氷はいずれ溶ける
「話は聞いてるわ。色々複雑な事情があったのね。だから私は何も言わない」
「そうですか。痛み入ります」
俺たちは、美明の墓に手を合わせる。
墓の周りには俺たちだけで、
軍部の人間はいない。
「しかし、美明が翠明だけでもと……守っていたのに。私たちがふがいないせいで」
「お祖母ちゃん。どういう事なの?」
翠明は尋ねた。
「美明はね。
美祝に適性があると聞いたとき、翠明も同じだと疑ったの。
それで離婚して」
「父さん。そうだったの?」
美祝は俺をじっと見る。
わかっているわよね。
あの言葉はそういう事だったのか……。
じゃあ美明は、俺のことが嫌いなわけでは……。
「俺の事が嫌いになったと、そう思っていた……」
「そんなはずないじゃない。あの子はあなたの事を愛してたわ」
目からボロボロ涙が溢れた。
あぁそうか。
俺はここまで、美明の事を……。
「あの……父さん。父さんは僕が嫌いなんじゃなかったの?」
翠明が呟いた。
「なんだって。嫌いなわけないじゃないか」
「そ、そうなんだ……。僕てっきり」
「もしかして、母さん、私の事が嫌いになったわけじゃなかったの?」
美祝は呟く。
「そんな事あるわけないでしょ。美明はあなたに毎年プレゼントを贈っていたでしょ。手編みのマフラーとか」
美明の母は言った。
「そんなの、一度ももらったことがないわ」
美祝は俺を見る。
俺もそんな報告は一度も聞いたことがない。
俺は電話を入れる。
「桜井……美明から美祝へのプレゼントはあるか?」
「プレゼント? ちょっと待て。確認してみる。あとでメッセージを送る」
「美祝。すまん。俺も今初めて聞いたんだ。今確認を取らせている」
美祝は泣きそうな顔をして、頷いた。
メッセージが入る。
「軍部が隠していた。東の仕業だ。情は弱さになると。モノはちゃんと保管してある」
俺はメッセージを見せる。
美祝はその場に座り込み、端末を抱きしめ涙を流した。
「世界はなんて残酷なの」
美明の母は言った。
……
俺たちは、墓参りを済ませ、グラススキーに向かった。
青々と生い茂る緑の山々の中を、物々しい軍の車両に囲まれ、スキー場に向かう。
平日という事もあり、人はまばらだった。
「グラススキーというのをやりたいのだが……」
受付に尋ねる。
「大人が……何人で?」
「君たちはするか?」
俺は尋ねる。
「我々は任務がありますので」
「そうか……じゃあ大人は一人、子供は二人で」
「ではゲレンデの使用料と、グラススキーの使用料、あとは保険料で、こちらになります」
俺は横目で見る。
「支払いは、私がします。領収書をお願いします。宛名はこちらで」
「父さん。お金持ってきてないの?」
「あぁ研究所に入って以来、あまり出てはないし、会計をした事もないんだ」
「もしかして、姉さんも」
「そうね。研究所ではお菓子もあるし、服も用意されてる。お金を使うことがないの」
「僕、お金持ってるよ。ちょっと待って。僕がアイス奢ってあげる」
「いいのか?」
「いいの?」
「うん。僕も研究所に来てから、お金使ってないんだ。せっかく父さんにもらった財布があるし、使いたいよ」
翠明はボロボロの財布を取りだした。
俺がやった財布。
あぁあれは、海外に出張した際に見つけ、海外から翠明に送った財布だ。
「まだ使ってたのか」
「そうだよ。うれしかったもの」
「ねぇ、私のはなかったの?」
「ほら、お前にはブレスレットを買っただろう。あの時のだ」
「あぁあの時のか……」
「アイスどうする?」
「どうしようか? どれが美味いんだ」
「そうだね。
このチョコレートのが、僕が好きなやつ。こっちのバニラのは、母さんが好きだったやつ」
「じゃあ、俺は翠明が好きなやつ」
「私は母さんが好きだったやつ」
「わかった、じゃあ買ってくるよ」
翠明はアイスを持ち、
受付に行った。
「はい。これ」
「ありがとう」
俺たちはアイスを持ち、
外に出た。
日差しは強い。
俺は一口アイスを食べる。
「なかなか美味いな」
「よかった。これ美味しいでしょ」
「あぁ。良い経験をした。ありがとう」
美祝は袋が開けられず、困った顔をしている。
「姉さん。僕が開けてあげるよ。その間、これ持ってて」
翠明は、自分の持っていたアイスを渡す。
「ねぇ翠明。これ一口くれる?」
「いいよ。代わりにこっちも食べて良い?」
「いいよ」
美祝はアイスを一口食べる。
「へぇこれも美味しいね」
「だろ。ほら開けたよ。僕も一口もらうよ」
翠明は一口食べる。
「父さんも一口食べる? 母さんが好きだった味だよ」
「あぁありがとう。頂くよ。これも一口食べたら」
「うん」
俺は一口アイスを食べる。
懐かしさがこみあげる。
「母さん。これよく食ってたんだ」
俺は呟いた。
「ねぇ母さんとはどこで知り合ったの?」
美祝は言った。
「大学のゼミで知り合った」
「どっちが好きって言ったの?」
「好きと言った記憶がないな」
「ウソ。じゃあどうして付き合ったの?」
「生物学的に君とは相性が良い気がすると言ったような気が……」
「それで、母さんはなんて?」
美祝は楽しそうだ。
「私もあなたと同じ意見よ。だった」
「ウソ。なにそれ、ロマンチックな会話とかなかったの?」
「あると思うか?」
「母さんの事はあまり知らないけど、父さんならないと思う」
「母さんの事を近くで見てたけど、母さんならありえると思う」
そういうと、翠明と美祝は笑い出した。
「何が面白いんだ?」
「だってね。普通の男と女の人は、好きですとか、愛してるとか言うんだよ」
美祝はゲラゲラと笑った。
「そうか。
好きだとか、愛しているという感覚はあったが、それが正確に相手に伝わるかが心配だったんだ」
翠明もお腹を抱えて笑い出した。
「父さん。それで『生物学的に君とは相性が良い気がする』なの?」
翠明は尋ねる。
「あぁそうだ。ただ今となっては、相性が良い気がするというのに、明確な論証を用意していなかったなとは思う」
「なによ。父さん。明確な論証って」
「おかしいか?」
「おかしいよ」
「そうか?」
「そうよ。軍人さんにも聞いてみなさい」
「君はそう思うか?」
「いえ……本官は……」
軍人の顔は真っ赤になっている。
「ほら。オカシイけど、笑いをこらえているじゃない」
気が付くと、周りの数名の軍人達は、皆目を逸らしていた。




