08. 悪戯な妖精
私たちは行方不明の子供を探しながら、ガロナの森を北に向かって歩き続けた。
ちょうどお昼、目的地の月影谷まではまだ半分くらいの場所だと思う。
「朝からずっと歩きっぱなしで疲れたよ。少し休憩しない?」
「うん、お腹も空いてきちゃったね」
近くの倒木に腰を掛けて、休憩をしながら昼食を食べた。
おかみさんが持たせてくれたカボチャケーキは、一晩経つとしっとり感も消えてパサパサして不味かった。
水筒のコーヒーを飲んで口の中を潤わせる。
「今ってどの辺りかな?」
「ちょっと待って、確認するから」
私は鞄からコンパスを取り出すと、地図を広げて現在の位置を確認した。
けれど森の中は目印もなく正確な位置はわからなかった。
レイナは心配そうに地図を眺めている。
「う~ん、このまま北に歩こっか。迷わなければ日暮れまでには抜けれるはずだよ」
「そうしようか、迷わないようにしないとね」
暗くなる前に森を抜けて、月影谷まで辿り着かないと危険だ。
食事をして少し休憩もできたので体力は回復している。
荷物を片付けて出発しようとすると、どこからともなく誰かの声が聞こえてきた。
「おーい、お姉さんたち、こっちこっち」
私は辺りを見回してみたけど誰の姿も見えなかった。
「たしかに人の声がしたよね?」
「もしかして木の上からじゃないかな?」
レイナは大きな木を見上げている。
そこにはかなり昔からありそうな立派な古木があった。
その古木を見上げると、上の太い枝のところにローブ姿の子供が座っていた。
身長は低く、全身を黒っぽいローブで覆い隠し、顔もフードでよく見ることができない。
子供はこちらに向かって手を振っている。
ちょっと気味が悪かった。
「キミは誰なの? 私たちは行方不明の子供を探してるんだけど……」
「行方不明の子供だって!? あの子のことなら、おいらが居場所を知ってるよん♪」
それを聞いて私とレイナは顔を見合わせる。
その子供は機嫌がいいのか、けらけらと笑いながら質問に答えてくれた。
「その子は無事なの? どこにいるのか教えてよ」
「おいらが安全な場所まで連れてったから大丈夫。お姉さんたちも一緒にくるかい?」
そう言うと子供は木の枝からぴょんと飛び降りて、ふわっと木の葉のように地面に着地した。
「よっと。ここから少し歩くけど、こっちこっち」
「キミって身軽なんだね……」
「はう~、凄い……」
あの高さから飛び降りるなんて、普通の人間とは少し違っていた。
というか、あきらかに人間ではなさそうだし怪しい感じがする。
とりあえず私たちは歩きながら自己紹介をした。
「私は派遣騎士のセラだよ。こっちは魔女のお姉さんのレイナ」
「こんにちは、子供を助けてくれてありがとう」
「お礼なんて照れちゃうよ。おいらはこの森の妖精でガロっていうんだ」
「えっ、森の妖精!?」
ぜんぜん妖精なんかには見えなかった。
私はガロに聞こえないように、小声でレイナに話しかけて質問してみた。
「ねぇ、不思議系に詳しいよね? 妖精ってこんな感じなの?」
「えーっと、野外授業で花の妖精を見たことがあるんだけど……」
(見たことあるの!?)
