07. 狼と狩人
草むらをかき分けながら森の中を進んでいく。
オオカミの巣穴を探しながら、魔法について気になることをレイナに質問した。
「ねぇ、魔法を撃つときはいつも魔法名まで叫ぶの?」
「それは近くに人がいたらあぶないからだよ。これからこの魔法を撃つぞって周囲に伝えないといけないの」
「なるほど~。たしかに巻き込まれたらあぶないよね」
「学院のマニュアル通りにしたら、さっきはそれで失敗したよ……」
「あはは、敵に奇襲をしかけるなら黙って撃たないと」
「あたしって実戦経験がないから、練習のような動きしかできないんだよね。草原でスライムを倒すときだって失敗したし……」
(だからわたわたしてる間に逃げられちゃったのか……)
「これじゃ魔女試験なんて受かるわけないよね」
レイナはため息をついて落ち込んでいる。
なんとか彼女を励ましてあげたい。
「そんなことないよ。この冒険で実戦経験を積めばいいよ。魔物や獣とも戦うことになるしさ」
「そうだね。もっと実戦を積んで魔法の技術を上げないと、日々勉強だよ~」
ふたりでお喋りしながら森の中を進んでいく。
しばらく歩いていると、大きな岩が転がる小高い丘が見えてきた。
そこには動物が隠れ家にするような怪しい洞穴があった。
私は洞穴に向かって指を差す。
「あれじゃないかな?」
「あの洞穴、なんか怪しい感じがするよね」
「お~い! ジャックおじさ~ん! こっちだよ~!」
私が大声で呼んでもジャックおじさんの姿は見えない。
この叫び声で敵に警戒されないといいけど……。
「あれ? どこ行ったんだろ?」
「向こうを探してるから聞こえないのかな」
ふたりで辺りを見回していると、すぐ後ろの木陰からひょっこりとおじさんが現れた。
「どうやら巣穴を見つけたようだな」
「うわっ、びっくりした!? おじさんって足音や気配がしないんだもん」
「がはは、まぁ狩人だからな。気配を殺したほうが獲物に気づかれず狩りも上手くいくだろ?」
「それよりあそこ、怪しい洞穴を見つけたよ。あれってオオカミの巣穴かな?」
私たちは近づいて洞穴を取り囲んだ。
「小さな坑道のようですね」
「洞穴で鉱石でも採掘してたのか、今はもう使われてなさそうだな」
「あのオオカミ、戻ってきてるのかな」
おじさんはしゃがみ込んで地面を確認している。
微かに動物が通った足跡のようなものが見える。
「おそらくヤツは戻ってやがるな。どうやら単独で行動してるようだ」
「いつでも突撃できるよ」
「準備はできてます」
私たちは武器を握りしめて力強くうなずいた。
おじさんも真剣な表情をして、腰に差しているククリナイフを抜いた。
「いくか、嫌な臭いがしやがる。狩人の嗅覚がそういってるのさ。もしかすると魔物もいるかもしれねぇ」
「魔物か……わかった」
「先頭はオレと騎士の嬢ちゃん、後方の警戒は魔女の嬢ちゃんにまかせた」
「まかせてください」
「ふたりとも油断するなよ」
私たちは周囲を警戒しながら洞穴の奥へと進んだ。
☆☆☆
天井の亀裂からは木漏れ日が差し込み、洞穴の内部は明るく歩きやすかった。
昔は鉱石が掘れていたのか、古びた採掘道具が放置されたままだ。
「そこまで深くはねぇな」
「ここの鉱石は掘り尽くしたのかな?」
「もう使われてなさそうだね」
「あぁ、魔物や獣の巣穴にはもってこいの場所ってわけだ」
私はオオカミや魔物よりも、この洞穴が崩れてこないか心配していた。
「いきなり崩れてきたりしないよね?」
「がはは、そのときは運が悪いと思って諦めるんだな」
「きっと大丈夫だよ……たぶん」
足元に注意しながら洞穴の奥へと進んでいく。
天井の亀裂がなくなると、日も差し込まなくなり徐々に薄暗くなってくる。
「暗くなってきたね。ランタン点けてもいいかな?」
「ああ、頼む。この先にヤツがいるはずだ」
私は鞄からランタンを取り出して腰ベルトに装着する。
暖かい灯かりが薄暗い坑道内を照らし出した。
そこから少し進むと、奥からは何か腐ったような悪臭が漂ってくる。
「うぅ……何か腐ったような臭いがするけど、オオカミの巣が近いのかな?」
「おそらく巣に運んだ獲物がそこで腐ってるんだろうよ」
「人間の死体でもあったら嫌だな」
「そうだね……」
洞穴の奥まで近づくと、侵入者を威嚇するように獣の唸り声が聞こえてくる。
すぐ先にオオカミの寝床があるようだ。
