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煩音  作者: 黒猫ミー助
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7/9

◆7 狂気と怒声




 「おう!酒山チャンじゃん。今晩は!」

 酒山が従業員用出入口から中に入ると、警備室窓口から元気な声を掛けられた。

 「興呂木さん。お疲れ様です!」

 反射的に敬礼で応える。

 酒山は細身だが丈がある。なので、背筋を伸ばすと見栄えが良い。


 「元気だねぇ。二日連続で深夜なん?キツくないか?大丈夫?

 …学校も行ってんだろ?頑張り過ぎてないか?」

 「今日は午前のみだったので、午後に2時間ほど寝てからきました。全然問題ないッス!」

 「おお……若いって良いねぇ…」

 興呂木は警備室の内鍵を外して彼を招き入れた。

 「酒山です!入ります!」

 彼が入口で声を張ると、警備室内に居た人達が一斉に敬礼で応じた。


 酒山が更衣室に向かうと、丁度、面会室から出てきた中神とばったり出くわした。

 「あ…中神先輩!おはようございます!」

 「あぁ…酒山か。今夜は鷹梨さんとお前と…三人だったっけか…」

 中神の目元には濃い隈。

 中肉中背の背中は猫の背の様に曲がっており、元々白い顔は更に青白く。

 酷く疲れている様子が誰の目にも明らか。


 「は…はい!まだ深夜勤務に慣れてないもので。

 ご指導、宜しくお願いします!」

 「………あぁ…」

 酒山の敬礼に対して、中神は片手を軽く挙げた。

 小さく溜息を吐きながら横を通り抜け、警備室へと入って行った。


 「おう!酒山君。今夜の勤務、宜しくな。」

 そんな中神を見送っていると、彼のすぐ後、面会室から出てきた黒山が声を掛けてきた。

 「黒山主任!はいっ!頑張ります!」

 咄嗟に敬礼で挨拶する。

 「おう!元気で宜しい!」

 「ありがとうございます!」

 酒山の肩をポンポンと軽く叩きながら、黒山も警備室の扉をくぐった。


 「中神先輩…聞いていたよりヤバい…?」

 酒山は、閉じていく警備室の扉を見つめながら、独り言ちていた。


◆


 「中神君、酒山君。巡回は俺が行く。

 定時巡回といつもの発報。時間になったら起してくれ」

 「分かりました!」

 酒山が元気よく応える。

 「…中神君も…無理するなよ?」

 鷹梨の気遣いに、中神は作り笑顔だけで応えた。


 閉店作業後、鷹梨は中神と酒山に声を掛け、仮眠室へ向かった。

 彼は興呂木とは違い、深夜巡回や手間の掛かる仕事は新人任せにせず、率先して行う。

 その代わり、待機時間中はいつも寝ている。


 「不測の事態が起きたら、起してくれ…」

 そう言いながら、大きく欠伸(あくび)する。

 自分のデスクに置いてあった小箱を手に取り、耳にはめていた機械(モノ)を仕舞いながら、警備室から出て行った。


 「…鷹梨さんは積極的に行ってくれるので助かりますね。先輩」

 「……」

 中神は黙って防犯カメラを凝視していた。

 白黒の暗視映像は、動くものの無い三階売り場内を映している。

 「あの…先輩?」

 「…あ?…あ、酒山…何?」

 酒山が改めて声を掛けると、中神は驚いた様に酒山(かれ)を見た。


 「先輩…大丈夫ですか?」

 「……あぁ…」

 「もしかして、黒山主任に何か言われました?」

 中神は、酒山の言葉に分かり易く反応した。


 「…お前も?」

 「はい?」

 「お前も同じ説明を受けたのか?」

 「…はい。僕が受けたのは拝島さんからでしたけど。

 多分、同じ説明だと思います」

 中神は眉をひそめ、まじまじと酒山を見つめた。


 「それで…納得したのか?」

 「…え?」

 「お前自身は、主任達の説明に間違いは無い…と、思ったのか?

