブレイクが重いドアを一緒に開けてくれた。

 一歩中に入る。誰もいない、人払いが完全にされている部屋だった。

 広いのにほとんど家具はない。

 高い天井。カーテンは分厚くて、部屋は薄暗い。

 そして——部屋の中央に置かれた、古い揺り椅子。

 いた。

 王妃、サフィアがそこに、くたびれた人形のように揺り椅子に体を委ねていた。

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