32. 旧演習場
私は背伸びをして肩をぐるぐると回した。
ずっと重いリュックを背負っていたせいで肩がこってしまう。
鞄から水筒を取り出して、ゆっくりと紅茶を飲んで水分補給をする。
レイナも帽子を脱いで岩陰に座り込むと、水筒の紅茶をくぴくぴと飲んでいる。
「ここは蒸し暑いから、水分はしっかりとったほうがいいよ」
「火山と近いから少し蒸し暑いね。水筒に紅茶を入れてきてよかったね」
なんとか喉の渇きをうるおすことができた。
周囲を見渡すと、小高い崖の上まで登れそうな場所を見つけた。
高い場所からなら討伐隊の野営地が見えるかもしれない。
「ちょっと上まで登って偵察してくるよ。レイナはそこで休憩してて」
「そんなに離れちゃダメだよ。あぶないから気をつけてね」
「大丈夫、すぐそこだから」
私はすぐ近くの崖を指差した。
高く積まれた砂の急斜面を転げ落ちないように、注意しながら崖の上まで登っていく。
両手を使えばなんとか上まで登ることができた。
「双眼鏡を持ってきておいてよかった」
鞄から双眼鏡を取り出して、小高い崖の上から周囲を見渡した。
とくに何もなく周囲は砂の色に染まっているだけだ。
レイナは心配そうに下で話しかけてくる。
「なにか見えた~?」
「う~ん、とくになにも……あっ」
ここから少し進んだ場所に大きな木があるのが見えた。
「大きな木があるよ。おそらくあの辺りじゃないかな?」
「わかった。降りるときは気をつけてね」
レイナは心配そうな顔をして、両手を広げて下で待ってくれている。
もし私が滑り落ちても受け止めてくれる気なんだろう。
「大丈夫だよ、滑ったりしない、うわぁ!?」
「はうっ!?」
砂の斜面で滑りそうになったけど、なんとか両足で踏ん張って耐えることができた。
レイナはびっくりしたのか両手で目を覆い隠している。
(え~っ、受け止めてくれるんじゃないの!?)
レイナを信じて彼女の胸に飛び込んでいたら、ふたりともドラゴンと戦う前に戦闘不能だ。
一瞬の気の緩みで下まで転げ落ちて大怪我をするところだった。
☆☆☆
私たちは気を取り直して、大きな木を目指して荒れ地の奥へと進んでいく。
目的地である討伐隊の野営地まではあと少しのはずだ。
しばらく歩くと、崖に囲まれた開けた場所に出ることができた。
今にも枯れてしまいそうな元気のない巨木と、その下には軍幕テントが張ってある。
赤い旗には王国のシンボルであるグリフォンが描かれていた。
「ふぅ~疲れた……。やっと到着だよ」
「おつかれさま」
なんとか無事に討伐隊の野営地に到着することができた。
重い荷物を背負ってきた私はもう限界だ。
テントの前で背負っている大きなリュックを下ろして座り込んだ。
辺りには討伐隊の姿はなく、少し離れた場所には馬が2頭、杭につながれているのが見えた。
「すみませ~ん、ギルドからの依頼で援軍要請と救援物資を届けにきました~」
私が大きな声で挨拶をしても誰の返事もなかった。
テントには小さなテーブルと椅子が2つ、あとは資材と大きな水がめが置かれている。
レイナがテントの中を確認する。
「書き置きとかもないね。しばらく待ってようか」
「もしかしてドラゴンに食べられちゃったとか……まさかね」
「偵察にでも行ってるんじゃないかな? 騎士団直属の討伐隊なわけだし、万が一なんてことは起こらないと思うけど……」
私も立ち上がり周囲を確認する。
杭につながれている2頭の馬に近づくと、馬の頭を優しく撫でて話しかけた。
「ねぇキミたち、みんながどこに行ったか知らない?」
しおれた草を口に入れてもごもごさせながら、馬は小さくブルルッと鳴く。
「そっか~、もっと美味しい草を食べたいよね」
馬に聞いてもわかるわけがない。
でも、少し前まで誰かここにいたことは間違いなさそうだ。
私は注意深く周囲を見渡して確認していく。
奥の演習場へと続く道は、崖が崩れて大きな岩で塞がれているのがわかる。
「崩落したのはかなり前か、だから封鎖したのかな?」
ここは開けた場所で、西側以外は崖に囲まれて奥に進める道は見当たらない。
今にも枯れそうな大きな木とヒョロヒョロの雑草、あとはいくつか岩が転がっているくらいだ。
「この高さはさすがに登れないよね……」
崖を見上げても人影は見当たらなかった。
レイナがこちらに駆け寄ってくる。
「何か見つかった? どこか抜け道でもあるのかもしれないね」
「そうだね、もう少し辺りを探してみようか」
レイナの言うように演習場へと続く抜け道があるはずだ。
私たちは手分けをして付近を探索した。
今にも枯れそうな大きな木の根がうねうねと地上に飛び出している。
(この木、なんか怪しいんだよな)
私は目を凝らして注意深く見てみると、木の下から奥に続いている洞穴があることに気づいた。
ここを抜けた先が演習場のようだ。
すぐにレイナにも知らせる。
「この木の根の先、なんか奥に続いてるみたい」
「その先に誰かいるかもしれないね。行ってみようか?」
「ちょっと待って、暗そうだしランタンを出すから」
私は鞄からランタンを取り出した。
ランタンの灯かりで根の奥を照らしてみると、人間なら余裕で通れそうな洞穴が続いている。
「討伐隊もここを抜けたのかな? 先頭は私が歩くよ」
「わかった、足場が悪そうだから気をつけてね」
警戒しながら洞穴を進んでいく。
中は薄暗く湿っているのか生ぬるくて気持ちが悪かった。
足元は木の根が張り巡らされていて歩きにくい。
洞穴はそこまで深くもなく、少し先には出口があり外の明るい光が見えている。
「ここにも根がある。足をひっかけないように気をつけてね」
「上にも注意したほうがいいかも……」
レイナが心配そうな表情をして天井を指差す。
「えっ!?」
天井からポタっとなにかが落ちてきた。
見上げると天井には無数のコウモリがぶらさがっている。
「うわっ、これコウモリの糞じゃん!」
「しーっ、大声を出して刺激しちゃダメだよ」
コウモリたちは驚いたのか、キッキッと鳴き声を出して慌てているようだ。
私たちも大慌てで光が見える出口へと向かって走り抜けた。
視界いっぱいに眩しいくらいに景色が広がってくる。
そこは見晴らしの良い崖の上だった。
「はぁはぁ、もう最悪だよ。そっちはなんともない?」
「服は汚れてないと思うけど帽子が……」
レイナは三角帽子を脱いで汚れていないか確認する。
私も頭や肩当て、服にもコウモリの糞が付いていないか確認した。
肩当てが少し汚れているくらいだ。
ゆっくりと呼吸を落ち着かせてから周囲を見渡した。
ここが王国の旧演習場、今は管理もされておらず放置されて荒れ放題。
騎士団の演習場として使われていたのは随分と昔の話だ。
周囲を崖に囲まれたすり鉢状の地形をしており、中央の低地を見下ろすようにして、2人の騎士が崖際に立っているのが見えた。
おそらく王国の騎士団直属のドラゴン討伐隊だ。




