29. 帝国の魔導兵器
私とレイナは兵士たちと焚き火を囲んで食事をしていた。
さすがに国境警備隊から食料を分けてもらうわけにもいかない。
私たちの夕食はリュックに入っているレーションだ。
袋には乾パンとドライフルーツ、缶詰には豆のスープが入っている。
味のない乾パンは、チューブのいちごジャムを塗ると甘じょっぱくて美味しかった。
食事中は兵士たちの陽気な話し声も聞こえてくる。
ちょっと賑やかで楽しい気分だ。
私は騎士学校の訓練でも、少人数で町の近くでしか野営をしたことがない。
大人数の部隊で行動するということはこんな感じなんだろう。
食事をしていると、向かいに座っているアレクと兵士のおじさんが話しかけてきた。
「そういえばセラたちってどこまで行くの?」
「北の荒れ地だよ。もう使われてない演習場、そこにドラゴンが現れたの」
「たしか討伐隊が向かったはずだが、援軍要請でも受けたのか?」
「そうです、冒険者ギルドから」
そう言うとアレクと兵士のおじさんは顔を見合わせた。
アレクは少し考えているようだ。
「それって騎士団からの正式な要請ってことかい?」
「依頼書には王国の刻印が押されてなかったから、討伐隊からの個別の依頼になるかな」
「騎士団の討伐隊がギルドに依頼ねぇ……。こりゃなんかありそうだな。嬢ちゃんたちも十分警戒して任務にあたれよ」
「わかってる。ちょっと怪しいよね」
やっぱりみんなこの援軍要請のことを不審に思うようだ。
でも今さら断ることもできない。
馬車が順調に進めば、明日の昼には北の荒れ地に到着できるだろう。
食後にレイナがポットで湯を沸かして紅茶をいれてくれた。
私とアレクは紅茶を飲みながら、ひさしぶりの再会に話を弾ませた。
兵士のおじさんは瓶のハチミツ酒をちびちび飲みながら、私たち若者の話に耳を傾けている。
別の焚き火では兵士がハーモニカを吹いていた。
その曲名まではわからないけど、懐かしい感じがする切なくて綺麗なメロディーだ。
もしかすると、その兵士の故郷の歌なのかもしれない。
こうしているうちに夜も更けていった。
☆☆☆
部隊長が号令をかける。
「夜はオーガやアンデッドが出るかもわからん。火を絶やさないように、各自交代で休んでくれ、以上!」
セドナの周辺では、日が沈むとオーガが出没することもある。
オーガは狂暴な人型の魔物で、人の生肉を好んで食べる習性があるらしい。
いくら危険な魔物とはいえ、この数の兵士がいるなら返り討ちにするのは容易いだろう。
見張りの兵士を数名残して、それ以外の者は馬車に戻って休むことになる。
私は目が冴えてしまい眠れそうにもなかった。
隣に座っているレイナは眠たそうに可愛いあくびをしている。
「先に休んでいいよ。私は見張りをしておくから」
「ごめん、先に休ませてもらうね。あとで見張りは代わるから」
「気にしないで、おやすみ」
「おやすみなさい」
レイナが馬車に戻っていく。
私は焚き火のそばで見張りを続けることにした。
夜空は雲で覆い隠され、月明かりもなく周囲は暗すぎて少し先すら見えなかった。
焚き火とランタンの淡い灯りだけが真っ暗闇な草原を照らしている。
私が焚き火の炎を見ていると、見張りの女性騎士が話しかけてきた。
「キミもコーヒー飲む? 体も温まるし眠気覚ましにちょうどいいよ」
「あっ、いただきます」
熱々のコーヒーがコップに注がれる。
私はふーふーと息を吹きかけ冷ましながら飲んだ。
静かな夜、耳をすませば虫の鳴き声と人や馬が出す微かな音が聞こえるくらいだ。
空を見上げても星すらない、漆黒が続いているだけで退屈だ。
「曇って星ひとつ見えないや……」
それは偶然だった。
私が眺めていた方角に帝国領があった。
「あの黒っぽいのが全部ベルドット山脈かな? 暗くてよく見えないけど……」
ベルドット山脈は国境付近にある険しい山岳地帯だ。
その山を越えた先がヴァルドニア帝国の領土になる。
それは何の前触れもなく突如として起こった。
発光する青緑色の光の束が、漆黒の空を目指して垂直に登っていくのが見えた。
そして雲の中で一瞬光ったと思ったら、無数の流れ星のようにその光の束は地上に降り注いでいく。
「綺麗……なにあれ?」
「かなり遠いよね。あそこって」
「山の向こうか、ありゃヴァルドニアの方角だな」
「あいつらいったい何をしやがったんだ?」
見張りの兵士たちも驚き遠くの空を眺めている。
遥か北東の空だけ、まるで発光塗料をこぼしたかのように空が青緑色に染まっていた。
真っ暗な空にその異様な光景がはっきりと映し出された。
外にいる兵士たちの声で、休んでいた兵士たちも異変に気づいて起きてくる。
「騒がしいな、どうかしたのか」
「おいおい……なんだありゃ、ヴァルドニアのクソどもの仕業か? 魔導兵器の実験でもしやがったのか」
「あの辺りは王国の領土でもないし、こちらからは何とも言えんな」
「怖いねぇ、魔導大国は。戦争になれば奴ら俺たちに向けてアレを撃ってくるんだぜ」
静かな草原に兵士たちの声だけが聞こえていた。
レイナも馬車から降りてくる。
「セラ、大丈夫?」
「私は平気だから、いきなり空が光って驚いちゃったよ」
レイナは北東の空を静かに見つめている。
「新型の魔道兵器、噂でしか聞いたことないけど、本当に完成させてたんだ……」
それを聞いて私は思わず背筋が寒くなった。
あんなものを町にでも撃ち込まれたら甚大な被害を受けるだろう。
新型で高性能なのかは知らないけど、攻撃範囲がかなり広いことだけはわかる。
もしあれが長距離から撃てるなら王国の脅威となるのは言うまでもない。
しばらくして兵士たちも静かになり、馬車に戻って休む者、見張りを続ける者に別れる。
この騒動のせいですっかり私の眠気は飛んでしまった。
それでも眠っておかないと、明日は万全の状態でドラゴンとの戦いに備えたい。
「あぁ~、さっきので目が覚めちまったよ。森でしょんべんしてから見張りをすっから、休みたいヤツはどうぞ」
「暗いから気をつけてね。って私もそろそろ休んでおこうかな」
女性の兵士は眠そうにあくびをして馬車に戻っていく。
レイナがちらっと私の顔を見る。
「セラも少し休んで、あたしは少し眠れたから交代しようか」
「さっきコーヒーを飲んだばかりだけど眠れるかな?」
「横になるだけでも休まるからね」
「それもそっか、少しでも眠れるといいけど」
レイナが見張りを交代してくれたので、私も馬車に戻って休むことにした。
馬車に揺られての長距離移動で疲れているはずなのに、この夜は胸のざわめきを感じてなかなか眠ることができなかった。
明日はいよいよドラゴン退治だ。




