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28. 優しき級友

 前を走っていた馬車が次々に止まっていく。

 私も手綱を引いて馬たちに止まるように指示を出した。

 どうやらこの辺りで野営をするようだ。


 青々とした草原が広がり、見晴らしもよく敵に奇襲される可能性も低い。

 すぐ近くには湿原へと続く小川も流れていて、水辺があると衛生面でも安心できる。

 野営をするにはうってつけの場所だ。


「今日はここまでか、明日には荒れ地に到着できるかな?」

「荒れ地なら明日の昼には到着するだろうな。そこから歩くつもりか?」

「そうですね。討伐隊がいる野営地までは歩いていきます」

「ギルドも馬くらい用意してくれりゃいいのになぁ」


 兵士のおじさんが呆れたような表情でつぶやいた。

 まったくその通りだと思う。


 私たちは馬車から降りて部隊長のもとに集まった。

 他の兵士たちも近くに集まっていて、全員合わせると30名近くはいるようだ。

 その中には女性の騎士もいて、鎧にはルミナスの聖堂騎士団の腕章が付けられていた。

 王国騎士団との合同作戦として国境まで派遣されるようだ。


 すぐに部隊長が号令をかける。


「今日はここで野営をする。各自、野営の準備に取り掛かるように」


 兵士たちはそれぞれ役目が与えられているのか、キビキビとした動きで野営の準備を進めていく。

 馬の世話、焚き火の準備も手慣れたものだ。

 私とレイナはその光景をぽけーっと静かに眺めていた。

 指示を出してくれないと何をすればいいのかわからないからだ。


「私たちはどうしよっか……」

「はう~、ここに立ってたら邪魔になるんじゃないかな?」

「それもそうだね」


 邪魔にならないように端に移動しようとすると、誰かが私の肩をポンポンと叩いた。

 振り向くと若い男性の兵士が立っていて、彼は手を上げて軽く挨拶をした。


「やぁ」

「えーっと、もしかしてアレク!?」


 夕焼けのせいで一瞬誰かわからなかった。

 灰色の髪、淡いグレーの瞳、中性的な優しい顔、身長も私より少し高いくらいの小柄な体格。

 間違いなく騎士学校で同級生だったアレクだ。


「やっぱりセラじゃないか、昼休憩のとき見かけて声をかけようとしたんだけどさ。他の兵士に捕まってさ」

「ひさしぶりだね、元気してたぁ? まさかこんなところで会えるなんて」


 いきなりの再会で驚いたけど、それよりも聞きたいことがたくさんある。


「えっ、どうして国境警備隊に?」

「それがいろいろあってね。そちらの金髪の学生さんはお友達かい?」

「そうだよ、ドラゴン退治の任務で一緒に行動してるの」


 アレクはレイナをチラッと見て確認する。

 レイナは魔女の三角帽子を脱いで丁寧に挨拶をする。


「魔女見習いのレイナと申します」

「これはご丁寧に、僕は国境警備隊所属の」


 アレクが挨拶をしようとすると、近くにいた兵士が怒鳴りつけてきた。


「おい、アレク! 女に声かけてる場合か、森(そこ)で焚き木でも拾ってきてくれ」

「す、すまない。すぐに集めてくるよ」


 近くには森が見える。

 アレクが私に目で合図を送っている。

 それに気づいて話を合わせることにした。


「私たちも手伝うよ。暗くなる前に焚き木を集めてこよう」

「助かるよ、それじゃ行こうか」


 ☆☆☆


 私とレイナとアレクは駆け足で森まで向かった。

 他の兵士たちもいないし、これでゆっくりと話すことができる。


「どうして国境警備隊なんかに? てっきり王国の騎士団に入ったのかと思ってた」

「いろいろあってね。父さんが騎士団長と揉めて、僕は騎士団にはいられなくなったんだ……」

「そうなんだ。大変だったね」


 アレクは貴族の出にしては非常に気さくな性格だ。

 騎士学校でも、普通の家柄の子にも優しく接していたのを覚えている。

 貴族には階級というものがあって、彼は中級貴族で王都近郊に屋敷もあるそこそこのお金持ちだ。

 私は何度か屋敷にも呼ばれたことがある。


「そういえば最後に一緒に組んだときのことを覚えてるか? ほらっ、ヘルム草原の」

「うん、覚えてるけどさ……」

「やっぱり今の装備のほうが似合ってるよ」


 私にとっては悲しくて恥ずかしい思い出でもある。

 レイナは話についてこれずに退屈そうにしていた。

 そして私の装備を見てぼそっとつぶやく。


「その装備がどうかしたの?」

「しょうがない、レイナにも私の秘密を教えてあげるよ」


 ☆☆☆


 あれはまだ騎士学校時代の話だ。

 私とアレクは冒険者ギルドからの依頼で、ヘルム草原までゴブリン討伐に向かった。

 その帰り道、街道で幼い少女を連れた旅人風の男とすれ違う。

 男に手を引かれて歩く少女は、怯えたような顔で私を見つめてくる。


「あれきっと人攫いか奴隷商人だよ。王都(ここ)でこんなこと許されるわけない!」

「僕は普通の親子連れに見えたんだけどな……」

「私が話を聞くから、アレクはあの男から目を離さないで」


 王都では人身売買も奴隷も禁止されている。

 私は少女を助け出すために男に詰め寄った。


「おじさん、ちょっといい! 話を聞かせてほしいんだけど!」

「な、なんでしょうか?」


 男は驚いた表情をして返事をする。

 そして隣の少女は、私の顔を見ると怯えながら男の脚にぎゅっとしがみついた。


(あれ? なんか様子がおかしくない?)


