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26. 軍靴の音

 翌朝、曇り空で小雨が降っている。

 私は出発の準備をして、冒険者ギルドの前でレイナが来るのを待っていた。


「今日は雨か……」


 空を見上げると、どんよりした天気で気分も落ち込んでしまう。

 しばらくしてレイナがギルドに到着した。


「おはよう、今日は雨だね……」


 レイナが手のひらで雨粒を確認する。


「昨日じゃなくてよかったよ。せっかくの観光が台無しになるからさ」

「それもそうだね。はい、これ」


 レイナから剣を受け取る。


「ありがとう。昨日はちゃんと眠れた?」

「ぐっすり眠れたよ。薬品もちゃんと準備してきたから」


 レイナが肩に掛けている鞄をポンと叩く。

 どうやら準備万端のようだ。


「忘れ物もないよね。それじゃ行こっか」

「うん」


 ☆☆☆


 早朝の冒険者ギルドは人も少なく、私たちを担当してくれた受付のお姉さんの姿も見えなかった。

 受付の前には大きな軍用のリュックが置かれている。

 ソファーに座ってしばらく待っていると、昨日の受付嬢が息を切らしながらギルドに入ってくる。

 私が手を振ると、お姉さんは慌てた様子で駆け寄ってきた。


「はぁはぁ……おはようございます。ふたりとも準備はできてますか?」

「はい、いつでも出発できるよ」

「この中に必要な物資を全て入れてあります。レーションも入れたので、おふたりも食べてもらってかまいませんよ」

「ありがとう、助かります」

「ちょうど国境警備隊がゼーレに向けて出発するので、途中まで馬車に乗せてもらってください」

「国境警備隊の馬車にですか? わかりました……」


 どうやら国境警備隊に途中まで運んでもらえるってことらしい。

 すでに話を付けているようだけど、国境警備隊の兵士たちは嫌がっているかもしれない。

 できれば私たちにも馬車くらい用意してほしかった。


「それでは時間もないので東門に向かいましょう」

「このリュック重そうだね」

「私が背負うから、よいしょっと……うっ」


 この大きな軍用のリュックはかなり重い。

 中には薬品や医療道具、食品などがパンパンに詰め込まれているようだ。

 後ろからレイナと受付嬢が支えてくれて少しだけ軽くなった。

 こうして私たちは急かされるように東門へと向かった。


 ☆☆☆


 ルミナスの東門では、大勢の人が兵士たちを見送ろうと集まっていた。


「なんかこういうの見ると戦争でも始まりそうな気がして嫌だね」

「きっとゼーレの町や周辺の砦に配属されるんだよ」

「帝国が妙な動きをしてると聞いてます。情勢もきな臭くなってきましたよ」

「ところで私たちの乗る馬車は……」

「ちょっと部隊長殿を探してきます。邪魔にならないところで待っていてください」

「はーい」


 そう言うと受付嬢は、兵士たちがいるテントのほうに走っていく。

 私がぼーっと考え事をしながら歩いていると、前から歩いてきた少年とドンとぶつかった。

 どちらもよそ見をしていたようだ。


「いたた、キミ大丈夫?」

「いてて、お姉ちゃんごめんよ」


 少年はかなり慌てていた。

 レイナが駆け寄り少年の怪我の状態を確認する。


「ぼく、擦りむいてるけど大丈夫? ちょっと見せてもらえるかな」


 レイナは少年に治癒魔法を使ってあげた。


「はい、これですぐに擦り傷は治るよ」

「ありがとう。魔女の姉ちゃん」


 少年は落ち着かない様子で兵士たちのほうを見ている。


「兵士に何か用事でもあるの?」

「うん、あの部隊に僕の父さんがいるんだ。だから出発前にこれを渡したくてさ」


 少年はポケットから綺麗に装飾が施されたお守りを取り出した。


「母さんと一緒に作ったんだ。中にキングなんとかっていう幸運を呼ぶ葉っぱが入ってるんだぜ」

「いいね、きっとお父さんも喜んでくれるよ」


 キングローリエの葉だ。

 兵士や旅人が彼の地で亡くなっても、不死として蘇らないようにと祈りを込めて作られたお守り。


「でも父さんがどこにいるかわからないんだ。もうすぐ出発なのに……」

「はう~、それは困ったね。お姉さんが探すのを手伝うよ」

「いいの? 僕の父さんは王国兵士の鎧を着て、口元に髭を生やしてるんだ」

「ちょっと行ってくるから、セラは荷物をお願いね」

「わかった。ここで休憩してるよ」


 私は大きなリュックを地べたに置いて、その上に腰を掛けて休憩することにした。

 濡れた地面のせいでリュックが少し汚れたけど気にしない。

 国境警備隊の兵士と、それを見送りにくる人たちをぼんやりと眺めていた。


(あの人たちは家族かな? 戦争か、兵士も大変だな……)


