◆8 鳴き声
「二連深夜勤、お疲れ様。酒山君」
「ありがとうございます。佐々井さん」
朝の6時半。早朝勤務の佐々井が警備室に入って来た。
7時の引継ぎが終われば、後は着替えて帰るだけ。
「鷹梨さんと中神君も……中神君、大丈夫かい?」
佐々井が中神の顔をまじまじと見つめ、眉をしかめた。
「仮眠…取らなかったの?」
心配そうに声を掛けた。
「横にはなったんですけどね。
ちょっと…上手く眠れなかったもので…」
今日は授業無いから、これから朝寝しますよ…と、中神は笑いながら答えた。笑顔が引きつっている。
佐々井はシフト表を見ながら唸った。
「今夜も…鷹梨さんと中神君か…。
興呂木さんに連絡して変わってもらうかい?」
「…大丈夫です。
それに…明後日から暫くの間、授業の関係で仕事に来られなくなりそうなので。
稼げる時に稼がせてもらいますよ」
「大学生だもんなぁ…色々と大変だよねぇ。
ま…、頑張りな。無理出来るのは若い人の特権さ」
佐々井は中神の肩をポンポンと軽く叩き、更衣室へ向かった。
「中神君、酒山君。少し早いけど着替えてきな。
早朝引継ぎは自分がやっておくから」
鷹梨が、時間が過ぎたら直ぐに帰れる様に…と、気を遣って声を掛けた。
「……」
中神は何も答えず、カメラを見つめている。
「ありがとうございます、鷹梨さん!
お言葉に甘えさせて頂きます!」
酒山は大声で応え、中神の肩を叩いた。
「あ…何?」
虚ろな目で酒山を見つめる中神。
「鷹梨さんが、この後の仕事代わってくれるそうです。
今のうちに着替えて来い…って」
「え…、あ…ありがとうございます…」
中神は鷹梨に向けて軽く頭を下げ、二人は更衣室へ向かう扉に手を掛けた。
「そうそう。タイムカードは7時過ぎにな!」
鷹梨は、二人の背中に向けて声を掛けた。
振り返って、再度、頭を下げる二人。
鷹梨は『はよ行け』と手を振りながら、彼らを送り出した。
「焼け石に水かも知れんが…」
鷹梨は椅子に腰を掛け、日報のページをめくりながら小さく呟いた。
◆
なぁぁぁん……なぁぁぁん……
ああ、くそ!…うるせぇ!
なぁぁぁん……なぁぁぁん……
ずっと聴こえる…
昨夜も…朝も…昼も…今この時も…!。
誰も彼も全く問題にしない。
こんなにうるせぇ…ってのに…!
昼間は店内BGMで掻き消されてるから気付かない?
会話も騒音も何もない夜だから、こんなにハッキリと聴こえるってか?
……昼勤やってねえからわからねぇ。
なぁぁぁん……なぁぁぁん……
絶対、これ…売り場に入り込んでるよなぁ!
黒山も拝島も、探すのが面倒だからって放置しやがって…!
コレで何かあったら、深夜勤務の俺達の所為になるんじゃねぇの?
もう一週間以上になる。早く見つけないと…。
生きてようが死んでようが構わねぇ。
早く…早く……。この鳴き声を止めないと、…怒鳴られる。
…誰に…?
◆
深夜巡回後、鷹梨さんは仮眠室へと入って行った。
いつも通りのルーティンだ。
興呂木さんと違って、待機中にゲームしたり、動画を見ていたりしない。
仕事中に爆睡しないし、定時巡回も深夜発報も積極的に行ってくれる。
相方としては、とても助かる。
でも…今夜に限って、それは困る。
そっと仮眠室の扉に耳をつけた。
中から鷹梨さんの鼾が聴こえている。
明日から暫く来れない。なら、今夜中に何とかしなければ。
どうせ、いつもと同じ3-cと2-cだろう…なら…
先日、旧い日報を読んだ。
かなり昔のモノで、深夜勤務者が鷹梨さんと興呂木さんしか居なかった。
そうなると当然だが、週に一日か二日は『一人夜勤』が発生する。
興呂木さんが一人で担当している日に限り、発報記録が無かった。
『珍しく発報もなく、平穏無事でした!』
この記載に対して、黒山や拝島、鷹梨さんの異論は一切無かった。
多分、彼一人で深夜勤務に入る時は、件のセンサーを全て切っていたのだろう。
それが分かっていても、誰も、何も言わない。…という事が判った。
初めからセンサーを切っておけば…。
この手は使える。
二階売り場…三階売り場…センサー解除…
これで、煩い機械音にイライラしなくて済む。
…鷹梨さんにはなんて言おうか。
珍しく発報しなかった、とでも言えばいいか?
