33.過保護なブレイク
ポールの事は、ちゃんと伝えていなかった私が悪かったと思う。
だから落ち着いてからブレイクには謝罪したんだけど……それは違うと突っぱねられてしまった。
それからというもの。事件のあと、ブレイクは明らかに過保護になった。
いや、前からかなり子供扱いだったけれど、あれ以来さらに輪をかけて——。
朝は支度が終わる頃に毎日部屋まで迎えに来てくれる。
昼は執務の合間に庭での散歩に付き合ってくれて、夜は相変わらずリーフェルの花を届けて、少し長めに話をしてから帰って行く。
……こんなに私に付き合ってて、大丈夫なのかな。
例えばある日。
花の庭園を眺めていた時、ふと小さなくしゃみが出た。
花粉かな、と思ったら。
「ナノリア……風邪か?」
隣を歩くブレイクがさっと手を上げた。
遠くに控える強面の騎士がやってくる。
「医師を呼べ」
「は」
「え」
ブレイクは私に上着を掛けた。——羽を避けるから大きすぎてごわごわする。
「ナノリア、すぐに——」
「い、いえ、だいじょうぶです! ただのくしゃみですから」
「油断したら駄目だ。もし熱が出たらどうする? こういうのは引き始めが肝心なのだから」
結局、この日は部屋に戻って医師まで訪ねてきてしまった。
またある日。
町に遊びに出たとき、私は子供たちに取り囲まれた。
最近は私にも慣れてきて、遠巻きというよりはよく話しかけてくれる。
この日は元気な子供がヒートアップして、私に抱きついてきた。
その瞬間、ブレイクが即座に間に入り、子供をひょい、と持ち上げた。
「ナノリアは驚くから、ゆっくりだ」
距離を取らせながら、私の羽をかばうように立つ。
そのさりげない仕草が、嬉しいやらこそばゆいやら。
あとは——そう、書斎で本を読んでいる時。
いつの間に来たのか、気付けばブレイクが横に立っていた。
「ナノリア、いつもこんなに暗い所で読んでいるのか」
「あ、はい。本に陽の光は良くないって。そんなに暗いでしょうか」
字は読めるし気にしてなかったんだけど。
「これでは目に良くない」
そう言って、たくさんのランプを持ってきてくれた。
「とりあえずはこれでいいか。続けていいが……疲れたらすぐ言うんだ」
去り際、窓を作るかとか言ってたから、何とか止めてくれとルイーナにお願いしておいた。
もっとひどいのはついこの前、階段を降りていた時の事だ。
「ナノリア、階段はもっとゆっくりがいいんじゃないか。手すりを持って」
「持ってますよ……」
「私といる時はいいが……」
そう言って考え込んでいる。
これはもう、過保護というより子供……もっと言えば幼児あつかいじゃないかな。
とはいえ、気に掛けてもらえるのはありがたい。
関心を寄せてもらっているのはありがたい。
今はこの距離に満足するしかないかなって、思う。
そんな風に日々が過ぎて行って。
私は庭をパウラと一緒に歩いていた。
ドライフラワーを作るための花を摘もうと思って、一緒に香りの良さそうな花を摘んでいた。
ふと窓の方から声が聞こえる。このエリアはそういえば執務室と近いんだった。
「……そろそろ、ご結婚をお考えいただかねば」
家臣の声だ。私は思わず耳をそばだてた。
パウラも気づいたようで、さっと窓の下に潜り込んで手招きをしてきた。
「え……ちょっと——」
「しっ」
指を口元に当てて、早く、と手招きされる。
「ええー……」
と言いつつ、私も聞きたくなって、窓の下にパウラと並んでしゃがんだ。
「公爵様。家臣一同の懇願です」
「領地にいると言われると思ってたんだよな……はあ」
ブレイク様のため息が聞こえた。
胸がぎゅっとした。
——結婚。
ブレイク様が結婚する。
当たり前だ。摂政殿下なんだから。
こんなに優しくて、仕事ができて、公爵で……こんなに素敵な男性、社交界が放っては置かないはず。
「どういった条件なら、首を縦に振っていただけるんでしょうか。あまりにも消極的ではありませんか」
「そうだな……私はきっと結婚できないような気がする」
ブレイク様の声がした。
——え?
私は思わずパウラと目を見合わせた。
「——何か人には言えない性癖でもお持ちなんでしょうか」
私は慌ててパウラの口を押さえた。聞こえたらどうするんだ。
幸い、ブレイクが笑っていたから、パウラの声はかき消されたみたい。
冗談なのだろうか。
「どういう、ことでしょうか」
家臣が困惑した声で聞く。
「どれほどお忙しくとも、婚姻は可能かと——いえ、お忙しいからこそ、公爵様を癒して下さる伴侶の存在が大切なのではありませんか」
「いや、忙しさのせいにするつもりはない。そうではなく、私の気の持ちようの問題だ」
沈黙が流れる。
しばらく考えた末に、家臣がはっとしたように言った。
「まさか……既に想われている方が?」
どきりとする。
思わず息をつめていたようで、パウラに「息してください」とささやかれた。
「その方は結婚できない方なのですか?——まさか……男性!?」
ブレイク様は慌てたように声を上げた。
「ばか言え、違う!」
しん、と静まった執務室にこほん、とブレイクの咳払いが聞こえる。
「その……想い人というわけじゃない。そういう気になれないだけだ。——まあ、だから、養子に良さそうな後継を探しておいてくれ」
「しかし公爵様、以前は摂政職を終えたらすぐにでも結婚すると仰せでしたのに……」
「そうだったかな」
「心境の変化が……」
「まあ、そうだな」
家臣は引き下がらなかった。
「疲れてしまわれたのですか」
「いや、私は元気だ。——色々とやりたいことがあるから、結婚している場合でもないと言うか」
「確かに近頃公爵様は、ナノリア様に……あ」
微妙な、間。
「何だ」
「ナノリア様に……? このままご夫人となっていただくのはいかがでしょうか」
心臓が止まりそうになった。
「ない」
ブレイクは、ものすごい勢いで否定した。
「正気か? 一体いくつ年が離れていると思ってるんだ」
心底呆れた、というようなブレイクの声に胸が痛んだ。
「しかし、公爵様は近頃ナノリア様にべったりではありませんか」
「……その言い方はやめてくれ。危険がないように見ているだけだ」
「ナノリア様も、公爵様を慕っておいでのようですが」
「いや、そんな。——父兄に対するようなものだろう? あの子のその信頼を汚すようなことは……そんなこと、露ほども思われないようにしろよ」
——露ほども。
あまりにもきっぱり否定するから、望みがなさすぎるのだと突き付けられたようだ。
でも、ブレイクはそう思っているんだ。
分かってる、いつもの態度で、どれだけ体の距離が近づいたって、恋愛対象になりえないっていうのは。過保護に彼是してくれるけど、あくまでも家族……。
ブレイクは続けた。
「……とにかく、結婚は考えない。養子の件だけ進めてくれ」
「承知しました」
会話は終わって、家臣が去っていく。
私はしばらく動けなかった。