 小さな子供が兵士(父親)の脚に抱きついて離れようとしない。

 赤ん坊を抱っこした母親も困っているようだ。

 こういうのを見ていると、こっちまで胸がしめつけられる思いだ。


 最初は私も王国騎士になることに憧れていた。

 でも、王都を出てから考えが少し変わってきたのかもしれない。


 だんだんと雨脚が強くなってくる。

 レイナがぱちゃぱちゃと水をはねて駆け足で戻ってきた。


「あの子の父親は見つかったの?」

「うん。それから受付嬢さんが部隊長と話してるから集まってくれって。そろそろ出発するそうだよ」

「それじゃ行こうか」


 私は大きなリュックを背負ってテントへと向かった。

 受付嬢が手を振って私たちを呼んでいる。

 私は少し緊張していた。


「こちらは部隊長のカインドさんです。しばらくお世話になるのでご挨拶を」

「騎士団からの要請でドラゴン討伐の援軍に向かいます。途中までご一緒させていただきます」


 私はビシッと騎士団の敬礼をキメる。

 レイナは三角帽子を脱いで深々とお辞儀をした。


「あぁ、聞いてるよ。この面倒な時期にドラゴンの相手か、キミらのような若い冒険者も大変だな」

「はぁ……」


 本当は派遣騎士だけど忙しそうなので詳しい説明はしなかった。


「北の演習場跡地だったな。送るのはそこまでだ。後は歩いて野営地点まで向かってくれ」

「はい。わかりました」


 部隊長のおじさんと話をしていると、先ほどの少年とその父親もやってきた。


「うちの息子が世話になったようですまないね」

「いえ、気になさらないでください」

「お姉ちゃんたち、荒れ地にドラゴンを倒しに行くの?」

「まぁ援軍部隊としてだけどね」


 少年は瞳をキラキラさせながら私たちを見ている。


「すげぇ! うちの父さんは国境を守りにいくんだ。帝国のヤツらが悪さしないようにって」

「それは心強いね」

「もし戦争になってもレサリア王国が負けるわけないよね?」

「ははは、もちろんだ。父さんたちの王国騎士団は、大陸で一番強くて誇り高い軍隊だからな」


 父親は子供の頭を撫でる。

 少年は照れくさそうに微笑んで嬉しそうだ。


「部隊長、そろそろ出発しますか」


 近くの兵士が確認をする。


「あぁ、出発だ。各自、馬車に乗れ!」


 部隊長が号令をかける。

 私たちは自己紹介をする暇もなかった。

 周囲の兵士たちが次々に馬車に乗り込んでいく。


「キミたちは最後尾の馬車だ。くれぐれも我々(兵士)の邪魔にならないでくれよ」

「わ、わかりました」


 私とレイナは緊張のあまり顔が強張っていた。


「それではおふたりとも、ご武運を。戻ってきたら話を聞かせてくださいね」

「お姉さん、いろいろありがとう」

「いえいえ、ゆっくりお見送りしたいけど、私も早く戻らないといけません」


 朝のギルドは仕事を探す人たちであふれるから忙しそうだ。

 お姉さんは雨の中を駆け足でギルドに戻っていく。

 私たちも急いで最後尾の馬車に乗り込む。

 雨が激しく降り始めた。


 いつの間にか兵士を見送りにきていた人たちも少なくなっていた。

 前方の馬車が動き出したのか、馬の蹄と車輪がきしむ音が聞こえてくる。


「俺たちも出発するぞ」


 手綱を握っている兵士の声が聞こえた。

 私たちの馬車もゆっくりと音を立て動き出す。


「騎士と魔女の姉ちゃ~ん」


 さっきの少年が駆け寄ってきた。

 どうやら私たちを見送ってくれるようだ。


「無事にドラゴン倒して戻ってこいよな」

「もちろんだよ! それよりキミ、風邪ひくなよ」

「へへへ、大丈夫だって」

「それじゃあ、またね」


 少年はずぶ濡れになっても笑顔で手を振っていた。

 私とレイナも少年に手を振り返す。


 雨で霞んだルミナスの町が徐々に遠ざかっていくのが見える。

 魔術街を観光した昨日のことを、まるで懐かしい記憶のように思い返した。

 雨の匂いを感じながら……。

 そこには馬車が走る音と雨音だけが静かに響いていた。

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