優しい言葉
前回同様、害雷の出現頻度は明らかに増大していた。
そして、やはり……、これという手はなかった。
前周回では、専門家による運動レベル向上のための肉体的訓練、
栄養面と休養面でのサポート、精神的サポートを行った。
しかし、これだけやっても、美祝は壊れた。
何かを足さなければ、いけないのか?
専門家と何度も議論を交わしたが、答えはいつも同じ。
「これ以上できる事はない」
俺は、少しでもできることはないかと考え、
ホットケーキにプロテインを入れるように指示した。
「美味しくない」
美祝に怒られた。
俺は前回の害雷の行動パターンを思い出し、
それにこれまでの害雷の行動パターンを加え、
これらを、チェスプレイヤーや軍事の専門家との間で議論した。
「罠猟の専門家がいれば……」
チェスプレイヤーは言った。
「それだ」
すぐに罠猟の専門家が召集された。総勢十名ほど。
彼らの知見は、チェスプレイヤーや軍事の専門家とは、また違うものだった。
「この動きは人じゃねぇな。まるで獣だ。いや……、非常に狡猾な獣と言っていいかもしれん」
猟師の一人が言った。
「人に対する戦略が通じないと?」
軍事の専門家の一人が質問する。
「いや。そうじゃねぇ。
地形なども問題は対人と同じだ。
警戒心も人と同じと言っていいだろう。
ただな。この害雷という獣は、人の味を覚えている、人の味に異常に執着していると言っていいだろう」
「つまり、彼らは我々の捕食者だと……」
俺は尋ねた。
「そういう事だ。そして銃やあんたらの武器で、あの害雷を狩るのは難しい」
「罠猟の感覚では無理なのか?」
チェスプレイヤーが尋ねる。
「無理ではないだろうな。しかし現行である罠の強度や大きさで、あの獣を捕えられると本気で思うのか?」
誰も答えなかった。
「大きさ的に可能な罠はあるか?」
俺は尋ねた。
「落とし穴、箱罠、くくり罠も無理。せいぜい虎ばさみだな。しかし虎バサミは使用禁止になってしまった」
「それに虎バサミは、重りや固定する場所が必要だ。それをどうする」
別の猟師が首を振る。
「それよりかなり大きなものだろう。
設置は困難だ。害雷の出没地点が特定できない。
必ず通る獣道を特定するのとは、わけが違うんだぞ」
猟師同士で意見が飛び交う。
「地雷はどうだ?害雷の重さにだけ反応する地雷だ」
俺は尋ねる。
「理論上は可能でしょうが……、問題はあります。
人間の兵士であれば、地雷原の場所を共有できますが、巨火子では操縦種は意識が消える。
そうなると巨火子も損傷する可能性があります。」
軍事の専門家は答えた。
何の策も出ないまま、時間だけが過ぎていく。
軍は主に、巨火子が囲まれないように、足止めを行うよう指示した。
しかし連日の出動で美祝は消耗していた。
使えない対策が見つかっただけで、使える対策は見つからなかった。
俺は翠明の出動を要請した。
翠明がやってきた。
「用は何?」
「出動して欲しい」
俺は言った。
「嫌だよ。怖いよ」
「あぁ、怖いよな」
「じゃあ行かなくて良い?」
「しかし、お前が行かないと、姉さんが出る事になる。姉さんは連日の出動で消耗している」
「でも、怖いよ」
「お前しかできないんだ。すまん、頼む」
翠明は口を閉じた。
(ぷっーぷっーぷっー)
「何をしている。早く来ないと街は……」
無線が聞こえた。
「美祝を呼べ」
しばらくして、美祝はやってきた。
「出動?」
「あぁ」
「わかった。行く」
「しかし美祝は疲弊している」
桜井は言った。
「あぁ」
「大丈夫。私は怖くない」
「なんだよ。僕を悪者にして」
誰も何も答えなかった。
美祝は出動する。
しかし、
異常に多い害雷の数と、疲労が重なり、巨火子は傷つき、
ギリギリのところで勝利した。
「美祝」
翠明が美祝に駆け寄る。
「どけ」
俺はボロボロになった美祝を抱きかかえ、
医務室に運んだ。
俺の後ろを翠明が追いかける。
「仕方がなかったんだ。だって初めてで、怖くて……、身体が動かなかったんだ」
「あぁ」
「失望したよね」
俺は口を閉ざした。
優しい言葉が思い浮かばなかった。
それから、
一月。
害雷は現れなかった。
しかし、美祝の回復は思うようにはならなかった。
同じだ。
優しい言葉をかけただろう。
でも、何も変わらなかった。
そして、
再び出動命令が出された。
「出動だ」
桜井が言った。
「怖いよ」
誰も何も答えない。
時間だけがただ過ぎていく。
モニターには現場の状況が映し出される。
「何をしている! 早く来ないと街がもたない」
現場から無線が入る。
誰も何も答えない。
「早く! 早く! 来てくれ!」
無線の声は途切れ途切れになる。
「どうする」
桜井が言った。
俺は何も答えない。
「もうもたないぞ」
桜井は俺の肩を揺さぶる。
「あぁ」
俺は答えた。
「ぷっぷっぷーーーー」
無線は静かになった。
街は壊滅した。
誰もその場から動かなかった。
いや、動けなかった。
翠明も氷のように固まったままだ。
三十分後、
軍の人間が怒鳴り込んできた。
「なぜ、巨火子を出さない」
「軍に臆病者は志願するか?」
俺は尋ねた。
「軍には臆病者はいない」
「こいつは民間人だ。軍に志願したわけではない」
「黙れ!
我々もお前みたいな臆病者に任せておきたくない。
こいつか、美祝しか、あの巨火子に乗れないんだ」
「わかっている。しかし黙って受け入れろ!」
俺は男に言った。
「この臆病者めが」
男は、そう言い残し、去っていった。
美祝は、やはり回復しなかった。
精神が限界に来ていたのだろう。
そして、翠明に何度も何度も命令が下った。
しかし、その度に拒否し、いくつもの都市が壊滅した。
翠明の表情も、おかしくなっていった。誰も答えなかった。
ぶつぶつと、何かと会話していた。
「なにか言ってやれ」
桜井は言った。
しかし、俺にかけてやる言葉は思いつかなかった。
やはり俺にとっては、責任を放棄した者。
そして、その責任は、意図せず負わされたもの。
放棄しても仕方がない。
そうとしか思えなかった。
そうして、ある日、
研究所近くの貯水池に翠明の死体が、浮かんでいるのが見つかった。
手足の骨は砕かれていた。
それから100日後。
研究所は害雷に襲われ、
研究所にいた者は全て命を奪われた。




