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30. 国境警備隊

 日が昇り始める。


 馬車の中で眠るのには慣れていなかった。

 朝の優しい日差しよりも、兵士の話し声と馬の鳴き声で目を覚ました。

 寝ぼけまなこで外を確認すると、すでにレイナと兵士たちが野営の後片付けをしている。

 私は大急ぎで支度をして馬車から降りた。


「セラ、おはよう。ぐっすり眠れたようだね」

「おはようって寝坊しちゃったよ。どうして起こしてくれないの~」

「今日はドラゴンと戦うわけだし、ゆっくり休んでほしかったから。部隊長には伝えてあるから安心してね」

「そっか、ありがとう」


 レイナのおかげでぐっすりと眠って体力を回復できた。

 私は兵士たちに挨拶をしながら、顔を洗うために近くの小川へと向かった。

 冷たい水で顔を洗うと眠気が吹き飛ぶ。

 空を見上げると、透き通るほどに青空が広がっている。


「今日はいい天気だな。いよいよドラゴンと戦えるかもしれないんだ」


 私は両手の拳を握りしめて気合をいれる。


「頑張るぞ!」


 駆け足で野営地まで戻ると、すでに片付けも終わり兵士たちが集まっていた。


「はぁはぁ、なんとか間に合ったよ」

「これから部隊長の号令が始まるとこだから」


 部隊長が号令をかける。


「これより出発する! 途中にある旧演習場で2名降ろすことになる。それからセドナの町に向かう、以上だ。何か質問はあるか」


 その2名とは私とレイナのことだ。

 部隊長が号令でそのことを皆に伝えると、数名の兵士が嫌そうに文句を言い始めた。


「荒れ地に寄るんですか? これだと日暮れまでにセドナに到着できませんよ」

「部隊長、かなりの遠回りになります。近くの街道で降ろすべきじゃないですかね? 国境警備隊(自分たち)がそこまでする必要もないはずですが」

「この子たちって昨日からいるよな。見たところ冒険者と魔術学院の生徒のようだが……」

「いったい荒れ地まで何をしに行くんだ?」


 急に肩身が狭くなってしまった。

 最初にきちんと自己紹介もできなかったから、ほとんどの兵士が私たちの事情を知らないはずだ。

 レイナも気まずそうに黙り込んでいる。

 かなり空気が重い……。


 部隊長が私たちのほうを見る。


「このふたりは旧演習場に現れたドラゴンを討伐するため、騎士団の援軍として向かうそうだ」

「援軍って騎士団が苦戦してるんですか? どうしてまた冒険者と学生なんかに」

「理由はどうあれ、苦戦している我々の仲間の援軍として、彼女たちを無事に送り届ける義務がある。それも我々の仕事のひとつだ。王国のために戦う者は皆、大切な仲間だ。違うか?」


 その言葉で文句を言っていた兵士たちは黙り込んだ。

 部隊長に大切な仲間と言ってもらえたことがとても嬉しかった。


「失礼いたしました。彼女たちも我々の仲間であり、無事に送り届けるのも我々の務めであります」

「そういう事情があるとは知りませんでした。申し訳ありません」


 なんとか兵士たちにも納得してもらえたようだ。

 部隊長が私たちのほうを見る。


「君たち、体調はどうだ? 昨日はちゃんと眠れたか?」

「だ、大丈夫です。ゆっくり休めたので体調は万全です」

「そうか、ここからしばらく進むと目的地だ。しっかり準備をしておくように」

「わかりました。ありがとうございます」


 部隊長の号令が終わると出発だ。

 馬車まで歩いていると、アレクが駆け寄り私の肩をポンと叩いた。


「すまない、仲間たちも事情がわからなかっただけなんだ。許してやってくれ」

「ぜんぜん気にしてないから大丈夫だよ」


 聖堂騎士のお姉さんも話しかけてくる。


「キミたち凄いね。お姉さん、感心しちゃったよ」

「えへへ、それほどでも……」


 こうして私とレイナは昨日と同じ最後尾の馬車に乗り込む。

 すでに兵士のおじさんが手綱を握っている。


「忘れ物はないか? 出発するぞ」

「はい、行きましょう」


 馬車が音を立てながらゆっくりと動き出した。


 ☆☆☆


 馬車は街道を北の荒れ地に向かって進んでいた。

 朝食を食べていないから私のお腹がぐぅーっと鳴ってしまう。


「なんかお腹空いちゃったよ」

「パンをもらってるから、あとビスケットも食べる? 水筒に紅茶も入ってるから」

「うん、食べる~♪」


 レイナが水筒のコップに紅茶を注いでくれた。

 パサパサの硬いパンと甘いビスケットを食べながら紅茶を飲む。


(これが最後の食事にならないといいけど……)


