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36. ドラゴン退治

(まずい……このままだと殺されちゃう……)


 私はドラゴンに睨まれて恐怖のあまり立ち尽くしていた。

 金縛りにあったかのように体と手足が動かせない。

 剣を握る手に思いっきり力を入れる。


「動いて!!」


 ドラゴンが次の炎弾を吐き出そうと口を開けた瞬間、崖の上から放たれた太矢がドラゴンの羽を突き破り背中付近に命中したのが見えた。

 ドラゴンは怯んだのか大きな体をぐらつかせている。


 私はそれを見て全速力でドラゴン目掛けて突っ込んでいく。

 この位置からなら前脚を狙うしかない。

 両手で剣を握り二度斬りつけたが、岩を剣で叩いた感触に近かった。

 ドラゴンの鱗は硬く多少傷がついた程度だ。


「ダメだ、硬すぎて刃が通らない……」


 やはり後ろ脚の傷口を狙わないと、ドラゴンに深手を負わせることは難しそうだ。

 敵の攻撃に備えて後方に走って離れて様子をうかがう。


 ドラゴンは背中の大きな翼を広げると、バサバサと羽ばたかせて空中に飛び上がろうとしていた。

 風圧で砂埃が舞いあがり、私はたまらず目を細める。

 次の瞬間、魔力を帯びた複数の青白い矢が飛んでくると、ドラゴンの翼膜と体表に突き刺さった。

 ドラゴンの体表からは竜血が滴り落ちている。

 隊長は体を起こして座り込んだ状態で魔法の矢を放ったようだ。


「よかった、無事だったんだ」


 ドラゴンは空中に飛び上がろうとしたが、体勢を崩しながら地面に降りてくる。

 やはり敵は弱っているのか、動きが鈍くなり地面に降りてもすぐには動き出さなかった。

 私は走ってドラゴンの背後に回る。


「今度こそ決めてやる!」


 狙うのは後ろ脚の傷、両手で剣を握り力いっぱいに刃を突き刺した。

 ドラゴンの鱗は腐食して剥がれ落ち、むき出しの肉もぶよぶよして腐っているのかやわらかい。

 剣を刺した瞬間、異臭を放つ汚い体液が私の服に飛び散った。

 ドラゴンは苦しそうに低い唸り声を上げている。

 さらに剣を横に動かして傷口をえぐるようにして引き抜いた。

 傷口からは骨が痛々しく見えていた。


 ドラゴンは苦しそうに大きな咆哮を上げてから、混乱しているのか尻尾を地面に叩きつけて振り回した。


「まずい、はやく離れないと」


 私はすぐにドラゴンから離れようと崖に向かって走り出した。

 しかし強烈な尻尾の一撃が背中に直撃する。


「ぐあっ!」


 背中に衝撃と鈍い痛みが走った後、私の身体は弾き飛ばされて前のめりに倒れ込んだ。

 少し舌を噛んでしまった。


「うぅ……痛い……」


 呼吸をするのが苦しくて視界も涙で霞んで見える。

 幸いなことに尻尾の攻撃は、胸と背中を守る金属プレート部分に当たって、致命傷は避けることができた。

 けれど骨にひびくらいは入っているかもしれない。

 振り返ると辺りには砂埃が舞いあがり、ドラゴンの状態を確認することはできなかった。

 少し離れた場所では、レイナが倒れたガルムに寄り添いながら、必死に治癒魔法をかけているのが見えた。


 やけに静かだ。

 徐々に砂埃もおさまってくる。


 ドラゴンは立ち尽くしたまま微動だにせず、よく見ると腹部には二本目の太矢が突き刺さっていた。

 私が倒れている間に、崖の上からヘイルが追撃を加えたようだ。

 さらに無数の魔法の矢がドラゴンの翼膜に突き刺さった。

 隊長も魔法で追撃を加えて、背中の翼を完全に破壊することができた。

 これでもう敵は空中に逃げることもできない。


「これいけるよ。もう少しで倒せそう」


 私は鞄からポーションを取り出すと、敵の動きに細心の注意を払いながらゆっくりと飲んだ。


「大丈夫、まだやれる!」


 私が立ち上がると同時に、ドラゴンの大きな体は崩れ落ちるように倒れ込んだ。

 ドシンと地面が震えたのがわかった。


「おーい!! いけ!!」


 崖の上からはヘイルの叫び声が聞こえてくる。

 私に手で合図を送っているようだ。


「えっ、突撃しろってこと? 今ならとどめを刺せるかもしれないけど……」


 この状況ですぐに動けるとしたら私しかいなかった。

 ドラゴンは倒れ込んだままピクリとも動かない。

 でも近づいた瞬間に起き上がられて、踏み潰されたり炎で焼かれて死ぬのは嫌だ。

 けれど迷っている時間もない。


「やってやる!」