 壁の中を叩く音、深夜発報、黒ワンピの女…」

 お前は納得したのか…?と、中神は訊ねた。

 顔を近づけて来る中神。

 酷く切羽詰まった様子。

 小声なのに、強い威圧を感じる。

 酒山は思わず目を逸らした。


 酒山は、どの様に答えるべきか迷った。

 中神の語気から、拝島施設長と黒山警備主任が行ったであろう説明には、全く納得していない事は理解出来た。

 彼の言葉に同調するのは簡単だが、それが中神(かれ)本人の為にはならない事は分かる。

 だから酒山は答えた。視線を真っすぐに戻して。

 「はい。十分に納得出来る説明でした」…と。

 酒山の返事は、中神の同調要求に対する拒絶だった。


 「マジか、お前…。あんな子供騙しの説明で?」

 中神は失望した様に呟きながら、椅子にドカッと腰を掛けた。

 椅子の金具が、キィキィ…と甲高い声で鳴いた。


 「…子供騙しとは、どの様な意味でしょうか?」

 酒山は、説明に納得していた自分を馬鹿にされた様に感じ、思わず言い返した。

 抑えてはいるが、語気が少し荒くなる。


 中神はワザと大きく溜息を吐き、ゆっくりと口を開いた。

 「お前が受けた説明は、こうだろう…?」

 中神は、今朝方、酒山が拝島から受けた説明と同じ言葉を述べた。

 語彙は多少違うが、内容に違いは無い。

 酒山は間違い無いとして、首を縦に振った。

 中神は面倒臭そうにしながら、持論を述べ始めた。

 「まず、ノック音の原因『ウォーターハンマー現象』だがな…」


◆


 確かに、ウォーターハンマー現象で上水管から音が鳴る事はある。

 カン!やガンッ!…という叩く音がするのも間違い無い。

 ただそれは、自分達が聴いていた様なコン…コン…という優しく叩く音とは違い、ハンマーで管を叩く様な激しい音の場合がほとんど。

 また、ウォーターハンマー現象は空気圧差が起こす現象なので、連続しては鳴らない。

 決まったリズムで定期的に鳴る事は無い。


 「ウォーターハンマーじゃなくて、配管の振止が外れて揺れ、一定のリズムで壁にぶつかっている…という説明なら…まだ納得出来る」

 酒山は反論しようとしたが、設備関連の知識が無いので何も言えなかった。

 中神の説明は拝島のよりも具体的で、思わず「確かに…」と呟いてしまった。


 「防火界壁の説明にしてもそうだ。

 界壁の所為で配線にアクセス出来なくて修理出来ない?

 おかしな説明だ。明らかに矛盾がある」

 中神は、施工不良の所為で点検不備となっているという話についても、異論を唱えた。


 上層階の電気配線や水道工事は、建物の躯体(くたい)(骨組み)が出来た後に行われる。

 外構(がいこう)工事や化粧工事とは違い、屋内配線を終えた後にコンクリートを流し込む事は、まず無い。

 専用の被覆管に通さないと、断線や短絡(ショート)の原因となるからだ。

 例え被覆したとしても、専用の被覆管を用意する様な『無駄手間を掛けた施工不良』という言葉自体が矛盾。


 「…つまり、界壁の所為でその区域にアクセス出来ないなら、そもそもどうやって配線・配管工事をしたんだって話なんだよ!」

 手順が逆なんだよ…と、苛立つ様に吐き捨てた。

 「だから子供騙しだと言ったんだ…」


 中神の解説を聴くと、確(・)か(・)に(・)と思う。拝島の説明の粗が見えてくる。

 建築の事に詳しくない酒山でも、思い返すとお(・)か(・)し(・)な(・)説(・)明(・)だと感じてしまう。

 「先輩、やけに建築に詳しいッスね…」


 「俺は建築も学んでる。現場で実技をした事もある」

 警備員(この仕事)は奨学金返済の為。仮眠も出来るし金も稼げる。

 加えて、資格が取得出来なかった時の滑り止め。

 「黒山さんは、俺が建築の素人だと思っていたんだろうな…」

 中神は小さく呟いた。


 「嘘の説明で誤魔化したくせに、俺の言う事は信じてくれない…」

 中神は悔しそうに吐き捨てた。

 「な…何を?」

 「酒山…お前も聴いただろう?

 俺とお前…二人も証人が居る…!