私は妖精や精霊を見たことがないからよくわからなかった。
レイナがちょっと羨ましい。
「花の妖精は神秘的というか、この妖精さんとはまったく違う感じかな」
「だろうね。こいつはかなり怪しいよ」
私たちは自称・森の妖精を疑い始めていた。
なにか怪しい気もするけど、行方不明の子供の手がかりを知っているかもしれない。
今はこのガロとかいう妖精について行くしかなかった。
☆☆☆
「ふふ~ん♪ ふふふ~ん♪」
ガロは鼻歌を口ずさみながら、てくてくと楽しそうに森の奥に進んでいく。
しばらくして急にローブをごそごそさせると、何か薬品の入った小瓶を取り出して見せてきた。
手に持った小瓶の中には水色の液体が半分ほど入っている。
フードを被っていても、口元はニマニマと笑みを浮かべているのがわかる。
「お姉さんたち、この瓶の中身がなんだかわかるかい?」
「何の液体? もしかして妖精の秘薬とか」
「ぜーんぜん違うよ。これは悲しみのエキスっていう不思議な薬なんだ」
「それって人の感情を変化させる薬だよね」
「魔女のお姉さん正解♪ おいら、人に会うと悲しい話を聞かせてもらってエキスを集めてるんだ♪」
ガロは私たちに見せつけるように小瓶を左右に振っている。
とにかく嬉しそうだ。
悲しみのエキスを集めて何をする気なんだろうか。
「なにか悲しい話はないかい? 悲しみのエキスを集めさせておくれよ」
「う~ん、悲しい話か……」
「なにかあるだろ? この世界は悲しいことがたくさんあるじゃないか」
「それなら、ついさっきの出来事なんだけどね」
私たちは歩きながらガロに悲しい話を聞かせてあげた。
最初は私がオオカミの親子の話をした。
「お母さんオオカミは死んだ子供たちに毎日せっせと食べ物を運んでたの」
「ふーん、それで?」
「いや、だからそのオオカミが可哀想だよ」
「なんで?」
ガロは退屈そうに返事をすると、急に機嫌が悪くなってしまった。
「オオカミって獣だろ? 人間からしたら獣の数が減ったほうが嬉しいんじゃないかい?」
「そう言われたら家畜は襲われないし喜ぶ人もいるだろうね」
「だろ? この話はまったく悲しくなんてないね。次は魔女のお姉さん、いってみようか」
「えっと悲しい話だよね……。それなら」
次はレイナがレサリア王国とヴァルドニア帝国との戦争の話をした。
近々、帝国が侵攻を開始するんじゃないかという噂もある。
「戦争にでもなったら、王国や周辺の町、帝国側でも大勢の犠牲者が出るよ」
「近いうちに開戦するって噂もあるよね。交渉が決裂したそうだし、後は帝国の出方次第か……」
「帝国は新型の魔導兵器も投入してくるって聞いたよ。本当かどうかは知らないけど……」
「魔導兵器か……」
本当に戦争になるかはまだわからない。
もし帝国が攻め込んできて、新型の魔導兵器なんて使われたら、王国側もかなりの犠牲者が出ると思う。
ひとつの町が消し飛ぶ威力があったりするのかもしれない。
そんなことを考えると怖ろしくなってくる。
「戦争は悲惨だね♪ でも、まだ始まってもないんだろ? 帝国は何をしてるんだい?」
「まだ攻め込んではきてないけど、お互い国境付近で睨み合ってる状態だね」
「なら戦争も起こってないじゃないかぁ~、この話もまったく悲しくないね。戦争の悲惨さなんてもんは、大勢の人が死んだり苦しむから悲しいんじゃないかぁ~」
「そ、そうだね……」
「お姉さんたちに期待したおいらがバカみたいだね」
せっかく悲しい話をしてあげても、ガロは皮肉交じりの文句しか言ってこない。
私は少し腹が立ってしまい、このムカつく妖精に言ってやった。
「文句ばっかり言うなら、次はガロが私たちに悲しい話を聞かせてよ」
「おいらかい?」
ガロは振り返ると、口元をニマニマさせながら考え込むようにして話すのを焦らしてきた。
フードで表情まではわからないけど、意地悪そうな嫌な感じが伝わってくる。
「う~ん、そうだね。あの話をするとお姉さんは悲しむより怒りそうだし、おいら話そうかどうしようか困っちゃうね」
(いったい何なんだよ、こいつは……)
私は段々とガロに対して腹が立ってきた。
本当にセシル君のことを知ってるのかすら怪しく思えてくる。
もし私たちを騙してるだけなら、後で酷い目に遭わせてやろうと決めた。




