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妖精に転生した私は、年上の摂政殿下にめちゃくちゃ甘やかされる  作者: サイ


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35/50

35.王城へ

 王城の門が見えた瞬間、次第に胸が締め付けられてゆく。

 記憶にはあるから懐かしいはずなのに、まるで別の場所みたいだ。

 これはナノリアの感情なのか、私のものなのか、もうわからなくなっている。

 私だけじゃない。

 馬車の窓から外を見つめていたブレイクも、いつもの優しい横顔とは少し違っていた。

 おそらく摂政殿下の、厳しい顔なんだと思う。

 コーンワルドでは緩んだ顔を見せていたけれど、ブレイクはもともとこういう顔をする人だった、と思い出す。

 門番たちはブレイクを見ると慌てて姿勢を正した。

「摂政殿下、ようこそお戻りでございます!」

 ブレイクは軽く頷いて答えた。

 その横で私は、手のひらが汗ばむのを感じていた。

 馬車が止まり、扉が開く。

 ブレイクが先に降り、手を差し出してくれた。

「ナノリア、気をつけて」

 私に対する態度もその声も、いつもの優しさだった。

 私はその手を取って馬車を降りた。




 王城の空気は、冷たい。

 コーンワルドから帰ってくるとよりそう思う。

 柔らかい風とはまるで違う。

 そびえ立つ城壁、塵一つない長く冷たい廊下、硬い表情で粛々と仕事をこなす使用人達。

 ブレイクと共に外城を抜け、内城に入る。

 アディノスは内城で待っていると聞いていた。

 今回、ブレイクは王都滞在中自分の屋敷に寝泊まりする予定だ。私ももう内城には留まらないつもりでいるから、到着早々会いに来た。

 侍従たちがざわつく。

「ナノリア様……戻って……?」

 視線に晒されて少し緊張する私の背を、ブレイクが軽く押した。私もそれに勇気づけられて歩き出す。

「行こう。殿下は執務室で待っている」

「はい」

 歩くたびに、王城の空気が重くなる。

 廊下の壁、床の石、天井の装飾——見慣れたはずの景色が、今となっては全部が冷たく見える。

 コーンワルドの温かさが恋しくなる。


 アディノスのいる部屋の前に到着し、ブレイクが立ち止まった。

 来たことはないけど、おそらく応接室のような場所。

 ごくりと唾を飲み込み私の背をまたぽん、とブレイクが優しく叩く。

「ナノリア。殿下が何を言っても、私がいる。絶対に側にいるから」

 その言葉に固くなった体が少し楽になった。

 心配そうな顔。

 私のただならぬ緊張を感じ取ってくれたんだ。

 それでも、この人は私が付いてくることを止めなかった。心配そうなのに。——それがありがたくて心強い。

「……はい」

 お腹から声を出して頷いた。

 案内役が扉をノックする。

 既に帰還は告げられているだろうから、出迎えてもいいくらいだけれど。

 ドアを開けたのも侍従だった。

「摂政殿下と、ナノリア様です」

「入れ」

 中から、聞き慣れた声がした。

 その声を聞いた瞬間背筋がぞくりとした。

 懐かしさでも怖さでもない、ただの本能的に不快な障りとした感覚だった。

 全身で拒絶してる。私は本当にもうこいつが無理なんだ。

 だから今日は——決別の時だ。

 私は息を吸って、ブレイクに続いて一歩踏み出した。




「お久しぶりです、アディノス殿下」

「随分ゆっくりして来たじゃないか」

 アディノスは立ち上がる事もなく、ソファーに深く腰掛けた状態で私達を出迎えた。

 ブレイクも慣れたもので、簡単な挨拶だけして対面のソファーに座る。

 慣れたものだ。一応礼儀は尽くしているけれど、こうしてみるとどちらが王かわからない。

 悠然と構えるブレイクに対して、アディノスはただの虚勢を張っているみたいだ。

 ——まるで獅子と狼ね。

 それより……。

 妙に気になる。

 嫌悪感を脇に無理やりおいてアディノスを見ると……こんな顔だったっけ、と首を傾げたくなる。

 頬はこけ、目の下には薄い影。

 いつもは妙に自信満々でギラギラ輝いていた瞳も、どこか濁っているような。

 まるで、光を失ったみたいに。

 髪も少し乱れていて、輝いていた黄金色がくすんで、まるで灰色の膜をかぶったみたいに見える。

 ——こんな色だったっけ?

 思わず目を細める。

 髪の艶がなくて、これじゃまるで乾いた藁だ。

 服の皺も目立つ。

 王子としての品位を保つための手入れが、明らかに行き届いていない。

 ——どうしたの、この人。

 ブレイクが静かに口を開く。

「殿下。お疲れのご様子ですね」

「摂政が……いないからだろうが!」

 アディノスが声を荒げた。

 政治をブレイクが任せるようになって、大変だから……? それにしては疲労感が尋常じゃない。

「後で苦労をするのは自分だと、私はこの10年ずっと忠告してきたはずだ」

「俺にわざと難しい仕事を押し付けてるんだろ」

「いいえ。相変わらず政治は摂政府を中心に回していて、殿下には簡単な決裁書類しか回していない。それも宰相と共にできるようにしているでしょう」

「あの宰相はだめだ! 俺のわからない言葉を、わざと話してくる!」

「では家庭教師もつけてはどうですか」

 ブレイクは馬鹿にするでもなく、ただ神妙な面持ちで息を吐いた。

「いずれはやらねばならなかったのです。どこかで死に物狂いになる必要があった」

 アディノスが唇を噛み、ブレイクを睨む。

「そっちは随分と生き生きしてるじゃないか」

「故郷はやはりいいものでした」

 ブレイクは取り合わず、にっこりと笑って見せていた。

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