37. 灼熱の死闘
火の粉がドラゴンの体表に吸い込まれるかのように纏わりついた。
くすんだ鱗は燃え盛るように真っ赤に変色していく。
体表の無数の傷から滴り落ちた竜血が、まるでランプのオイルのように炎が燃え広がった。
火竜が苦しそうに咆哮を放つ。
私とレイナはその光景を唖然として見つめていた。
周囲は熱波に襲われたかのように、灼熱とも感じるくらいの高温に襲われた。
私の額からは汗がだらりと頬をつたい流れてくる。
「な、なんとかしないと」
「どうすれば……」
私は武器を持っていないし、ガルムはまだ膝をついて反動で動けないようだ。
崖の上にある大弓の太矢も全て撃ち尽くしている。
隊長も次の魔法を撃たないということは、もう魔力が底を尽きて撃てないのだろう。
あれだけ高威力の魔法の矢を二度も放てるだけでも凄いと思う。
「なにか武器があれば」
燃え盛るドラゴンの頭頂部に刺さった剣は見当たらない。
先ほどの暴れて頭部を揺らしているときに抜け落ちてしまったようだ。
舞い上がる砂塵のせいで、付近を見回しても剣がどこに落ちているのかわからない。
燃え盛るドラゴンが唸り声を上げると、その不気味な眼が真紅に光り出した。
「あれは魔法かな?」
レイナはそう言うと、動けなくなったガルムに駆け寄ろうとする。
その直後、ドラゴンが破壊されていないもう片方の前脚で地面をドスッドスッと踏み鳴らした。
周囲の地面がひび割れると、そこから燃え盛る大きな火柱が噴き出した。
四本……いや五本くらいは見える。
火柱は誰もいない場所から噴き出していた。
「あいつ、どこを狙ってるの?」
「深手を負ってるから魔法が上手く使えないんだよ」
先ほどのガルムの前脚と頭部への攻撃が致命傷になったようだ。
ドラゴンは歪んだ口から血反吐を撒き散らしながら、ゆっくりとガルムのほうに向かっていく。
血反吐が落ちるたびに、地面が黒く焼け焦げているのがわかる。
まるで溶岩だ……。
ドラゴンは苦しそうに唸り声を上げると、そのまま前脚から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
首を地面に垂らして、熱を帯びた火炎の息を荒々しくも吐いている。
「なんか可哀想、もう動けないよね。とどめを刺してあげないと……」
私は倒れたドラゴンを見て安堵していた。
さすがにもう起き上がることはできないだろう。
しかしドラゴンは倒れ込んだまま、歪んだ口を大きく開けて、動けないガルムに向かって炎弾を吐こうとしている。
この距離であれをくらったら致命傷になる。
「おじさん! はやく逃げて!」
「くそっ……ダメだ」
まだ筋肉が硬直しているのか、ガルムの低い小さな声が聞こえた。
私とレイナで移動させようとしても、重装鎧を装着している大柄な男性を運ぶなんて不可能だ。
武器さえあれば倒れたドラゴンを攻撃できるのに……。
近くにあるのは黒鉄の両手斧だけ、あんな重たい武器を私が扱えるわけがない。
「私の剣、どこに落ちたんだろ……」
どうしていいかわからずその場で立ち尽くしていると、隊長の叫ぶ声が聞こえてきた。
「僕の剣を使え!」
隊長が投げた剣が地面に突き刺さる。
太陽の日差しを反射して、オリハルコンの白銀がキラっと輝いたのが見えた。
近くにいたレイナがすぐに剣を拾いに走っていく。
「セラは時間を稼いで!」
「わかった!」
私は倒れたドラゴンに駆け寄ると、首下の鱗の薄い燃えていない部分を思いっきり蹴り飛ばした。
それくらいでは大きな体はビクともしない。
「やっぱり武器がないと、これじゃ時間稼ぎにもならない」
ガルムはまだ動けないようだ。
ドラゴンから放出される火炎にも注意しながら、炎弾による攻撃を阻止しないといけない。
すぐにレイナが白銀の剣を持ってこちらに走ってくる。
「ありがとう、あとはまかせて」
私がそう言うと、レイナは剣を握った手を差し出した。
彼女の瞳は恐れもなくやる気に満ち溢れている。
「一緒に倒すって約束したよね」
「えっ?」
ルミナスの祈りの広場での約束、噴水にコインを投げてお願いをしたんだ。
『ふたりで一緒にドラゴンを倒そうって』
そのことをすっかり忘れていた。
私は嬉しくてレイナの顔を見て力強くうなずく。
「わかった、いくよ!」
「うん!」
剣を握りしめたレイナの手を、私が上からガントレットでしっかりと覆い隠す。
素手の彼女が火傷をしないように私が守らないといけない。
一緒に剣を握ると、掛け声を合わせて攻撃する。
「くらえっ!」&「このっ!」
ドラゴンの頭部と首の付け根の急所を狙って渾身の突きを繰り出した。
さすがオリハルコンの剣、安物の鋼の剣とは切れ味が違う。
ドラゴンの硬い鱗を容易く突き破ることができた。
そのまま首を引き裂こうと力を入れる。
ドラゴンの分厚い皮膚を裂くと、傷口からは勢いよく炎が噴き出した。
私は驚いてしまい一歩後ろに下がってしまう。
あまりの熱さでこれ以上は踏み込むことができない。
レイナの表情からして、剣を握っている彼女の手は限界に近いはずだ。
「このままえぐって引き抜くから」
「わかった。いくよ」
私たちが剣を引き抜こうとした瞬間、凄まじい衝撃が腕に走り、そのまま剣を離してふたりで後ろに倒れてしまった。
ガルムの両手斧による振り下ろした一撃が、ドラゴンの頭部を完全に叩き潰していた。
立派な火竜の角は砕かれ、眼球は飛び出し、鼻先から潰れた頭部はぐちゃぐちゃになっている。
「やべぇ、後ろに下がれ」
ガルムはかすれた声でそう言うと、両手斧を手放して後ろに転がり移動した。
私は異変に気づくと、隣で倒れているレイナの上に覆いかぶさる。
後ろでは何かが破裂するような鈍い大きな音が聞こえた。
「はぁはぁ……。大丈夫?」
「あ、ありがとう。セラのおかげで助かったよ」
「なにか飛んできたみたいだけど」
振り返ってみると、ドラゴンの首の上から頭部が綺麗さっぱり吹き飛んでしまっている。
どうやら吐き出そうとした炎弾が頭部の付け根で爆発したようだ。
赤く炎を纏っていた火竜の鱗は、燃え尽きてしまい真っ黒になっている。
周囲には鼻を突くような焦げた臭いが漂っていた。
これで今度こそ終わりだ。
荒れ地のドラゴンの息の根を止めた。




