15.部屋とお風呂
案内されたのはおとぎ話の中に出てきそうな部屋だった。
外から見るとかなり歴史ある建造物に見えるが、中は別世界のように美しく整えられている。
薄桃色の天蓋が揺れるベッドが奥にあり、近くには金細工の脚を持つ小さな丸テーブルが置かれている。窓辺にはレース張りの肘掛け椅子とふわふわのクッション、窓にも繊細な刺繍のカーテンが張られている。壁には花模様の鏡が輝き、星形のランプが部屋全体を優しく照らしている。
ものすごく手の込んだ、豪華で、そしてもちろんしっかり掃除が行き届いた部屋。
パウラが背後からぼそりと話しかけてくる。
「雑巾持ってこなくてよかったですね」
「うん、黙ってて」
荷ほどきする物がなくて暇なんだろう。
パウラは持ち前の性格のおかげか、3人の侍女とも気後れすることもなく普通にやり取りしている。
「荷物はこれだけですか」
「はい」
驚く侍女らに対し、そう応えるだけ。無表情を貫き、何かを言うこともない。
私にはいちいち一言多かったりするのに、余計な事は言わないのよね。私が王城でどんな扱いを受けてたというのも、私自身が以前は癇癪持ちで手がかかったってことも。
気遣いとかするタイプじゃないから、直感的に触れてはいけないと思ってるらしい。
侍女の筆頭はセレナという、ベテランの風格の女性だった。
「妖精の方にお仕えできるなんて、一族中の自慢です」
挨拶の時もそんな風に言われたから、コーンワルドでは確かに妖精というのは、特別な存在のようだ。
本当に、私は羽があるだけなんだけど……。
そして丁寧に部屋の説明を一通りしてくれた。
「ナノリア様、夕食はいかがいたしますか?」
「いかが、とは」
「ダイニングルームで公爵様や大旦那様、大奥様とともにされますか、それとも、お疲れでしたらお部屋までお運びいたします」
「えっと……」
王城ではいつも一人で食べていたけど、基本的にはみんなで食べるのが普通だって聞いたことがある。
それに、訪問した初日から部屋にこもるっていうのは、ちょっと心証が悪い気もする。
行っていいのだろうか。作法も分かっていない余所者の私が。
それこそ家族水入らずだろうし。
そんな私の迷いをセレナはすぐに察知したようだった。
「お食事の機会はこの先もありますので、無理に出られる必要はありませんよ。行かれたら、皆様とっても喜ばれると存じますが」
「そ、そうかな」
「ええ。大奥さまは、ナノリア様の好物は何かと、もうずっと料理長と会議を重ねておりましたし」
さっき涙ぐんでいたルイーナの顔が思い浮かぶ。
「行って……みようかな。私、沢山は食べられないかもしれないけど、いいかな」
「もちろんです。お食事は少なめにと、伝えておきますね」
私が決めた事に、何故かセレナの方が嬉しそうだ。ぱちん、と手を叩いた。
「それでは、支度をいたしましょう」
「え」
思わず声が出たのは、セレナの背後に息を合わせたように残りの二人が並んだからだ。
足音もなく、いつの間に。
「お任せ下さい、ナノリア様」
にっこりと笑いながら一歩、近づいてくる。
「え、な、何を——」
「まずは温かいお湯を用意しております。旅の疲れを癒してください」
お湯——お風呂だ。
何日ぶりのお風呂だろう。
日本人としては、どうしてもウキウキしてしまう。これまで濡れたタオルで拭くことがほとんどだった。それも春先の寒さが染みる、冷たいタオルだった。
お湯に浸かるためにはとんでもない労力もいるものだし、内城では当然ナノリアにそれが許されるわけもなく。
この体に入ってから初めてのお風呂!
ただ。気がかりが、ないわけではない。
一般的に偉い人のお風呂って、入ってきますってわけではない。
予想した通り、2人は石鹸とスポンジを持ち構えている。
迷っている暇もなく、あっという間に服を脱がされた。
え、今どこをどうしたのか。
この世界に魔法はないはずなのに、魔法みたいに急に着ていたワンピースがなくなった。
「どうぞ、こちらでございます」
恥ずかしがる暇もなくセレナに手を引かれて、浴室の中に入る。
「滑りやすくなっておりますので、お気をつけください」
まるで温泉施設だ。
湯気がたちのぼり、花の香りがたちこめる。
それほど広くはない。意匠の凝らされた模様や飾りのついた蛇口、椅子、手すり。
お湯が張られている浴槽は黒い石のような材質で綺麗に磨かれている。
湯気を浴びながら椅子に座ると、ゆっくりとお湯がかけられていく。
「こちらの、美しい羽はどうしたらよろしいでしょう」
羽をに気にしているのがわかったようだ。
「濡らさないようにしたほうがよろしいでしょうか」
壊れ物を扱うように言ってくれて、それだけでじんと目が熱くなる。
——みすぼらしい羽。気味の悪い毒蛾。その粉を撒き散らすな!
そう言われ、ナノリアはずっと汚いもののように扱われてきた。隠せと言われて、無理に覆っていた。
その羽をこんな風に言ってもらえたのは初めてだ。
「いえ、大丈夫です」
水に入ったって別に平気だ。
「でも、すごく敏感で。痛いかもしれないので——」
「承知しました。洗う必要もないほどに美しくていらっしゃいますもの。触れぬよう、気をつけますね」
そう言いながらセレナが後の2人に目配せする。スポンジで洗われるのかとおもったら、それは泡を作るための道具らしかった。2人の手にどんどん白い泡が生まれて行く。
そして本当に丁寧に、優しくそっと体を洗われていった。
その仕草一つ一つに、私への気遣いを感じた。羽には触れないよう細心の注意を払ってくれているのがわかる、。
「ありがとう……」
胸が痛くて、そういうのがやっとだった。
この気持ちはナノリアのものかもしれない。私自身が経験したことじゃない。ただ、記憶があるだけ。
でも、多分声は、涙声になっていた。
記憶がどんどん馴染んできました
いつもありがとうございます。
明日からは夜(19時までには)更新に変わります^_^




