09. 悲しい結末
ガロは口数も少なくなり、てくてくと森の中を進んでいく。
しばらく森を歩いているとレイナが興奮したように大声を上げた。
「あれを見て! キングローリエ!」
レイナは目をキラキラと輝かせて草むらを指さした。
「えっ!? たしかキングローリエって珍しい薬草だよね?」
「高価で貴重な薬草だよ。この森でも採取できるんだね」
レイナは草むらに駆け寄ると、嬉しそうにキングローリエの葉を摘んだ。
キングローリエは葉縁が黄金に輝く神聖な植物として扱われている。
聖なる力が宿るとされていて、不死の生物を寄せ付けない効果があると聞いたことがある。
「他にもないかな?」
「せっかくだから少し探してみようか」
私とレイナは他にもないかと付近を探すことにした。
ガロは呆れて木陰で座り込んでいる。
「お姉さんたち、そんな雑草なんかどうでもいいじゃないか」
「雑草なんかじゃないよ。聖なる力が宿る神秘的な薬草なんだよ」
「聖なるって、おいらは聖職者や教会とか聖なるものが大嫌いなんだい!」
レイナの言葉を聞いて、ガロはいきなり機嫌が悪くなり怒り出した。
でも聖職者が嫌いっていう気持ちはわからなくもない。
「私も聖職者って苦手だわ。聖堂教会のあの事件を思い出したよ」
「事件だって? それって悲しい話かい?」
「お偉い神父様が聖歌隊の少年たちにイヤらしいことをしてたの」
「それはとても悲しい事件だね。ところでイヤらしいことって、少年たちはどんなことをされたんだい?」
ガロはニヤつきながら、むぎゅっと股間をおさえて恥ずかしそうにしている。
「聖歌隊の少年を自分の部屋に招き入れてさ~」
「うんうん、それで」
私がガロと話していると、レイナがコホンと軽く咳払いをする。
彼女は呆れた表情でこちらを見ていた。
「あっ、ごめんね。お喋りはやめてキングローリエを探そっか。ガロも座ってないで手伝ってよ」
「期待させるだけさせて、そりゃないんじゃないかい?」
私が話すのをやめると、ガロは拗ねたのか木陰で寝ころんでしまった。
しかたないのでふたりでキングローリエを探すことにする。
木陰の草むらを探しているとき、木の枝で何かが動いたのに気づいた。
そして今度は私が大声を上げる。
「いやぁ!? 木に巨大なうねうね……」
「あれは根切りワームだよ。すり潰して燃やすと獣が嫌がる臭いを出すの」
駆け寄ってきたレイナは巨大なワームを見て笑顔で教えてくれた。
灰色のデカいミミズにしか見えないし、襲ってこないにしてもやっぱり怖い……というか気持ち悪い。
「レイナは大きな虫とか平気なの?」
「薬品を合成するときに昆虫とかも材料にするからね。捕まえて炙ってからすり潰すの」
(うわぁ……可愛い顔してえげつないことするわぁ)
気持ち悪い生き物を目の前にしても彼女は冷静だ。
さすが魔女見習いで錬金術師に憧れているだけのことはある。
「お姉さんたち、もう気は済んだかい? おいら退屈で死んじゃいそうだよ」
「のんびりしてたら日も暮れるし、そろそろ先に進もうか」
「そうだね、薬草探しを手伝わせてごめんね」
「そうこなくっちゃ、出発だい♪」
ガロは嬉しそうに立ち上がると、てくてくと森の中を歩きだした。
結局、キングローリエの葉は最初のひとつしか見つからなかった。
時間を無駄にしてしまったので先を急ぐことにする。
さらに森を歩いていくと、密集した木々が陽光を遮りだし、辺りは薄暗くなり森が姿を変えていった。
私は気づかれないように鞄からコンパスを取り出して方角を確認する。
(やっぱりね、こいつ……)
思った通り、私たちは危険な北西に向かって歩いていた。
ガロは私たちを迷いの森に誘い込む気だ
この妖精は出会ったときから怪しいと感じていた。
☆☆☆
あきらかに森の様子がおかしくなってくる。
地面もぬかるんで歩きにくいし、ランタンを灯さないと薄暗くて周囲もよく見えない。
