06. ガロナの森
その日は朝早くに目が覚めた。
窓の外にはうっすらと霧が出ていて、視界も悪くガロナの森を探索するには不安もあった。
洗面所で顔を洗っていると、少し遅れてレイナが起きてくる。
「おはよう、昨日はちゃんと眠れた?」
「ぐっすり眠って体力と魔力も回復してるよ」
「今日は森を探索するんだから、ヤバい魔物が出てきたら魔法をぶっ放してよね」
「自信はないけど頑張ってみるね……」
部屋に戻って冒険の支度をした。
おかみさんが朝食にパンを焼いてくれたので、それを食べてから探索に出発する。
水筒にはコーヒー、さらに作りすぎたカボチャケーキを持たせてくれた。
「ふたりとも気をつけて探すんだよ」
「はい、気をつけます。もしセシル君を発見したら町まで連れて帰りますので」
「おかみさん、お世話になりました」
「そんなお礼なんていいよ。戻ったら必ず宿屋に顔を出しておくれよ。お代なんていらないからさ」
「ありがとう、それじゃ行ってきます」
「本当に心配だねぇ。くれぐれも無茶するんじゃないよ……」
宿屋のおかみさんに見送られながら、私とレイナはガロナの森へと向かった。
町を流れる小川を越えると、すぐにガロナの森が見えてくる。
私は鞄からコンパスを出して方角を確認した。
目的地は北の月影谷、間違っても北西には進まないように注意しないといけない。
「先頭は私が歩くね。そこまであぶなくないと思うけど警戒して進もう」
「わかった。魔物がいるかもしれないからね」
朝日が森の木々を照らし出すと、いつのまにか霧も晴れて見通しがよくなっていた。
☆☆☆
私たちは行方不明の子供を探しながら、ガロナの森を北に向かって進んだ。
森には魔物や獣の姿もなく、綺麗な鳥のさえずりが聞こえてくる。
優しい風が木々の合間を吹き抜けると、木漏れ日に照らされた草花が揺れている。
それを眺めているだけで穏やかな気持ちになった。
「いい天気だね。森の空気が美味しいよ」
「霧が晴れてよかった。散歩するなら絶好の日だね」
私は両手を組んでゆっくりと背伸びをした。
早朝の森は気持ちがよく、深呼吸をすると草木の緑と匂いを感じることができた。
レイナは植物や木の実を拾っては、それを嬉しそうに眺めている。
子供の捜索というよりもピクニック気分だ。
「なにか錬金術で使えそうな素材はあった?」
「これはグリーンハーブだね。薬品に使えるけど料理にも入れられそうかな」
「野イチゴとかないかな? って子供の痕跡もしっかり探さないとね」
「わかってる。見落とさないように注意して進もう」
しばらく森の中を進んでいくうちに、私はある違和感を覚えた。
どこからか何者かの視線を感じる……。
けれど周囲を見回しても、後ろを歩いているレイナの姿しかなかった。
「どうかしたの?」
「ねぇ、後ろから誰かついてきてない?」
「後ろから?」
レイナも振り向いて周囲を確認する。
「誰もいないけど、なんだか気味が悪いね……」
「ごめん、私の気のせいかも」
森に入ってから警戒はしていたけど、この違和感の正体がなにかはわからなかった。
私たちは警戒しながら、さらに森の奥へと進んでいく。
草木もまばらな開けた場所に出ると、前方でなにか動いたのが見えた。
大きなオオカミだ。
群れではなく一頭だけ、まだこちらには気がついていない。
私は遠距離武器を持っていないから、剣を構えて近づいても逃げられるだろう。
そのままオオカミが襲ってきてくれたほうが倒すのは楽だけど……。
しゃがみ込んで後ろにいるレイナに手で合図をする。
「前方にオオカミがいる。魔法で遠距離から攻撃できるかな?」
「ファイアボールなら撃てるけど、一撃では倒しきれないから後はまかせるね」
「弱らせたら剣でとどめを刺せるし大丈夫だよ」
オオカミは木陰に寝そべると、時折、顔を上げては周囲の様子をうかがっている。
私たちは気づかれないように少しずつ距離を詰めた。
背を低くして草むらに隠れながら進む。
「さすがにこれ以上は無理、敵に気づかれちゃうよ」
「この距離なら魔法は届くはずだから、準備はいいよね?」
私は剣を握りしめてうなずいた。
レイナは触媒を構えて魔法を撃つ体勢に入る。
火玉が出現しても、まだオオカミは気持ちよさそうに寝そべっていた。
「ファイアボール」
(ちょっとなに? えっ、なんで叫ぶの……)
私は心の中でつぶやく。
オオカミはこちらに気づいて飛び起きると、驚いたのか森の奥に走り去ってしまった。
レイナは手元が狂ったのか、放った火玉は空に向かって飛んでいくと消滅した。
「おもいっきり気づかれてるじゃん!」
「はう~、ごめん……」
「まったくだ。嬢ちゃんのせいで獲物を逃がしちまったじゃねぇか」
いきなり野太い男性の声が聞こえた。
振り向くと、後ろには狩人の格好をした大きな体のおじさんが立っていた。
顔は毛むくじゃらで立派な顎髭が伸びている。
「うわっ!?」
「はうっ!?」
「うおっ!?」
3人で同時に驚いた。
「っておじさん誰?」
「すまんすまん、驚かすつもりはなかったんだ。俺もヤツを狙ってたんだがな」
「あ、あたしのせいでごめんなさい。声を出したから逃げられました」
おじさんもレイナも謝った。
ずっと何者かの視線は感じていたけど、その正体はこのおじさんだったようだ。
この巨体で気配を消せるなんて熟練の狩人なのかもしれない。
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺はガロナで狩人をしてるジャックってもんだ」
「私は派遣騎士のセラ、この森で行方不明になった子供を探してるの」
「あたしは魔女見習いのレイナです。セラのお手伝いをしてます」
自己紹介をしてからジャックおじさんに事情を説明した。
おじさんは立派な顎髭を触りながら考えている。
「行方不明の子供か……。悪いがなにも知らねぇから力にはなれんな」
「もしかしてあのオオカミに食べられちゃったとか?」
「ヤツに家畜は襲われたが、人が襲われたって話は聞いたことがないな」
「そっか、さっきのオオカミは退治するの?」
「そのつもりだ。付近に巣穴でもあるんだろ」
もしかしたらオオカミの巣穴で、セシル君の痕跡が見つかるかもしれない。
私はレイナと相談してオオカミ退治を手伝うことにした。
「あたしが逃がしてしまったので、よければ手伝わせてください」
「手分けして探せば巣穴なんてすぐに見つかるよ」
「しかたねぇ。嬢ちゃんたちにも狩りを手伝ってもらうか。おそらくヤツは付近の洞穴をねぐらにしてるはずだ」
「わかった。付近を探してみるね」
「俺はこっちを探す。ふたりは向こうを頼んだ。何かあれば大声で呼んでくれ」
こうしてジャックおじさんとオオカミの巣穴を探すことにした。