 私は覚悟を決めると、地面に倒れこんでいるドラゴンの頭部まで走った。

 ドラゴンはいたるところから出血していて、呼吸も荒く眼が虚ろで今にも力尽きそうに見えた。

 剣を握る両手に力を込める。


「はぁはぁ……とどめだ!!」


 私は両手で力いっぱい倒れ込むドラゴンの脳天めがけて剣を突き刺した。

 まるで筋肉質の分厚い肉に突き刺したかのような感触だ。

 ドラゴンの頭蓋骨に当たったのか鈍い音がする。


「ダメだ……硬すぎる」


 安物の剣と私の腕力では、ドラゴンの硬い鱗と肉、頭蓋骨まで刃を貫通させるのは無理だ。

 どれだけ力を入れてもこれ以上は奥まで刺すことができない。

 いつのまにかドラゴンの眼には生気が戻っていた。

 その不気味な眼を間近で見てしまった私は、ぞっとして剣を握る力を緩めてしまう。

 ドラゴンは低い唸り声を上げながら、ゆっくりと巨体を起こして立ち上がろうとしていた。


「しまった!? 剣が……」


 私は驚いて手から剣を放してしまった。

 ドラゴンの頭部には剣が突き刺さったままだ。


「なんて体力なの……まだ動けるなんて……」


 私はまだ戦えるけど、武器がないからどうすることもできない。

 敵の攻撃をくらわないように少し離れて様子をうかがう。

 ドラゴンは頭の剣が気になるのか、頭部は揺らしながら尻尾を振り回している。

 ひとしきり暴れると、前方に見えるガルムとレイナに向けて炎弾を吐こうと口を開けた。


「なんとかしないと。 こっちだ~!! こっちを狙え~!!」


 私が大声を張り上げても、ドラゴンはこちらに見向きもせずにレイナたちを狙っている。

 その時、最後の三本目の太矢が放たれドラゴンの腹に命中した。

 しかしドラゴンは怯まず、燃え盛る炎弾の火炎が口から溢れ出しているのが見えた。


「ダメだ、間に合わない」


 そう思っていると、ガルムがゆっくりと立ち上がり、凄まじい雄たけびを上げながらドラゴンに向かって突撃していく。

 守りを固めているのか、黒鉄の巨大な両手斧を体の前に突き出している。

 重装鎧のガチャガチャとした金属音が周囲に響く……。

 あれだけ重量のある装備であそこまで素早く動けるのは凄いとしか言いようがない。


 ドラゴンの炎弾はガルムのすぐ近くに着弾したが、ガルムは怯まずに一気にドラゴンに接近する。

 敵も狙いが定まらないのか、かなり弱っているのは確かだ。


「くたばれや!! トカゲ野郎!!」


 ガルムが振り下ろした巨大な両手斧は、ドラゴンの左の前脚を叩き潰した。

 さらに連撃が続き、振り下ろした体勢から体を回転させて、両手斧で横から振り抜きドラゴンの顔面に叩きつけると鈍い大きな音がした。

 ドラゴンの顎は大きくずれて、横から見えた顔面は酷く崩れている。


「す、凄すぎる……」


 これは並の人間が出来る芸当ではなかった。

 先ほどの雄たけびはバトルクライと呼ばれる部族(戦士族)の特技だ。

 大声を上げて感情を昂らせ、全身の筋肉を一時的に活性化させて強化できると聞いたことがある。

 もしかしてガルムはかなり優秀な戦士なのかもしれない。


 そしてドラゴンは唸り声を上げながら、崩れ落ちるようにして頭から地面に倒れ込んだ。

 ガルムも膝を付いたまま動かなくなる。

 砂埃が舞う中、私はガルムにゆっくりと近づいて話しかけた。


「おじさん! 大丈夫?」


 声をかけてもガルムからの返事はなかった。

 レイナが息を切らして走ってくる。


「無事でよかった。怪我とかしてないよね?」

「私は大丈夫だけどヤバかったよ……」


 ふたりで顔を見合わせると、安心したのか少しだけ笑みがこぼれた。

 なんとかドラゴンを倒せたようだ。

 砂埃が徐々に収まってくる。


 ドラゴンの顔面は歪んで変形してしまい、その姿はとても惨たらしく醜かった。

 私とレイナが動かなくなったドラゴンを眺めていると、ガルムが苦しそうに声を上げる。


「まだ終わってねぇよ……。クソが、体が動かねぇ……」

「えっ!? 終わってないってどういう……」


 舞い上がった砂埃とは別に、私たちの周囲には無数の火の粉が漂っているのに気づいた。

 小さく赤々と輝きを放ち僅かに熱を持っているのがわかる。

 私はそれを吸い込まないように息を止めた。

 火の粉は弱々しくも生きているかのようにも感じた。

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