発覚して困るのは相方である鷹梨さんも同じ。知らない振りくらいはするだろう。
鷹梨さんが寝入ったのを確認し、俺は鍵と無線機を装備する。いつもの巡回装備一式。
2-cと3-cへ。深夜2時前から行ってみよう。
いつも煩く鳴り響かせている原因が判るかもしれない。
そして、今夜の内に『猫探し』を終えたい。
いい加減に、この煩い鳴き声を止めに行かなければ……
いつも、鳴き声は3-c周辺で強く聴こえる。
客にも清掃員にも見つからず、忍び込んでる可能性がある所は?
…天井裏か?…若しくは壁の中か。
もし天井裏なら、脚立を持って行かないと届かないか。
…ついでに、本当に『界壁』があるのかどうかも見てやろう。
無ければ、やはり拝島と黒山は嘘吐きだったと言う事になる。
もしかしたら、猫と誤発報にも関係があるのかもしれない…!
もし原因を突き止めれば、拝島や黒山も、俺に一目置くかもしれねぇ…。
脚立は…たしか北階段下の工具保管室にあった。
鷹梨さんは寝てる。
センサーも切った。
これで、俺も解放されるかもしれねぇ。
◆
深夜2時前。
三階店内従業員用通路と売り場の間。
扉に手を掛ける。開閉センサーも…鳴らない。
俺は脚立を担ぎ、階段脇にある操作ボックスを開けた。
一応の為に再度センサーチェック。
ちゃんと三階売り場は切れている。
鷹梨さんは、いつもセンサー音を目覚ましにしていた。
鳴らなければ、起きる事もないだろう…。
売り場灯を、常夜灯から全点灯に切り替える。
通用口から店内に入る。
「おお…明るい。不思議な気分だな」
本来なら消灯している時間。
BGMも客のお喋りも喧騒も無い。
なのに、営業中の様に明るい店内で、ひとり佇む。
「警備員だけの特権だよなぁ…」
誰も居ない店内に自分の声だけが響き渡った。
なぁぁぁん……なぁぁぁん……
聴こえた!こっちだ!!
俺は三階女子トイレに近付いた。
女子トイレ前にある3-c熱感知センサーに目を向ける。
センサー前を遮る様なモノは何も無い。
「…まだ、いつもの時間じゃないからか…?
まぁいいや。先にトイレの中だ…」
女子トイレの中に入り、耳を澄ませる。
なぁぁぁん……なぁぁぁん……
「やっぱり此処か!」
声の出処へと向かう。
一番目、二番目の個室の前を通り過ぎ、天井点検口のある場所の真下に来た。
なぁぁぁん……なぁぁぁん……!
大きくなってくる。
「こんなにハッキリと聴こえてるじゃねえか!
皆、嘘吐きだ!!」
一人で憤る。
天井にある点検口の下に脚立を立てて固定。
足を掛けて昇り、蓋を外す。
俺は点検口の中に頭を突っ込んだ。
「…あれ?」
それまで響いていた猫の鳴き声がピタリと止んだ。
懐中電灯で真っ暗な天井裏を照らす。
そこには、複数の電気配線を纏めたダクトが縦横無尽に張り巡らされていた。
「界壁があって、人が入れないとか言ってたな…」
図面上P・Sとなっている方向に明かりを向ける。
そこには界壁等は無く、屋上タンクへと続く太い上水管と、上階から下階へと落ちる太い排水管が何本も通っていた。
「やっぱり嘘だったじゃねえか!」
真っ暗な天井裏の中に頭だけを出したまま、怒鳴った。
声が反響し、埃が舞う。
細かい塵が喉の奥を刺激して咳き込む。
「…何年も点検に入ってないと言う言葉だけは…本当なんだな……」
手で口元を覆いながら、耳を澄ませた。
なぁぁぁん……!なぁぁぁん……!!
鳴き声はP・Sの方から聴こえていた。