 それなのに誰も信じてくれないんだ!!」

 中神は制帽を投げ捨て、頭を掻き毟った。

 「…すいません先輩…何の事で…」

 中神の情緒に驚き、声が震えた。

 「あの鳴き声だよ!

 この前、一緒に探し回っただろうが!」

 中神は突然激高し、机を叩いた。

 …やっぱりあの事か…と、酒山は思い返した。


 先日の深夜発報の時、中神と酒山は三階女子トイレを一通り見回った。

 いつも通りに何も無い事を確認して戻ろうとし、各階にある制御ボックスで消灯しようとした時だった。

 中神が三階売り場の電気を全部点けた。そして、三階のセンサーを解除した。


 通常、防災センターの警報盤で操作するが、警備員のマスターキーがあれば各階制御ボックスでも操作出来る。

 本来なら、センターに連絡してセンサーを入れて、消灯してもらう作業の『逆』を、中神は突然行った。


 理由を訊ねると、中神は一言。

 「猫が紛れ込んでいる…」と呟いて、売り場の隅々まで調べ始めた。

 「ほら!聴こえるだろ?」そう怒鳴りながら、酒山にも探す様に言った。

 酒山は、いつ何処で聴こえた…?と思いながらも、先輩である中神の言う事を否定出来ずに、一緒に捜索した。


 結局、何も発見出来なかった。

 「あんなに…煩く聴こえていたのに!何でだ!」

 防災センターへと戻る暗い廊下の中で、中神は憤っていた。

 警備室に入ると、警報盤の前の椅子に座ったまま爆睡している興呂木が居た。

 酒山は興呂木を起して仮眠室へ送り出す。その間に、中神が日報に動物の事を記載した。


 「俺が、売り場内に紛れ込んだ動物は発見出来たのか?と聴いたら、黒山…なんて言ったと思う?」

 …自分の上司を呼び捨て…?酒山は眉をひそめた。

 しかし、中神の迫力を前に何も言えなかった。


 「何を…言われたんですか?」

 大体、予想はつく。

 「『従業員の誰も動物を見てないし、鳴き声も聴いてないそうだ』…だってよ」

 中神の言葉が段々と酷くなる。

 「加えて、『大学と深夜勤務の両立はキツかっただろ?今日、明日のシフトが終わったら、暫く休め』…だってよぉ!?

 完全に俺の妄想だと思ってやがる!嘘吐きだと思ってるんだ!」

 そう言って、頭を抱え込んだ。


 今朝、酒山が執務室を出る前。

 「近頃大学でも、中神さんが突然『煩い!』と…何も無い所に向かって叫ぶ事があるそうでして…」

 友人達の間で少し噂になってます…と、拝島に伝えた。

 その事が拝島から黒山に伝わって、黒山の『気遣い』に成ったのだろう。


 「お前も聴いたよな!あの鳴き声!」

 突然、中神は酒山の顔を見上げた。

 目つきは鋭く、目の下の隈はより黒くなっていた。

 「は…はい…」

 迫力に圧され、酒山は反射的に嘘を吐いた。

 「だよな…!今も聴こえるもんな!!」

 そう叫んで、天井の隅を凝視した。

 「うるせぇんだよ!!!」

 彼の言葉の切っ先は、件の三階女子トイレの方角。


 「うるせぇぞ!眠れねぇだろうが!!」

 突然、警備室の扉がバンッ!と開き、鷹梨が怒鳴りながら入ってきた。

 フラフラとよろめき、眠たそうに目を擦っている。

 今迄聞いた事のない、鷹梨警備員の怒声。

 酒山は勿論、狂気じみていた中神さえも、彼の威迫に驚き、黙ってしまった。


 静まり返る警備室。

 鷹梨はハッと我に返り、「スマン!」と言って、勢い良く頭を下げた。

 「寝惚けた!ホントーに済まない!ゴメン!」

 慌てて両手を振って、酒山と中神に謝罪した。


 「…いえ。俺の方こそ煩くして…。

 すいません…でした…」

 落ち着きを取り戻した中神も、意気消沈して頭を下げた。

 その様子を見て、酒山はホッと息を吐く。

 知らぬ間に滲み出ていた額の汗を、制服の袖で静かに拭った。




 

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