35. 傷ついた火竜
クラウド隊長の考えた作戦はこうだ。
私と隊長が二手に分かれて、両端の崖下を静かに移動しながらドラゴンに接近する。
敵が目を覚ます前に二人で奇襲を仕掛ける。
軽装の私はドラゴンの背後に回り、怪我をしている後ろ脚を狙って攻撃。
隊長は射程内から魔法でドラゴンの翼を狙って攻撃する。
まずは敵の脚を潰して動きを鈍らせて、背中の翼も破壊して空に逃げられないようにする必要があるからだ。
もし上空に飛ばれた場合は、隊長の魔法とヘイルの大弓で地面に撃ち落とすしかない。
そして最後はガルムも攻撃に加わりドラゴンに総攻撃をしかける。
ガルムは重装備で移動が極端に遅いので、敵に狙われないように最初は岩陰に身を隠してもらう。
レイナは治癒魔法が使えるので後方支援を担当、さすがに火竜相手に火の魔法は相性が悪すぎる。
ガルムと一緒に姿を隠して、負傷した者の回復を優先して動くことになる。
私は作戦を頭の中で何度も確認した。
(作戦は完璧だ……。絶対に上手くいくから)
そう自分に言い聞かせていた。
☆☆☆
ドラゴンの姿が近づいてくるにつれて、心臓の鼓動も激しくなり息苦しくなってくる。
「はぁはぁ……」
胸に手を当て呼吸を落ち着かせる。
(あのドラゴンって本当に寝てるのかな? 尻尾は垂れてるけど……)
もしドラゴンが起きていて周囲を警戒しているなら、尻尾を立てゆらゆらと動かしているはずだ。
今も尻尾はだらんと下がり地面についている。
たまに尻尾が左右に動いているのは、リラックスしながら眠っているからだろう。
静かに少しずつ崖下を移動しながらドラゴンとの距離を詰めていく。
隊長は魔法の射程内まで移動したのか、立ち止まると敵の様子をうかがっている。
(あとは私だけだ。急がないと……)
こちら側の崖の上では、ヘイルが大弓を構えて待機している。
さすがにこの位置からドラゴンの急所を狙うのは無理そうだ。
ドラゴンの後ろ脚に近づくと、傷の具合がはっきりと見てわかった。
赤い鱗は一部が溶けて剥がれ落ちてしまい、魔道兵器の浸食のせいか肉が腐り体液を垂らしていた。
傷口からは鼻にくるようなとても嫌な異臭を放っている。
この傷なら硬いドラゴンの鱗でも、剣で肉を突き刺してえぐるのは簡単だ。
私は剣を握っている手を見つめた。
(やれる、絶対に倒してやるんだから!)
心の中でそう自分に言い聞かせて気合を入れた。
緊張からか蒸し暑いのか、手袋の中が汗ばんでいるのがわかる。
いつでも攻撃できるように隊長の合図を待った。
昼下がりの荒れ地はとても静かだ。
いつの間にか風も止んで、土が舞い上がらずに視界がよくなっていた。
ドラゴンの寝息、微かに揺れて動く尻尾が地面に擦れる音、そして空を飛ぶ鳥の鳴く声……。
荒れ地の乾いた地面には、上空で動き回る大きな鳥の影が映っている。
私は空を見上げた。
フレイムバードがゆったりと空を旋回しながら、グアーッグアーッと低い大きな鳴き声を発した。
(あれってさっきの鳥!? 静かにしてよ、ドラゴンが目を覚ましちゃうよ)
心の中で祈るようにそう叫んだ。
しかしフレイムバードは鳴くことをやめてくれなかった。
私の中であの鳥に対する殺意が芽生えてくる。
でも今はそれどころじゃない。
ドラゴンのほうを見ると、尻尾をピンと空に向かって立てながら、体を起き上がらせて攻撃態勢をとっていた。
隊長は魔法の詠唱を中断して、そのまま剣を構えて敵に向かって走り出した。
私も敵の斜め後ろから斬り込もうとしたが出遅れてしまう。
ドラゴンは尻尾で大きく薙ぎ払うと、グォォォォッと低い大きな地鳴りのような咆哮をあげた。
思わず足がすくんでしまった。
隊長は尻尾の攻撃を避けられなかったのか、ガシャっと鎧が地面に叩きつけられるような鈍い音がした。
「クラウド隊長!」
私が隊長の名前を呼んでも返事は聞こえず、ドラゴンの巨体でよく見えないので状況がわからない。
いきなりのことで体が動かなかった。
ドラゴンは私に気がつくと、こちらに口を大きく開けて炎を吐こうとしている。
喉の奥からは沸き立ち激しく燃える火炎が見えた。
「まずい……逃げ場がない……」
盾を持っていないから、こんな小さな鋼の剣だけで炎を防ぐことは不可能だ。
火炎のブレスか炎弾を吐き出してくるのかすらわからない。
私はドラゴンの前で呆然として突っ立っていた。
(これまずい……殺される……)
その時、雄たけびのような大声を発しながらガルムが大岩から飛び出してくる。
「俺様が相手だ!! このトカゲ野郎!! うらああああああああああ!!」
ガチャガチャと重装鎧が動く音を立てながら、両手斧を体の前に突き出して身を守り、こちらに向かって一直線に走ってくる。
とても重装備とは思えない速さだ。
ドラゴンは私なんて眼中にないかのように視線を逸らすと、突っ込んでくるガルムに向かって強烈な炎弾を放った。
炎弾はガルムに直撃したのか、そのまま鎧から煙を上げて前のめりに倒れ込んでいる。
地面には何かが炸裂したような跡が残っていた。
「そ、そんな……。今の直撃したんじゃ……」
戦闘開始からすぐにクラウド隊長とガルムが倒されてしまった。
次はお前だと言わんばかりに、ドラゴンは鋭い眼光で私を睨みつける。
怒りと憎悪しか感じ取れないほどに、光りすらない暗く不気味で恐ろしい眼をしていた。
ドラゴンは聖書にも登場する神聖な生物だ。
竜は神の使いとも呼ばれ、人々からは敬われ恐れられたりもする気高き存在。
しかし、腐臭を放ちながら私を殺そうとするその醜い姿は、ただの薄気味悪い巨大な魔物でしかない。
騎士になってドラゴンと戦うことは夢でもあり憧れでもあったけど……。
そのドラゴンの姿と現状を目の当たりにして、私はこの討伐作戦に参加したことを深く後悔していた。




