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権力の恫喝、そして甘い蜜

東は何も答えない。

沈黙だけが、その場の空気を支配した。


映像は続く。

巨火子は、一方的に蹂躙した。

何が悪だと問われれば、巨火子が悪だと答えてしまうほどに、

一方的にただただ蹂躙した。


巨火子は、辺りにいた害雷を喰らいつくすと、黒い煙のようなものを吐いた。

黒い煙は明らかに、悪いもの。

そんな印象だった。


辺りの木々は倒され、害雷の残骸が、あちこちにあった。


そして、巨火子はどこかに向かう。

カメラは巨火子を追う。


しばらくして、

見たことのある風景が見えた。

ここは……、この研究所だ。


そして巨火子は、小さくなり、研究室に入った。


研究室には三つあったはずの棺が二つしかない。


まさか……、

巨火子は、ぶるぶると震え、中から透明の粘液にまみれた子供が出てきた。


美祝だった。


近くには何らかのデータを取る桜井がいた。


「桜井。これは一体どういうことだ」

俺は桜井の胸ぐらを掴む。


桜井はおびえた様子で何も言わない。

俺はそのまま壁に叩きつける。


「舎利弗長官。桜井副長官に聞いても無駄だよ。彼には、その質問に答える権限はない」

東は淡々と言った。


「なぜ娘なんだ」

俺は東をじっと見た。


「今のところ適合者がいない」

表情を変えない。

この男には感情がないのか……。


「なぜ軍は戦わない。なぜ娘が戦う」


「本気でそんな事を言っているのかね?」

東は笑った。


なぜ笑える?

人がこんな状況だっていうのに、

あぁわかるよ。推測はできる。

通常兵器が効かない。

そういう事だろう。


ダメだ。

話にならない。

こんな組織にいたら、俺たちは終わる。


「降りる」

俺はハッキリと言った。


一斉に銃口がこちらを向く。

兵士たちの目に感情は感じられない。

手も震えていない。

ただ指示されれば、引き金を引く。

人間の皮をかぶったロボットだ。


「規定に従い処分する」

東は表情を変えない。


「やめて!」

美祝が叫ぶ。


「ごめんなさい。

怯えずに戦うから……、父さんを殺さないで」


「ちょっと待て、何を言っている」


「いいの!私が決めた事だから……。

私は選ばれたの。

だから弱音を吐いちゃだめなの」

美祝は苦しそうに、笑顔を作った。


「しかし……」

俺はそれでもあらがおうとする。


「やめろ舎利弗!

お前が抵抗しても、状況は変わらない。

そして美祝が戦わないと、未来はない。

俺たちには美祝を見守り、補佐することしかできない」

桜井は俺の肩を持った。


その手は震えていた。

こいつも……、

そうなのか。


「俺は長官なのだな」


「あぁそうだ。ある程度の権限は与える」


「じゃあ至急……、

他の適合者を探してくれ」


「言われずとも、やっとるよ」


「優秀な生物学者、ウィルス学者、そして軍事の専門家、世界のトップクラスのチェスプレイヤーを召集してくれ」


「あぁわかった。すぐにでも召集しよう。他にはないか」


「菓子職人を入れてくれ」


「そうか……、わかった。

また何かあれば、遠慮なく言ってくれ」


そうして、東たちは去っていった。


「父さん。ごめんね。私が臆病だったから」


「いや……、お前は悪くない」


「すまん。何も答えられなくて」


「発言が禁止されているなら、仕方がない」


……

それから、何度も何度も美祝は戦った。


「美祝……、戦う時は怖くはないか?」


「吸収される瞬間は怖い。でもすぐに意識を失うの」


「戦う時の意識はないと」


「そう」


その言葉は、俺にとって、わずかな救いであった。

しかし、どういう事だろう。

意識を失っているのに、なぜ戦える?

美祝は脳としての役割ではないのか。


「桜井。意識を失っているのに、戦えるというのは、どういうことだ?」


「わからない。恐らく上層部も、その理由を把握できていないと思う」


「そうか」

俺はそれ以上何も聞かなかった。


しばらくして……、

「こんにちは。美祝ちゃんいますか?」

菓子職人がやってきた。


「ここよ」

美祝は手を振る。


「はい。ホットケーキとオレンジジュース!

今日は自家製ブルーベリーソースに、生クリームを添えたわ。

ブルーベリーは長官が敷地内のスペースで育てたものよ」


「うわ。ありがとう。父さんブルーベリーもありがとう」


「あぁ」


「じゃあ、また明日ね」


「ありがとう!また明日」

菓子職人は去っていった。


「あのブルーベリー。お前が植えたのか?」


「あぁ」


「植物なんか育てる柄じゃないだろう」


「目が休まる。そう聞いた」


「俺にもくれるか?」


「自分で買え」

俺はそう答えた。


……


適合者はなかなか見つからなかった。

そして、美祝が13歳になった年。

適合者が見つかった。

斑鳩翠明いかるがすいめい

息子だった。


妻の斑鳩美明は三年前に亡くなった。

なぜ今まで、息子が調査対象になっていなかったのか。

それはわからなかった。

恐らく、妻が翠明にDNA検査を受けさせることを、

なんらかの手で阻止していたのだろう。


息子は俺の前に連れてこられた。

小さい頃に見たきりで、

そこから一度も会っていない。


「父さん。ひさしぶり」


「あぁ」


「大きくなったでしょ」


「あぁ」


「母さん亡くなったんだよ」


「あぁ」


「聞いているの?」


「あぁ」


「僕戦うって聞いた」


「あぁ」


「世界を救うんだって」


「あぁ」


「美祝は元気」


「あぁ」


「僕転校したんだ」


「あぁ」


「友達もいたんだよ」


「あぁ」


「テストも頑張ったんだよ」


「あぁ」


「ずっと忙しかったの?」


「あぁ」


「じゃあ行くね」


「あぁ」


そうして息子は去っていった。


「舎利弗!なんで優しい言葉が言えない」

桜井が言う。


「優しい言葉……、どういう意味だ?」


「お前は父親だろ。父親らしい事をしたらどうだ」


「答えただろ」


「あぁとだけな」


「それの何が悪い。俺の父親もそうだった」


「そうか……」

桜井は何も言わなくなった。


俺には桜井の言いたいことが、わからなかった。


ただ俺に課されたのは、

娘と息子という資源を用い、世界を救いかつ、可能であれば、

できるだけ精神的にも肉体的にも健康な状態で生き延びさせる事だった。


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