 呼びかけた私のほうが困惑していると、後ろのアレクが優しい声でふたりに話しかける。


「セラは下がってて、おじさんとお嬢ちゃんに話があるんだ」


 アレクは膝をついてしゃがむと、少女と目線を合わせて話し始めた。

 少女は安心したのか急に笑顔になると、アレクの耳元で何かを伝えているようだ。

 その後は3人で笑っている。


「それでは先を急ぎますので、失礼いたします」

「呼び止めてしまって申し訳ない、道中お気をつけて」


 少女はアレクに可愛く小さな手を振る。

 なにがなんだかわからなかった。

 私は少し離れた場所から、ぽかーんとその様子を眺めていた。

 アレクが駆け足でこちらに戻ってくる。


「ただの親子連れさ。これからガロナの町まで行くそうだ」

「そうなの? でもあの女の子は……」


 私の反応を確認して、アレクは笑いをこらえているようにも見える。


「それが……セラが怖かったんだってさ」

「ええっ、私がっ!?」

「そう、だってほら」


 アレクは私の鎧を指差した。

 私の鎧を見てみると、鉄の金属プレートには魔物(ゴブリン)の返り血がべったりと付いていた。


「あっ、これ……」

「それで怖かったらしいよ。あと町で兵士とぶつかって怒られたこともあるそうだ。それもあってか兵士が苦手なんだって」

「そうだったのか……あの親子に悪いことしちゃったよ~」


 私は反省すると同時に、もう少し威圧感のない女性向けの鎧がほしくなった。

 あのころは騎士学校で配給されている鉄の軽装鎧を着用していた。

 頑丈で防御力は高いけど地味だし若い女性には似合わない。

 女性冒険者が着用している鎧は、少しだけ装飾も豪華だけど値段も高かった。


 学生の私ではとてもじゃないけどすぐには買えない。

 それを見ていたアレクは、その鎧を購入して私にプレゼントしてくれたんだ。


 胸と肩、手と腕を頑丈な鋼鉄でしっかりと守り、重ね縫いされた厚手の布(ドレス)は丈夫で軽くて動きやすい。

 ドレスは色がネイビーだから、返り血で汚れても目立たなくしてくれる。

 私のお気に入り、その鎧は今でも大切に使っている。


 ☆☆☆


「あのころが懐かしいよ。本当にセラはなんにも変わってないね」

「若いってこと? えへへ、それほどでも……」


 話を聞いていたレイナは真剣な表情をして黙っている。

 そしてゆっくりと口を開いた。


「その……おふたりはそういう関係なんでしょうか?」

「えっ、いやいやいや、勘違いしてるよ」

「ただの騎士学校の同期で大切な仲間なだけさ」

「そんなふうには……」


 私とアレクで誤解を解こうとしたけど、それでもレイナは疑いの眼差しを向けてくる。


「アレクならもっと良いとこのお嬢様と結婚するんじゃないの?」

「そうだな…...」


 アレクはうんざりしたようにため息をついた。


「卒業したら騎士団に入れ、手柄を上げろ、次は結婚しろ、そんなふうに父さんには口うるさく言われたよ。でも結局は父さんのせいで騎士団にはいられなくなった……」


 アレクのお父さんと騎士団長が揉めた原因が気になる。

 でも向こうから言わないから私も聞かなかった。


 日が暮れて森の中は薄暗く歩きにくい。

 私とアレクがランタンを灯すと、彼の悲しそうな顔がぼんやりと浮かびあがる。

 森は木が密集していて焚き木に使えそうな枝はすぐに見つかった。

 私たちは両手で抱えきれないほどの焚き木を集めた。


「これくらいでいいか、そろそろ戻ろう。ふたりとも暗いから気をつけて」

「わかったけど前が見にくいよ……」

「はう~、拾いすぎちゃったね」


 野営地まで戻るとき、アレクは昔を懐かしむようにつぶやいた。


「みんなどうしてるだろうな」


 それは同期の貴族の子たちのことだろうか。

 野営地からは兵士が大声で私たちを呼んでいるのが聞こえた。

 アレクは申し訳なさそうに駆け足で戻っていく。


(どうして国境警備隊の一般兵なんかに。貴族なら他にも選択肢があると思うけど……)


 アレクは遅れてしまったことを他の兵士に謝っていた。

 相手の兵士は振る舞いからしても貴族ではないことがわかる。

 私はアレクの後ろ姿を見つめながらこう思った。


(この子、落ちぶれたんだな……)


 そう心の中でつぶやく。

 もちろん私が言えることじゃないし、馬鹿にする気なんてまったくない。

 悲しいというか悔しくて、アレクのそんな姿は見たくなかったから……。


 日が沈むと草原は漆黒に包まれていく。

 いくつもの焚き火の炎が、赤々と夜の暗闇を照らしていた。

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