「正面を見てみろ、ヤツの眼が光ってやがる」
おじさんは私に見せるように、ナイフの刃先を光る眼のほうに向けた。
次の瞬間、暗闇からオオカミが牙を剥いて襲いかかってくる。
おじさんは飛びかかってくるオオカミをナイフで受けながし、その太い脚でオオカミの腹を蹴り飛ばした。
蹴り倒されたオオカミが悲痛な鳴き声を上げる。
私は起き上がろうとするオオカミの胴体に剣を突き刺した。
唸り声を上げながら両脚をじたばたとさせてもがき苦しんでいる。
おじさんはオオカミの頭部をぐいっと掴むと、ナイフで首元を切り裂きトドメを刺した。
周囲には血だまりができている。
「無事に倒せたね」
「あぁ、他に敵はいないようだな」
私たちはランタンの灯かりを頼りに、巣穴を見回して状況を確認した。
巣穴にはこの大きなオオカミが一頭。
それ以外には、端のほうで数匹の子供のオオカミが寄り添うようにして死んでいる。
きっとこの大きなオオカミは母親なんだろう。
「なるほどな。コイツは子供が死んでるのに食い物をせっせと運び続けてたってわけか」
「このオオカミってお母さんなのかな? そう思うとなんだか可哀想だね……」
レイナは悲しそうにオオカミたちの死骸を見ている。
「おいおい、獣に同情でもすんのか? 家畜を襲われた牧場の連中のほうが可哀想だろうに」
「ごめんなさい、そうですよね」
「とにかく巣穴を確認して早くここから出ようよ」
この場所は空気が悪い。
すぐにここから離れたいけど、セシル君の痕跡を探さないといけない。
私は恐る恐るオオカミの寝床を確認していく。
ランタンの灯かりが、動物の死骸や不快な蟲を照らし出した。
「うぅ……死んでるのはオオカミと他の動物だけだよね?」
「おそらくな。服や人の骨らしきもんは見当たらねぇな」
「こっちも何も見つかりません」
「まぁ見つからなくて良かったんじゃねぇか?」
「たしかにね。オオカミに食べられてなくて良かったよ」
結局、巣穴からは行方不明の子供の痕跡は見つからなかった。
ここは空気が淀んでいて気分が悪くなってしまう。
おじさんは倒したオオカミを担ぎ上げて洞穴から運び出した。
☆☆☆
「すーはーすーはー、森の空気がおいしいね」
「そうだね。もう少し洞穴にいたら気分が悪くなってるよ」
洞穴から出てゆっくりと深呼吸をした。
森の自然の空気を感じていると、嫌な気分も落ち着いてくる。
おじさんは担いでいたオオカミを地面に下ろすと、森を見渡しながら険しい表情をしていた。
「動物や魔物の数も減ってるな。オオカミが飢えて死んだのはそのせいか……。森によからぬもんが棲みついてねぇといいがな」
そう言われるとちょっと怖くなってくる。
でも私には穏やかで静かな森にしか見えなかった。
「俺はこれから町まで戻るが、くれぐれも北西の森には近づくなよ。化け物に食われちまうぞ」
「わかってるよ。これから北に進んで月影谷に向かって探す予定だから」
「そうか、その子供が見つかるといいんだがな」
ジャックおじさんとはここでお別れだ。
「巣穴探しを手伝ってくれて助かったよ。これは報酬と思って取っといてくれ」
「えっ、いいの? ありがとう」
おじさんは別れ際に、鞄からポーションをひとつ取り出して私にくれた。
「魔女の嬢ちゃん、すまねぇな。ポーションはこれしか持ってなくて、他にお礼するものがなくてよ」
「お礼なんて気にしないでください。あたしが最初に逃がしてしまったせいで……」
「がはは、それこそ気にすんなって」
おじさんは大きな声で笑うとオオカミを担ぎ上げた。
そして足音を立てずに町のほうに歩いて帰っていく。
「ジャックおじさ~ん、いろいろありがとう」
「お気をつけて~」
「じゃあな、嬢ちゃんたちも気をつけてな~」
私とレイナは手を振っておじさんを見送った。
セシル君は見つからなかったけど、無事にオオカミを退治できたので一安心だ。
「まだお昼前だね。日暮れまでは時間もあるし、このまま月影谷を目指すけどいい?」
「くれぐれも方角には注意しようね。迷いの森に入ったらあぶないから」
「わかってる。それじゃ行こっか」
私たちは引き続き、ガロナの森で行方不明の子供を探すことにする。
森の中は木漏れ日が差し込み、爽やかな風が吹き抜けると、草花が気持ちよさそうに揺れている。
不気味さなど微塵も感じられなかった。




