27.妖精王アウルラディス
ブレイクらの元を離れて小走りに駆け寄ったら、アウルラディスは優しい目で私を見下ろしてきた。
木の陰に誘われる。
「よく、馴染んだようだな——」
そう言いながら何か——ふわりと空気の質が変わる。
感じる。これは……。
「分かるようになっただろう? 気の流れを」
「気の……」
「我らを取り巻く気脈を歪めた。こちらの話はあの者らには聞こえない」
感じるけど、それができるかと言われると全く別の話で。
すごいな、妖精王って魔法が使えるんだ。
「良かった」
「え?」
「この地に来たのはそなたの体にとって良い選択だった。ここは妖精の力が最も強い」
「そうなんですか」
「リーフェルの花は我らの力を強めてくれる。側に置き、力を取り込むと良い。回復を助けるだろう」
あの黄色い花。心地いいと思ったけど、本当に効果まであったんだ。
「側にあって心安らぐ者の近くにおればいい。人でも、ものでも」
「人……」
言われて思い浮かぶのはブレイクの顔だった。
側にいればいいってどういう意味だろう。ブレイクの近くにいるだけで回復する——そんな事があるのかな。
「そういえば、コーンワルドに来てから、ナノリアの記憶が本当に私のもののような気がして」
「回復と共に魂が身体に馴染んだのだ。そなたはもう、ナノリアだ」
じっ、と金の目で見つめられる。
「その羽も」
アウルラディスは私の羽をまじまじと観察した。
彼の立派すぎる羽を見た後では、私の羽はすごく小さくて頼りない。
「妖精の羽は生命力に影響される。ナノリアのそれはもはや朽ち果て、腐り落ちる寸前だった」
「え……」
「そなたの生命力が満ちているから、羽が再生したのだ。花に囲まれていればさらに回復する。飛べるようになるのは難しいだろうが……」
そうなんだ。
「私……聞きたいことが沢山あるんですけど」
「であろうな」
「どうして私——」
「だが、私が答えられることはほとんどない」
勢いづいたところを、ぴしゃりと阻まれる。
「そなたはあるままを受け入れ、生きてゆくしかない」
知っていて教えてもらえないのか、それともこの人にもわからないのか。
私がそもそもどうしてナノリアとしてここで目を覚ましたのか、聞きたかったのに。
「知らずともできるだろう?」
「それは、どういう……」
「サトリ? といったか」
私はぽかんと口を開けたまま考えた。
——え、悟り! そんな、突然そんな思想をアウルラディスの口から聞くとは思わなくて、反応が遅れた。
「いやいやいやいや……」
いくらなんでもそんな。
転生しました、はいそうですかとはならないでしょう。
いくらなんでも。
「しかしそなたは、今日まで来れたではないか」
「それは、仕方なく。やむを得なくて」
「ナノリアとして生き、既にどう生きるかも決めつつある」
「それは……なりゆきで。ほかにないから……」
「そう、他に道はない」
きっぱりと言われた。
アウルラディスの口から言われると、本当にもうないように思う。
そうか、私はもう、ナノリアで。ナノリアとして生きていくしかないんだ。
他に方法はないんだ。
頭を殴られたようだった。
それから唐突に、目の前が霞んだ。
アウルラディスに言われた言葉が突き刺さる。アディノスにされたたくさんの理不尽なことが、どんどん記憶に蘇ってくる。
こんなひどい場所で……。
突然、視界が真っ暗になった。
次に嗅ぎ慣れた優しい香り。温かい胸の感触。——ブレイクに抱きしめられているのだと気づく。
「まだ呼んでおらぬぞ」
「泣いている」
ブレイクが低い声で唸るように言った。
それから私の顔を覗き込むようにして見下ろす。
「ナノリア? 大丈夫か、何を言われた」
その心配そうな顔に涙が引っ込んだ。
さっきは妖精王に圧倒されるように頭を下げてたのに。私の涙を見て飛んできてくれたと思うと、じんと胸が熱くなる。
ああ、すごく好きだ。
ブレイクはただ、子供を守るような気持ちなんだろうけど。
私はブレイクが好きだ。彼のためにこの世界に残りたいと思うくらい。
「大丈夫です」
本当に大丈夫になったから、私は笑顔でこたえた。
ブレイクはまだ心配そうな顔をしていたけれど、どうして泣いていたかを説明するのも難しくて。
そのまま微妙な沈黙が流れた。
じっと私達を見つめていたアウルラディスが口を開いた。
「用事が済んだなら、早く山を降りることだ。ここは良くない」
「良くない?」
「あの闇の気を吸えば命を奪われる」
アウルラディスが指したのは、まさしく黒いもやだった。天幕の隙間から覗いている。
「あ! あの黒いモヤモヤしたやつですか」
「ああ。少量であれば弾くくらいの力はそなたにもあろうが」
「あれはなんなんですか。闇の、気?」
「良くないものだ。破れた結界から漏れ出ている。近づいてはならない」
「結界……妖精の天幕のことですか? 私、その綻びを見に来て……」
「……………」
アウルラディスは冷たい視線をブレイクに投げた。
「この天幕は、我ら妖精族から人への贈り物として授けた祝福だ。人間の裏切りにより、祝福が消えようとしている」
「どういうことですか」
アウルラディスは今度は私を見た。
悲しみ……いや、怒り?
アウルラディスの目には私というより、もう死んでしまったナノリアが映っているような気がする。
ナノリアが消えたことが——誰かに明確に殺された記憶としてはないけれど、あのひどい扱いのせいなのだろうか。
でも、それをいうなら悪いのはアディノス達じゃないの? コーンワルドはとばっちりだ。
「あの! 何とか、なりませんか。あの黒いもやがコーンワルドに悪い影響を及ぼすなら、なんとかしたいんです」
あれが漏れ出てトリスタンが病に倒れたのだとしたら。他にも、そんな人が出てくるかもしれない。
「……そなたがどうしてもと、望むのであれば」
ナノリアの身体のことだから聞き入れられないかもしれないと思ったけれど、アウルラディスは意外にもあっさりとそう言った。
「どうしても!」
「——だが、すぐには難しい。天幕は自然現象のようなものだ。妖精らの祈りが届けば、この地を守る気が集まる」
「ええと、つまり……」
「そなたがここで、心安らかに過ごしておればそのうち妖精の気も高まる、さすれば自然と結界も復活する」
「つまり、コーンワルドにいればいいってことですか? 私が?」
それだけでいいんだろうか。
お祈りしたりもしなくていいのかな。
アウルラディスは頷いた。
「おるだけで良い。但し、幸せにな」
ブレイクが一歩踏み出す。
「——当然、このことがなくとも、ナノリアは責任をもって預かるつもりだが」
肩を抱かれてまた嬉しくなる。
肩といえば。
「ところで、その……肩にですね……」
ずっと気になっていた。アウルラディスの肩に、カナブ——いや、玉虫っていうんだっけ。あまり昆虫には詳しくないけど、とにかく虹色に光る甲虫がいる。
「あの……その、虫がついてます」
「ああ、これは私の虫だ」
「…………」
あっさりと答えられてびっくりした。
私の、と言った。
そうか、ペット的なやつかな。昆虫飼育が、ご趣味……いや人の趣味にとやかく言うつもりはないけどさ。ちょっと…いやだいぶ気になる。
へえ、と曖昧な返事をしたら、アウルラディスに何やら悲しい顔をされた。
もっと「素敵な虫ですね」とか言うべきだったろうか。




