34.惚れこんでいる
どうやって戻ったか覚えてないけど、気が付けば部屋の中にいた。
「——ですって」
パウラが何か言ってるのに生返事を返してた。
——パチン!
目の前でパウラが掌を合わせて大きな音が鳴る。
はっとしてみれば、パウラは手拭いで手を拭っていた。
「あ、すみません。虫が。花について来たみたいで」
「あ……ありがとう」
ドライフラワーにする花の準備で、拡げて仕分けしてくれていた。
「……そんなにショックでした?」
「え」
「公爵様の結婚」
「や……どうなんだろ。そうかな」
実際、何にショックを受けているのかは自分でもよくわからなかった。
パウラは以前からアディノスよりブレイクを推していたし、実際私がブレイクに惹かれてるのを知ってるんだと思う。もう取り繕う必要もないか。
「恋愛の対象外だってのは、分かってたんだよね。……最近特に」
「うーん。公爵様もお年ですしねえ」
「お年って……まだまだ若いと思うけど」
まあパウラもまだ20くらいだから、彼女からしてもだいぶ年上ではあるけど。
「でも、ナノリア様。よく考えてみてくださいよ。何もない所で転ぶわけないのに手を貸したり、毎日たった2分でたどり着くダイニングまで送迎したり。それって普通ですかね」
「……………」
「子供に対するにしても行きすぎてるって思いますけどねえ」
「……………」
「気があるかないかで言えば、あると思うんですけどねえ」
私は思わず顔を上げた。
本当に……?
「——っや、危ない危ない。パウラの口車に乗るところだった。そんな、簡単に言わないでよ」
「口車って……」
パウラは肩をすくめて、作業に戻った。パチン、パチン、と花の枝を切る。
「でもさっきの会話だって、別に拒絶したわけじゃないじゃないって思いますけど」
「そう? 露ほども、って。なかなかだと思うけど」
「噂を立てるなって事ですよね。公爵様とナノリア様が——なんて話が少しでも上がったら、最近のナノリア様の性格からいうと断れないんじゃないかとか、プレッシャー与えるんじゃないかとか。ていうか普通に怖いですよ。20以上離れたおじさんからの縁談って、普通は——」
「パーウーラー!」
いくらパウラでも言いすぎだ。
「や、一般論ですよ」
パウラもさすがに言いすぎたと思ったらしい。
「——すみません。違いますよね。公爵様はそんじょそこらのおじさんじゃないです」
「ブレイク様は——」
そこで、止まった。
ブレイク様は——その先が、たくさんありすぎて言えない。思うだけでこんなに胸がいっぱいになるのに。
パウラは黙って花を束ねながら、ちらりと私を見るから。
「優しいんだよ」
ぼそりと一言、それしか言えなかった。
「まあ、そうですね。ナノリア様には優しいですね」
前国王が亡くなった後、ブレイクが摂政についてから、長雨に不作に、地震——このロフェリア王国はかなりの危機に見舞われていた。きっと妖精の加護が減ったからじゃないかと思う。
それを大きな混乱なく、ブレイクが支えてきた。それってものすごい事だと思う。
それだけでも尊敬できるのに、一人の男の人としても魅力的で。優しいし、余裕だし、強いし。
そもそも顔がいい。声もいい。——もう全部いい。
「——あー……」
パウラが無表情のまま声を上げるから、何かと思って目を向ける。
何だろうその顔は。もううんざりとまではいかないけど、はいはい、みたいな。
「なに?」
「もういいですよ。分かりました。ナノリア様が惚れこんでるってのは、よくわかりました」
「え、何? 私何か声に出てた?」
「顔に出てます」
パウラは部屋の鏡を指さした。
「見てみてくださいよ、真っ赤ですよ」
「え……」
確かに、顔が熱いから、見るまでもないんだろうと思った。
***
その日、夕食前にブレイクはいつものように私を迎えに来てくれた。
心なしか、何だか顔が浮かないような。
「……ナノリア、行こうか」
声も少し硬い。
——もしかして、盗み聞きが、ばれた?