 そんなことを考えながら、不安と興奮が入り混じるような不思議な気持ちになっていた。


「おい嬢ちゃん、馬車の中で紅茶をこぼさないでくれよ」

「あっ、はい。だいじょ……うわっ!」


 馬車はガタっと揺れて、熱い紅茶を太ももにこぼしてしまった。


「熱ッ!!」

「はう!! 大丈夫? 火傷とかしてない?」

「わはははは、ほらな。言わんこっちゃねぇ」


 レイナは慌てて兵士のおじさんは笑っている。

 幸いなことに火傷はしなかった。


 私はこぼした紅茶を拭いてから馬車の外を確認した。

 先程までの草原の景色とは打って変わり、草木が少なく乾いた土地が広がっている。

 道も段々と悪くなり、揺れで乾燥した地面がひび割れているのがわかる。


「荒れ地に近づいてきたね。あそこって水辺だったのかな」


 私は干上がった小川のような場所を指差した。


「おそらくね。荒れ地周辺の地質って、水はけが良くて乾きやすいらしいよ」

「水辺がないとゆっくり休憩することもできないよ。馬にも水を飲ませてあげたいしさ」


 馬車はガタガタと小刻みに揺れながら、荒れた道をひたすら進んでいく。

 しばらくして前を走っている馬車が順番に止まりだした。

 どうやら旧演習場跡地(北の荒れ地)に到着したようだ。


 ☆☆☆


 手綱を握っている兵士のおじさんが話しかけてくる。


「嬢ちゃんたち、目的地の旧演習場に着いたぞ。これでお別れだな」

「ありがとうございました。すぐに降りる準備をします」

「あぁ、俺も手伝うよ」


 兵士のおじさんが大きなリュックを持ち上げて馬車から降ろしてくれた。

 私とレイナも馬車から降りる。

 前の馬車からは部隊長とアレクに数名の兵士たちも降りてきた。

 私たちは駆け足で部隊長のもとへ向かうと、深々と頭を下げてお礼の言葉を伝えた。


「みなさん、お世話になりました。ここまで乗せていただき感謝します」

「気にしないでくれ。ここまでしか乗せてやれなくて申し訳ない」

「いえ、そんな……」


 部隊長と話していると、他の兵士が周囲を見渡して愚痴をこぼした。


「北の荒れ地か……。隊長、ここには水辺もないし草木も生えてませんよ」

「この場所で休憩は無理そうです。すぐにでも出発してセドナの街道まで抜けますか?」

「そうだな、馬はまだ走れそうか?」

「はい、もうしばらくは」


 セドナは国境にあるゼーレの町の手前に位置する小さな町だ。

 ここからだと馬車でも日暮れまでには到着できないだろう。


「そろそろ出発するか、各自配置に付いてくれ」


 部隊長が兵士たちに指示を出すと、アレクたちが最後尾の馬車に乗り込んでいく。

 どうやら国境警備隊はすぐに出発するようだ。


「それでは君たち、健闘を祈る」


 部隊長が手を差し出したので、私はがっちりと握手を交わした。

 隣ではレイナが三角帽子を脱いで丁寧に一礼をする。


「カインドさん、本当にありがとう」


 私が部隊長の名前を呼んでお礼を言うと、カインドのおじさんの怖そうな顔が一瞬だけ緩んだ。


「ははは、名前を覚えていてくれたのか。そうだ、君たちの名前をまだ聞いていないぞ」

「私は派遣騎士のセラ、こっちが仲間の魔女見習いのレイナ」

「すみません、自己紹介もできなくて……」

「そんなこと気にしなくていいさ。それよりも、あの崖の大きな亀裂が見えるだろ?」


 部隊長が演習場跡地がある方角を指差す。

 その先の崖には大きな亀裂が入り、奥へと道が続いているようにも見える。


「おそらく討伐隊は馬車で道なりに演習場まで進んだようだな」

「あそこ奥に続いてるんですね」

「しばらく進むと演習場に辿り着ける。道中は魔物が潜んでるかもしれん。気をつけてな」

「はい!」


 私は元気よく返事をした。

 部隊長が馬車に乗り込んだことを確認すると、先頭の馬車から順番に動き出していく。

 馬の鳴き声に蹄の音、馬車のガタガタという音が周囲に響き渡る。


 私とレイナは馬車に向かって手を振った。

 最後尾の馬車がゆっくりと目の前を通り過ぎていく。


「道中、楽しかったよ。ふたりとも気をつけてな」

「おじさん、いろいろありがとう」

「お世話になりました」


 アレクや他の兵士たちも顔を出して手を振ってくる。


「セラ、レイナさんも、またどこかで会おう」

「嬢ちゃんたち、じゃあな~」

「ドラゴンなんかに喰われるんじゃねぇぞ!」

「大丈夫だって、アレクもみんなもまたどこかで~」

「みなさんもお気をつけて~」


 私とレイナはしばらく馬車の列を見つめていた。

 彼ら国境警備隊はセドナの町に立ち寄り、そこから国境付近のゼーレの町を目指す。

 馬車が進む先には、ヴァルドニアとの国境があるベルドット山脈が朧げに霞んで見えていた。


(また会おうね、アレク……)


 視界から遠ざかっていく馬車を見つめながら、私は心の中でそうつぶやいた。

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