27. 北を目指して
馬車の幌に雨粒が落ちてパタパタと音がする。
私は遠ざかっていくルミナスの町を眺めながら考え事をしていた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
「お~い、大丈夫?」
レイナが心配そうに私の顔をのぞき込んで話しかけてくる。
そして私の隣に座り込んだ。
「あっ、ごめん……。ちょっと考え事をしてたよ」
「ルミナスを出てから元気ないよね? なにか悩みでもあるなら、お姉さんが相談にのってあげようか?」
「お姉さんって私と同じくらいの年齢でしょ~」
「えへへ、そうだね」
そんな冗談を言いながら、せっかくなので私はレイナに質問をしてみた。
自分でも変なことを聞いているのはわかっている。
「レイナは人を殺したことってある?」
「えっ!? さ、さすがに人を殺したことはないかな」
レイナは少し驚いたのか目を丸くした。
「私もないんだよね。魔物とか獣なら何度も殺したことがあるんだけど」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「もし王国の騎士になったらさ。戦争が起これば敵国の兵士を殺さないといけなくなるから。そんなの嫌だなって思って……」
「そうだね。人間同士で殺し合うなんて悲しすぎるよ」
レイナがぼそっとつぶやくと、私は深くため息をついた。
敵が魔物や獣、不死生物にならそんな考えも起こらないと思う。
でも相手が同じ人間なら、私は剣を振るうことができるのか不安だ。
今まで盗賊などの犯罪者相手の実戦経験もまったくなかった。
こんな会話を他の人になんて聞かれたくない。
手綱を握る兵士のおじさんには、馬車と雨音で私たちの会話は聞こえないはずだ。
「もしかして私って騎士に向いてないのかもしれないよね」
「そ、そんなことないと思うけど……」
「王国騎士なんて諦めてさ、冒険者のように自由に旅をしながら、仕事をして暮らすのも悪くないかな~って思えてきちゃった」
それで生活ができるほど世の中は甘くないことをわかっている。
宿舎の家賃が払えなくなり、王都から逃げ出してきたことを恥ずかしくてレイナには言えない。
彼女は黙って私の話を聞いてくれた。
そしていきなりとんでもないことを言い出した。
「あたしも旅をするのは好きだよ。このままふたりでどこか遠くの国まで冒険する? 嫌なことなんて忘れちゃうかもしれないね」
「えっ!? ちょっとさすがにそれは……」
「えへへ、なんて冗談だから。さすがにそんなことできないよね」
レイナの冗談は少し本気にも聞こえた。
でも悩みを打ち明けたら気分が楽になったような気がする。
途中で何度か休憩を挟みながら、馬車は街道を北東に向かって進み続けた。
☆☆☆
もうすぐ空は夕焼け色に染まろうとする時間帯だ。
ようやく雨が少し弱くなり落ち着いてくる。
朝早くにルミナスを出発して、現在はセドナの町との境目辺りだろうか。
外の景色を見たいので、御者台に顔を出して手綱を握っている兵士に話しかける。
「すいません、今ってどの辺りを走ってますか?」
「そっちのほうを見てみなよ。ちょうどレミーユ湿原に入ったところさ」
馬車から周囲を見渡すと、少し先には広大な湿原地帯が広がっている。
湿原には霧が立ち込めて遠くからはよく見えなかった。
まだ小雨が降っているせいか視界も悪い。
街道から湿原を眺めていると、なぜかぞっとするような嫌な感じがしてくる。
「レミーユ湿原って寂しそうなところだね。なんかアンデッドでも出てきそうな雰囲気……」
「なんだ知らないのか? レミーユには出るんだよ、女の幽霊がな」
「えっ、幽霊が出るの?」
普通のアンデッドとは違うような、兵士のおじさんはそんな物言いをした。
レイナも御者台に顔を出す。
「この辺りで最近よく聞く話なの。雨の夜に湿原から女の人のすすり泣く声が聞こえてくるって」
「アンデッドか魔物か知らないが、討伐しようとしても正体がわからないそうだ。騎士団や冒険者もお手上げってわけだ」
「女の幽霊か……。なんか気味が悪いね」
「日が暮れたら湿原には近寄らないほうがいいぞ。実際にそんな声が聞こえるかは知らんが、行方不明者も何人か出たって話だ」
「あたしも実際に声を聞いたことはないの。あくまで噂話だからね」
レミーユ湿原の幽霊のことは王都では聞いたこともない。
気味の悪い話だけど、私はちょっと幽霊の正体について知りたくなった。
それから3人で話していると、手綱を握っている兵士のおじさんがつらそうに背中を伸ばす。
かなり疲れているのかしんどそうだ。
「あの、代わりましょうか?」
「馬を走らせたことは?」
「騎士学校で乗馬の訓練を受けたから、馬車の操縦も大丈夫です」
「それなら頼むわ。俺は後ろで休憩しとくからさ」
兵士のおじさんに代わって、私が御者台に座って手綱を握り馬車を走らせる。
レイナも隣に座るとしばらくふたりで雑談した。
「馬に乗れるなんて羨ましいな。魔術学院では乗馬は教えてくれないから」
「練習すると簡単だよ。馬を完璧に乗りこなすなら数か月はかかるけどね」
「はう~、やっぱり大変そうだね……」
レイナは肩を落としてがっかりする。
「馬が好きなの?」
「好きだよ。馬って優しい目をして可愛いよね」
「中には暴れるヤツもいるから気をつけないと」
「いつか馬に乗って旅をしたいの。馬車に揺られるのも好きだけどね」
「私も自分の馬で遠くまで出かけてみたいよ~」
湿原沿いに街道を進んでいくと、ポツンと小さな牧場が見えてくる。
隣の2階建ての綺麗な一軒家は宿屋のようだ。
風でなびく屋根の赤い旗は、王国のシンボルであるグリフォンが描かれている。
「王国の旗だ。雨の夜には幽霊が出るのに……。この辺りの人たちって怖くないのかな?」
「さぁ、あくまで噂だからどうだろうね」
私たちが話していると、奥で休憩している兵士のおじさんが教えてくれた。
「そこは王国が管理してる牧場だ。宿屋もしてるが建物が小さいからな」
「さすがに全員で宿泊するのは無理だよね……」
「そういうこと、俺たちには関係ない話さ。どうせ今晩は草原で野営することになるからな」
「はぁ~、それまでに雨やまないかな」
「雨の中の野営は大変だからね」
無事にドラゴンを倒せたら、帰りはこの牧場に立ち寄るかもしれない。
ここだとレミーユ湿原の中間辺りよりも、セドナへの街道寄りの位置になるはずだ。
しっかり牧場の場所を覚えておく。
こうして馬車は走り続けて、レミーユ湿原を抜けて草原地帯まで出ることができた。
日暮れ前には雨もやんで悲しげな夕焼け空が広がっている。
暗くなってからの移動はあぶないので、そろそろ野営の準備をする時間だ。
遥か北のベルドット山脈の頂が、薄っすらと藍色に染まっていた。