手を差し出されていつものようにその手を取る。
ブレイクは歩き出し、ついていく。
「……………」
「……………」
沈黙が重い。
いつもはブレイクの方から色々と話してくれるのに。
『あの……』
同時に声を上げて、階段を降りる途中、二人で立ち止まった。
珍しくブレイクが言い淀んでいる。
「何か、言いかけたか?」
「その……いえ」
ここで、盗み聞きがばれましたかとか言うのは絶対に墓穴だ。とりあえず相手の出方が知りたい。
聞いていたかって言われたら、謝ろう。潔く。
「……いや、やはり言わないというのは良くない」
「は」
心臓が止まりそうになった。
——やっぱり聞かれてた!?
頭の中でぐるぐる考える。心臓の音が聞こえそうだ。
ブレイクが懐から一通の手紙を取り出した。
「これを見てほしい」
「え……」
差し出された封筒には、王家の印章。
「これは……」
「アディノス殿下からの手紙だ」
「あ、なんだ……って、え!」
そっち!
今まで悩んでたことが吹き飛んだ。
ブレイクは淡々と続ける。
「ポール以下、王国騎士を拘束している件についてやり取りをしていた。殿下は返せと要求してきた。代わりの騎士を派遣するから、と」
あの襲撃以降ポールは無事捕まえて、公爵領のどこかに拘禁しているって聞いた。今回私について来た王国騎士も全員、取り調べしながらまだ拘束中だ。
声は静かだけれど、どこか怒りを抑えているようにも聞こえた。
「……返すんですか?」
「返さない」
即答だった。
「公爵家に対する明らかな攻撃を看過することはできない。関与していなかった王国騎士に関してはいずれ解放しても良いが、どちらにしてももう王国騎士は不要だ。ナノリアももう王城に戻る気はないだろう?」
私は小さく頷いた。
戻る気なんて、もうない。
「追加の王国騎士も不要だと伝えるつもりだ」
ブレイクは手紙を折りたたみながら言った。
「大事なことだから、直接会って言ってくる」
「……直接?」
「——実は、手紙にはナノリアを早く帰還させるように、という事が書かれていた。
「……………」
適当にやって、帰ってこい——ここに来る前に確かにそう言われた。
わざわざ、どうして呼ぶような……。
「あ、もしかして、私のお金」
私が王城にいた方がいい理由といえば。
「ブレイク様、私の生活費……えっと……」
何て言っていいのかと思考を巡らせたけど、その必要はなかった。
ブレイクは私の気にしていることを分かってくれていた。
「ナノリアの生活予算は、コーンワルドにいる間は止めている」
やっぱり。きっとそれで、日々の生活費が少なくなったからだ。
今までのように私が王城にいれば、その分お金が自由に使えるから。
はあ……と、長く重いブレイクのため息が落ちた。
深刻なその様子に心配になって見上げたけど、目が合うとブレイクはいつものように微笑む。
「——色々と、殿下と話さなくてはいけないことがありそうだ。手紙では難しいだろうから、直接会ってくる」
ブレイクが王都へ行ってしまう。
仕方ないと分かっていても、胸に穴が開くような気がした。
「ナノリアがコーンワルドに留まる事も、しっかり伝えてくる」
だったら。
「私も……」
思わず声を上げていた。
頼ってばかりじゃ駄目だ。
「私も、行ってもいいですか」
「ナノリアが? しかし君は、二度と会いたくないと言っていたじゃないか。無理する事はない」
「行きたいんです。お願いします」
私がコーンワルドに住みたいと言う話なんだから、私が行って直接言わないと。ブレイクが勝手に連れて行って返さない、奪われたなんて言い出されたら大変だ。
私が行って直接、アディノスに二度と帰らないって言う。
あいつはきっとまだ私が言いなりになると思ってるだろう。自分に惚れ込んでいるって思って、まだ現実が見えてないだろうから。
妖精の加護の事、どこまで話すかは決めてないけど……とにかく私の居場所はコーンワルドなんだって、ちゃんと決別したい。
それができるって、今は思えた。