「お姉さんたち、もう少しで行方不明の子供に会えるよ」
ガロはどんどん森の奥に入っていく。
私はコイツに気づかれないようにレイナに小声で話しかけた。
「あいつ絶対に魔物だと思う。ちょっと燃やしてみてよ」
「たしかに怪しいけど、もし魔物じゃなかったらどうするの……」
「あんな性根の腐った妖精いないって」
「わかったよ。少しローブを燃やす程度にするね」
レイナは触媒をガロの背中に向けると、静かに魔法を詠唱して小さな火玉を放った。
火玉がガロに直撃すると、一瞬で火がローブに燃え移った。
「あぎゃっ!? アヅイィ、なんでぇ……」
ガロは悲鳴をあげながら、大慌てで火のついたローブを脱ぎ捨てた。
その正体は人間でも妖精でもなかった。
灰色がかった紫の肌、頭には小さな角、ピンと尖った耳、ぽっこりしたお腹、鉤のある細長い尻尾、背中には小さく不気味な翼。
ずる賢くて悪戯好きの小悪魔だ。
「お前、インプか!」
私が怒鳴りつけると、インプは驚いた表情をして、背中の翼を羽ばたかせ逃げようとする。
空中に飛ばれる前に剣で背中から突き刺した。
「うがはぁ……」
剣がインプの体を貫くと、苦しそうに紫色の血を吐き出してその場に倒れ込んだ。
痙攣するかのように手足と翼がピクピクと小刻みに動いている。
私はこいつの首根っこを掴んで起き上がらせようとした。
「ほら、やっぱり魔物だったでしょ。死ぬ前に知ってることを全部話してよ」
「セシル君の居場所を知ってる話も嘘だったの?」
私たちが問い詰めると、インプは暗く濁った瞳をギロッと動かし睨みつけてくる。
そして今にも力尽きそうな声でこう言った。
「その話は本当さ……小さな王子様は……お姫様の誕生日に野イチゴを採りに……森に入った……。そこで……意地悪な妖精と出会って……ぐぼはっ……」
苦しそうに血を吐きながらインプは死んだ。
魔物によっては死んだら灰になってしまう。
その場には角と翼、魔法の小瓶だけを残して灰と化して消えていった。
「セシル君がどうなったのか聞くことはできなかったね」
「無事にいてくれたらいいけど……」
私はインプの戦利品を拾って鞄に入れようとした。
いつのまにか小瓶の中のエキスが満杯になっていることに気づいた。
きっとセシル君の物語の結末は、とても可哀想な最期だったのかもしれない。
レイナは森の奥を悲しそうに見つめている。
「インプの話が本当なら、セシル君はこの先に連れて行かれたのかな?」
「迷いの森に連れて行かれたならもう生きてるわけないって」
「そ、そうかもしれないけど……」
ここでもたもたしていると日が暮れて夜になってしまう。
ガロナの森でも夜はとても危険な場所だ。
それこそ迷いの森に入ってしまったら生きて戻れる保証なんてない。
「インプも討伐できたし、今から引き返して月影谷を抜けよう」
「わかったよ。可哀想だけどしかたないよね」
「でも捜索は打ち切らないから、途中で何か痕跡が見つかるかもしれないしね」
私は幼いころに読んでもらった童話の結末を思い出した。
旅人は森の中で悪い妖精に騙されて、ガロナの森の奥深くに連れていかれてしまう。
そこで頭が四つある大蛇の化け物に食べられて死んでしまうんだ。
まだ幼かった私は爺ちゃんに聞いたことがある。
「ねぇ、本当に頭が四つもある大蛇の化け物なんているの?」
「あぁ、もちろんおるとも。森の奥深くにはキマイラやドラゴンよりも恐ろしい魔物が住み着いとる。だから絶対に森の奥には入ってはいかんぞ」
そう爺ちゃんは険しい表情で答えた。
この言葉を今になってはっきりと思い出した。
薄暗い森の奥から生暖かい風が吹き、木々がカサカサと葉音を立てている。
その音は森がざわめいているかのように聞こえ、木の枝が揺れると私たちを手招きしていた。
私は急に背筋が寒くなり、レイナの手を引いて急いで来た道を引き返した。




