30.恥ずかしい
ベッドに潜り込んだまま、私はいっそ寝てしまおうと目を閉じたけど。
たっぷり寝た後で、再度眠れるわけもない。
顔から火が出そうで、しばらく動けそうにないけど。朝食の時間は迫って来ていた。
廊下の向こうでセレナらの声もする。
「リーフェルの量を……減らした方が……」
「でも……ナノリア様が気に入っておられますもの……」
「しかし昨夜の様子を見るに……」
「体への影響は……」
何やら困ったように相談しながら、準備してくれてるらしい。
昨日の私の醜態を見ていたらしい。
——見られてたんだ。
そりゃそうか、ブレイクはいつも私の部屋に入る時、ドアを開けているし。私が眠ってしまったのなら、あの後セレナを呼んだんだろう。
あの後……。
布団の中でさらに悶えた。
しばらくすると、控えめなノックがする。
「ナノリア様……起きておられますか?」
セレナの声だ。
私は顔だけ出して返事をした。
「……はい」
そっとドアが開かれる。
「その……お加減は……?」
「昨日の事、覚えてらっしゃいますか」
口々に言われて、私はベッドから出た。
心配かけちゃったかな。
「ナノリア様」
こそ、と枕元にパウラが来る。
身支度はセレナらに頼むけど、部屋の片づけはパウラが担当してるから基本的には一緒に来る。
普通下級メイドは顔を出さずに裏方に回るものだから、見知った顔がある方がいいだろうっていう配慮だと思う。
見ればパウラはなぜか清々しい顔をして、またぐっと親指を立てていた。
「私はいいと思いますよ。あの王子様よりこっちの方が」
パウラ……小声で言うところはいいけど。私はセレナにみられないようにそれをそっと下ろさせた。
うんうんと頷いている様子がいつも通り過ぎて、私もちょっと冷静になった。
「そんなつもりじゃなかったんだってば」
お世話してる子供から突然言い寄られたら、ちょっと……かなり困るだろう。
困るとか、煩わしいとか思われたら——やだ、どうしよう。結構ショックかも。
「ナノリア様、お花……どうしましょう」
「え?」
「お好きなのは分かっているんですけれど……昨夜、この花の香りで酔っ払ってしまうようだと、ブレイク様からお聞きしたんです」
「じゃあ、どんどん使ったらいいんじゃないですかね」
「パウラ」
黙っててくれ。
私が恥ずかしがっているのを、セレナは察してくれてるみたいだ。
「とてもお可愛らしかったのですけれど。酔っ払うということは、体調が心配です。二日酔いなどはないのでしょうか」
「あ、うん。それはなさそう。むしろすっきり」
ずっと夢見心地でいたいって思うくらいだ。
「でも、そうだね……ふわふわしてるから。あまり酔っ払ってるのも良くない気がする」
麻薬のようにトリップしちゃったら大変だしね。
「それでは、花を少し減らしましょう」
セレナはそう言って古い花から下げてくれた。
「公爵様が心配しておられましたもの」
心臓が跳ねた。
昨日のことを思い出して、顔がまた熱くなる。
「では、朝食は食べられそうですか?」
身支度を手伝ってくれるけど、私はできるならこのままちょっとベッドにいたい。
自省する時間をください。
「——お部屋にお持ちしますね」
セレナは私の様子を見て、そう決めて出ていってくれた。
なんて気遣いのある人だろう。
けれど、しばらくするとまたノックがした。
「ナノリア」
ブレイクだ。
「入ってもいいか」
私はすぐには返事ができなくて、固まった。
けれど沈黙の間も、ブレイクは待ってくれてるみたいだった。いつまでも待たせてはおけない。
「……どうぞ」
小さく答えると、扉が静かに開いた。
ブレイクが入ってきて私を見るなり、ほっとしたように息をついた。
「具合が悪いと聞いたが……大丈夫か?」
その声が優しくて、いたたまれない。
どんな顔をしてるだろう……見る勇気が出ない。
「……すみません」
「謝ることはない。昨日のことは、リーフェルのせいだろう。妖精王が言うくらいだから、きっと悪いものではないのだろうが……」
「本当に、ご迷惑を——」
「まさか。迷惑なんていう事はない。もっと甘えてくれていいんだ。私を家族と思って……なかなか、前国王陛下のようには思えないだろうが」
あ、そっちか。
私は顔を上げてブレイクを見た。昨日は照れて赤くなっていたのに、今はいつもの優しい顔をしている。
一晩かけて、あれをそういう風に結論付けたんだろう。
確かに、ナノリアは誰にも甘えられずに来たけど……。
「私、ブレイク様をお父様のようにはみてないです」
「あ、そうだな。すまない」
がっかりしたような声。
ああ、そうじゃなくて。
「ブレイク様の事は好きですけど、お父様のよう、という事ではなくて、家族のそれじゃなくて、その……」
恋愛の好きなんです——いや、ちょっと待って。ブレイクにとって、親戚の子みたいな私からいきなり好きとか言われても困るかな。
年下すぎて恋愛対象にはなりえないのに。
「分かっている、ありがとう」
ブレイクはもう結論が出たみたいな言い方になった。何をどう分かってるのか、困った様子もない。
ああ、伝わったのか伝わっていないのか。伝わったと思っても恥ずかしくてたまらないけど、伝わらなかったとしても、何か悔しい。
でもまあ、そうよね。
私がここで本気の告白をしても、子供の憧れだろうとかって、取り合ってくれなさそう。
はあ。
思わずため息が漏れた。
すると、ぽん、と慰めるように頭に手を置かれた。
「花の量を減らすようセレナに言っておいた」
「——あ、はい」
触れられるだけで、そこからじわりと温かみが伝わってくる。
ブレイクはベッドのそばに座り、私の顔を覗き込む。
「新しい花は、これまで通り届けてもいいか? ナノリアの喜ぶ顔が見たいんだ」
その言葉があまりにも優しくて、胸が熱くなる。
私は布団から少しだけ手を出して、ブレイクの袖をそっとつまんだ。
「……ありがとうございます」
ブレイクは歯を見せて笑ってくれた。
「では、また」
そう言って立ち上がると、ブレイクはドアに向かって歩き出した。そして一度だけ振り返る。
「昨日のナノリアは可愛かった。だから、もうあの姿を私以外には見せてはいけないよ」
私は布団の中で叫びそうになった。
扉が閉まる音がして、静寂が戻る。
可愛いって。ブレイクから可愛いって言われると……どうしてこんなに、泣きそうになって叫びたくなって、走り出したくなってしまうんだろう。
——どうしよう。ブレイクのことが、ますます好きになってしまう。




