25.山へ
翌日の朝食後に、ブレイクは私を山へ連れて行ってくれた。
伴ったのはコーンワルドの騎士4名。遠目に見てたけど、かなりの強面の方々だ。コーンワルドの人々の顔って、全体的にちょっと濃い。筋肉の上に強面が乗っかっているから、なかなかの雰囲気だ。
馬車から降りて荷物を持ってくれる上に、後ろと前に2名ずつ歩いてくれている。
「ナノリア、怖くないか? もっと離れて——」
「いえ! 全然大丈夫です」
何となく物珍しくて、まじまじと見すぎたようだ。ブレイクが気遣ってくれるので申し訳なくなって慌てて否定した。
「あの方たちが守ってくれるって思うと、心強いです」
「そうか? 一応、比較的顔の怖くない奴らを選んだつもりなんだが」
「えっあれで?」
「ふっ……」
あ、しまった。声に出てしまっていた。
顔というより、筋肉の上に強面が乗っかってるから……。
「城の近衛らは、身ぎれいにするのも仕事の内のように言われているが……コーンワルドは、肉体を貴ぶ気風があってね。あまり身だしなみに気を遣ったりしないんだ」
「なるほど……それであの筋肉の露出」
騎士なのに、二の腕をめくってしまっているのだ。田舎のおじちゃんみたいな格好だ。騎士なのに。
筋肉が付くと体温が上がるって言うから暑いのかな。
「だから田舎者と言われるんだ」
「田舎者……王都の人間には、あの二の腕が眩しいんですかね」
「ははっ!!」
ブレイクが声を上げて笑った。前を歩く二人の騎士の肩も震えてるから、笑われてるみたいだ。
楽しそうで何より……そんなに変な事を言ったかな。
休憩を挟みながら、少しずつ山を登る。
幸いそれほど険しくはなくて、道も整備されている。
妖精の天幕に続く山道はいくつもあって、そのうちの一番緩やかな山を選んでくれたらしい。
運動不足のこの体にはきついけど……きれいな空気と、体を動かす爽快感はたまらない。
時々景色が開けた時に空を見上げてみるけど、青い空が広がっていた。
「……天幕、見えないですね」
「山頂に着けば見えるはずだ。山のふもとからは常に見えるわけではないが、山頂に登ればいつでも目視できている。——それが縮んでいったから、こうしてナノリアに来てもらったんだが」
「はい」
「——何度も言うが、気負わないでくれ。今日はちょっと見に行くくらいの気持ちで」
「はい」
本当に何度も言われるから、つい笑いながら返事をしてしまった。
ずっと、気遣いを感じる。感じ続けている。
一緒にここに来て益々思った。
天幕の事が解決できてもできなくても、きちんと全部、ブレイクに話そう。
昨日は色々と整理がついてなくて、ちゃんと伝えられなかった。
ベッドに入ってブレイクの言葉を色々と考えた。
私は警戒ばかりして、誰も信じられないと思ってた。
ブレイクはこんなにも私のことを考えてくれているのに。ブレイクだけじゃなくて、屋敷の皆も。
だから、屋敷に戻ったらブレイクに言いたい。
ちゃんと話し合えばいいはずだ。王家との軋轢を生まずに、上手に過ごす方法。
アディノス王子の元には戻りたくない。このコーンワルドでずっと暮らしていきたい。
ここで、天幕の事を調査しながら暮らすとか、どうだろうか。
きっと喜んでくれるって、信じられた。
1時間程度歩き続けて、一行はようやく山頂に辿り着いた。
「——うわあ……」
山頂に立った瞬間、視界が一気に開ける。
風が吹き抜け、雲の影が遠くの山肌をゆっくり流れていく。
立っている場所は開けた草原のようになっていて、草の上に落ちる陽の粒が、まるで小さな妖精たちの残した痕跡みたいにきらきらしている。
風が吹くたび、どこからか鈴のような音がして、空気そのものが澄んでいた。
思わず言葉を失うほどの景色だった。
そして、見上げると——。
昼なのに、オーロラが見えた。
薄い光の帯がゆっくりと揺れていた。
薄い絹を広げたように、虹色と金が揺れ、色が幾重にも重なってはほどけて、溶け合いながら流れていく。
風が吹くたび、光の縁がふわりとほどけて、空そのものが呼吸しているように見える。
「——っと、危ない」
見上げすぎて後ろに倒れそうになって、ブレイクに背中を支えられた。
背中から伝わる温かい手の感触と、見下ろされる琥珀色の目。それが近くて——。
「ご、ごめんなさい!」
恥ずかしくて顔に熱が集中する。
「いや、気持ちはわかる。美しいよな。まさしく、妖精の天幕だ」
ブレイクはそう言って同じように空を見上げた。
空を見上げるブレイクの横顔の方が——って、いやいや。今はそっちに見とれてる場合じゃない。
「寝転がって見上げてみるか? 絶景だぞ。敷物も持ってきているんだ」
騎士のお兄さんが鞄から巨大な敷物とクッションを取り出している。
荷物が多いと思ったら。クッションが入っていたなんて。
びっくりしてブレイクを見上げると、何でもない事のようににこりと笑顔を向けられた。
「地面は硬くて羽が痛むと良くないから。冷たい飲み物も用意しよう。何なら昼寝してもいい。眩しくないように日傘もある」
——私は何かな。ピクニックに来たのかな。
ブレイクのお世話が天井を突き抜けて行きそうだ。私はここに仕事をしにきたのに。
次々と整えられていく素敵なピクニック仕様の環境に埋もれる前に、私はもう一度空を見上げて、目を凝らした。




