14.コーンワルド公爵領
中継地点の町の宿で1泊したのち、また朝になると出発し、一行がコーンワルドに到着したのは出発翌日の夕方のことだった。
屋敷に近付くにつれて、荘厳な建物に圧倒される。それはもう、城そのものだった。固い岩石を積み上げた石造りの城で、風化した石の色が赤茶けてレンガのように見える。
壁と塔の石造りと、本城の剥き出しになった木骨とが折り重なって、重厚な堅牢さと温かみの絶妙なバランスを醸し出している。
歴史ある古城、そのものだ。
「着いたようだ」
馬車が停まりドアが開かれた途端、ふわりと甘い花の香りが広がる。
屋敷の庭園に黄色い花が咲き乱れていた。
「わ、いい香り……」
思わず呟くとブレイクが笑いながら手を差し出してくれた。
「リーフェルという、妖精が特に好むと言われている花だ」
確かにものすごく惹かれるような香りだ。甘酸っぱいような、もっと近くに行って嗅いでいたいような。
「コーンワルドは王国の中でも妖精信仰の深い地域なんだ。その伝統であちこちに植えられている。気に入ったのなら、部屋に飾るようにしよう」
エスコートされて馬車を降りると、目の前にずらりと使用人らが並んでいた。
統率の取れた動きで一斉に頭を下げる集団の、その先に二人。こちらを見てにこやかに歩み寄ってくる。
一目でわかった。
ブレイクの両親だ。琥珀色の瞳はお母様譲りで、印象的な眉と目の形はお父様譲りか。
圧倒される雰囲気と、整った顔。そしてお二人そろって背が高い。
白髪交じりのお父様の方が私の方を見た。初老と言っていいお年だと聞いたけど、背筋も伸びているし、渋くてダンディーなおじい様という雰囲気だ。
「初めまして、私はトリスタン・コーンワルド。ブレイクの父だ」
「トリスタン様——」
って呼んでいいのかな、とブレイクに聞こうと思ったら、その間にぐいっとお母様が入った。
「私は妻のルイーナよ」
そう言ってルイーナは美しく流れるようなお辞儀をした。
思わず見とれてしまう。
圧倒されて当然だ。文句のつけようのない完璧な所作。この人こそ生まれながらの王族なのだから。
私も慌てて頭を下げた。礼儀作法は教わっていないから、恥ずかしながら見様見真似だ。
「初めまして。ナノリアです、よろしくお願いします」
「まあ……本当に可愛らしい」
ルイーナに両手を取られた。温かくて大きな手だった。
「ドローネの葬儀の時は会えなかったからずっと気になってたの。まだね、本当に貴方が赤ん坊のころに一度だけ会ったことがあったのよ。覚えてないでしょうけど」
「母は、妖精が現れたと聞いて王城に駆け付けたんだ。それで前国王陛下に会わせろって無理言って」
そうなんだ。まだドローネが生きていた頃の話か。ナノリアがまだ大切にされていた頃の。
「本当にふわふわして、可愛らしくって。——ああ、そのまま成長したのね」
感慨深い、と目に涙まで浮かべている。
「母上……ナノリアがびっくりしていますよ」
「まあ。貴方、妖精の姫殿下を呼び捨てにしているの」
私は悲鳴を上げそうになった。
「ど、どうか、私の事は名前で呼んでください」
本物の姫君にそんなことを言われたらいたたまれない。私を姫扱いする者なんて今まで存在しなかったのに、よりによって。
「あら、そう……? じゃあ、ナノリア。どうか自分の家と思って、寛いでちょうだいね」
「は、はい」
にっこり笑った顔がブレイクとよく似ている。しかし次の瞬間、きっ、とブレイクを睨み上げた。
「何してるの? 長旅で疲れているのだから、早く部屋へ案内なさい」
「……数年ぶりに帰って来た息子に冷たいですね」
「そうね、用事のある時しか手紙を寄こさない息子よりは、初めて我が家に来てくれた可愛らしいお嬢様の方が大切だわ」
ブレイクは軽く肩をすくめるだけだ。
お母様には反論できないらしい。
これまでの旅路で、ずっと部下の人達にてきぱきと指示をしている姿は軍隊の長のようだったから、こんな姿も新鮮だ。
「はあ……わかっているよ」
ブレイクにまた手を引かれて、私は大きな屋敷のドアをくぐった。
白く磨き上げられた大理石の床に、広いホールには彫刻のされた柱があちこちに建っている。赤い絨毯と二階に続く巨大な階段は格式ある美術館のようだった。
うわあ、と歓声を上げそうになる。
「お帰りなさいませ、公爵さま」
背後からそっと声を掛けたのは、初老の男性だ。きっちりとタキシードを着こなし、少し薄くなった髪を後ろに撫でつけている。
「ただいま。久しぶりだな、グレアムス」
「ご健勝そうで何よりでございます。生きてお会いすることができ、幸甚でございます」
「お前までそんなことを言って。——ナノリア、家令のグレアムスだ。私が子どもの時からずっとこの屋敷を守ってくれている。何かあればまず彼に相談するといい」
「お初にお目にかかります。グレアムスと申します」
「ナノリアです。よろしくお願いいたします」
グレアムスは恭しく頭を下げた後、隣に並ぶ三人の女性を指した。
「こちらが滞在中の姫様に仕えます侍女でございます」
侍女! 侍女というと、メイドよりもかなり厳しい教育を受け、かつ良家の出身だ。王城では口を利く事すら許されなかった存在で、内城の侍女はすべて王妃サフィアのために存在していた。
だから、私にとっては、侍女と聞くとただただ恐れ多い。
ここのみんなは優しそうな顔で微笑んでくれているけれど。
「姫様にお付きの者は——」
そう言ってグレアムスが私の後ろを探す。
伝達事項や確認があるんだろうけど、パウラは下級メイドだ。ちょっと彼女たちとは話が合わないんじゃないかなあ。
心配して見たけど、パウラは飄々としたものだった。
「あ、はい。私です」
片手を上げて返事をする。
この荘厳な雰囲気の中でその態度もすごいけど、明らかに下級メイドなパウラを見ても眉一つ動かさないグレアムス達も、なかなかのものだ。
「彼女がいつも私のお世話をしてくれているパウラです」
ちら、とパウラの後ろにグレアムスの視線が動く。
見ても、パウラの他にはいないし荷物を運んでるわけでもないんだよね。
どうやらこの人たちの思っている私の存在というか立ち位置というか、それと実際とには大きな差があるらしい。
私は王城に住んでるだけの、苗字も持たないただの平民——みたいなものだ。
その姫様って言うのも、さっきからずっと言ってて申し訳ないんだけど、ものすごく違和感がある。
何て言おう……。
「グレイアムス。ナノリアの事は名前で呼んであげてくれ」
ブレイクがすかさず言ってくれた。
「ナノリアの世話役はパウラ一人だ。下級メイドだから、勝手がわからないところもあるだろう。荷物も、彼女が持っている鞄のみだ」
「は、承知いたしました」
びっくりするようなことを伝えていると思うのに、流石グレアムス、粛々と返事をしている。
「ナノリア、彼に伝えておけば、皆そのようにする。他にも要望があれば遠慮なく伝えるんだよ」
「はい」
そんなにスマートに気を遣われると。
もう、惚れてしまうからやめてほしいな!
——って、何を考えているんだか。
さっきからなぜかテンションが上がってしまうのは、この屋敷の雰囲気のせいだろうか。
落ち着くし、ふわふわと地に足がつかないような心地よさがある。
まだ着いたばかりなのに、もうここが好きになってしまいそうだ。




