限界
害雷の出現頻度は明らかに増大していた。
生物学的に、ウイルス学的に、効くアプローチはないかを検討した。
世界的チェスプレイヤーや軍事の専門家に、有効な戦略を立てさせた。
しかし、これという手はなかった。
仕方がなく、運動レベルの向上のために、肉体的訓練と、栄養面と休養面でのサポート、精神的サポートをするためにヨガ、瞑想、心理学的なアプローチを行った。
軍は主に、巨火子が囲まれないように、足止めを行うよう指示した。
しかし連日の出動で美祝は消耗していた。
俺は翠明の出動を要請した。
翠明がやってきた。
「用は何?」
「出動だ」
桜井が言った。
「嫌だよ。怖いよ」
「あぁ」
「じゃあ行かなくて良い?」
「あぁ」
「しかし誰が行く」
桜井は言った。
「美祝を呼べ」
しばらくして、美祝はやってきた。
「出動?」
「あぁ」
「わかった。行く」
「しかし美祝は疲弊している」
桜井は言った。
「あぁ」
「大丈夫。私は怖くない」
「なんだよ。僕を悪者にして」
誰も何も答えなかった。
美祝は出動する。
しかし、
異常に多い害雷の数と、疲労が重なり、巨火子は傷つき、
ギリギリのところで勝利した。
「美祝」
翠明が美祝に駆け寄る。
「どけ」
俺はボロボロになった美祝を抱きかかえ、
医務室に運んだ。
俺の後ろを翠明が追いかける。
「仕方がなかったんだ。だって初めてで、怖くて……、身体が動かなかったんだ」
「あぁ」
「失望したよね」
「あぁ」
翠明は何も答えなくなった。
それから、
一月。
害雷は現れなかった。
しかし、美祝の回復は思うようにはならなかった。
このまま美祝が回復するまで、現れないでくれ。
そう願った。
そして、
再び出動命令が出された。
「出動だ」
桜井が言った。
「怖いよ」
誰も何も答えない。
時間だけがただ過ぎていく。
モニターには現場の状況が映し出される。
「何をしている! 早く来ないと街がもたない」
現場から無線が入る。
誰も何も答えない。
「早く! 早く! 来てくれ!」
無線の声は途切れ途切れになる。
「どうする」
桜井が言った。
俺は何も答えない。
「もうもたないぞ」
桜井は俺の肩を揺さぶる。
「あぁ」
俺は答えた。
「ぷっぷっぷーーーー」
無線は静かになった。
街は壊滅した。
誰もその場から動かなかった。
いや、動けなかった。
翠明も氷のように固まったままだ。
三十分後、
軍の人間が怒鳴り込んできた。
「なぜ、巨火子を出さない」
「出そうとした。しかし……」
桜井は言った。
「おい。お前が翠明か! なぜお前は戦わない!」
男は、銃口を翠明の頭に突きつける。
「やめてよ! 怖いよ! 僕がなんで戦わないといけないんだよ」
「黙れ!
我々もお前みたいな臆病者に任せておきたくない。
お前か、美祝しか、あの巨火子に乗れないんだ」
「でも、おかしいよ! なんで僕なんだよ。なんで姉さんなんだよ」
「知るか。そんなもの。黙って受け入れろ!」
男は、そう言い残し、去っていった。
美祝は、回復しなかった。
いや……、
身体的には回復していたのかもしれない。
ただ、壊れていた。
精神が限界に来ていたのだろう。
そして、翠明に何度も何度も命令が下った。
しかし、その度に拒否し、いくつもの都市が壊滅した。
翠明の表情も、おかしくなっていった。
ぶつぶつと、何かと会話していた。
「なにか言ってやれ」
桜井は言った。
しかし、俺にかけてやる言葉は思いつかなかった。
俺にとっては、責任を放棄した者。
そうとしか思えなかった。
そうして、ある日、
研究所近くの貯水池に翠明の死体が、浮かんでいるのが見つかった。
全身に殴られたような跡があった。
それから100日後。
研究所は害雷に襲われ、
研究所にいた者は全て命を奪われた。
もちろん、俺も美祝も。
最後の時間。
俺は美祝の側にいた。
「ホットケーキうれしかったわ」
美祝が俺の手を握る。
美明の姿と被る。
「あぁ」
俺は答えた。
医務室の壁と天井が破壊され、
害雷の姿がハッキリと見えた。
……
気が付くと、俺は執務室にいた。
マホガニーの木製両袖デスク、目の前にはノートパソコン、黒い革張りの椅子に俺は座り、手を目の前で組んでいる。
鼻先に珈琲の匂いがする。
桜井は珈琲カップを俺の前に置く。
砂糖もミルクもなく、
ただ黒く苦い液体。
俺は目で礼を言う。
桜井は俺の目を見て、
笑みを浮かべた。
桜井はふーっと溜息をつく。
「今日お前の息子が来るんだよな」
桜井はデスクの前にある黒い革張りのソファーの肘掛けの部分に腰をかける。
どういう事だ。
俺はノートパソコンの日付を見る。
翠明が来た日の日付になっていた。
どういう事だ。
夢か……。
しかし夢にしては、やけにリアルだ。
「そうだったな」
短く答える。
「もう一匹の巨火子は、お前の息子が動かせるわけだ。これで美祝の負担が減るだろう」
「しかし、翠明が受け入れるかどうかだ」
「受け入れないと思うのか?」
「わからん」
「お前は父親だろ」
「父親とは何なんだ。食事を与える事か? 学校に通わせる事か?」
「子供に愛情を持って接することだ」
「俺は父親とは役割だと聞いた」
「もちろん役割だとは思うよ。ただそれだけでは足りん」
「それは……、愛情というものが足りないのか?」
「あぁそうだ」
「愛情というのは、何だ?」
「相手を守ろうとする気持ちだ」
「そうか……」
息子は俺の前に連れてこられた。
夢で見た姿と同じだ。
やはり夢ではないのか。
「父さん。ひさしぶり」
「あぁ」
「大きくなったでしょ」
「あぁ」
この質問も同じだ。気味が悪い。
「母さん亡くなったんだよ」
「あぁ」
ではこれは二度目の追体験をしているという事なのか?
じゃあ、次は聞いているの? か……。
「聞いているの?」
「あぁ」
やはりそうだ。
「僕戦うって聞いた」
「あぁ」
間違いない。繰り返している。
「世界を救うんだって」
「あぁ」
しかし、どうしろというんだ。




