22. 黒猫歌劇団
翌朝、ふかふかのベッドでぐっすりと眠って体調は万全だ。
洗面所で顔を洗っていると少し遅れてレイナも起きてくる。
なんだかまだ眠たそうに目をこすっている。
私は歯を磨きながら朝の挨拶をした。
「おはお~」
「おはよう、昨日は読みたい本があって夜更かししちゃったよ……」
「こうはあさからまちをかんこおだお。らいじょぶなお?」
「ごめん、大丈夫だよ。行きたいとこがあったら、あたしが案内するから」
今日の案内もレイナにまかせることにする。
部屋で支度をしていると、メイドさんが朝食を運んできてくれた。
「おはようございます。朝食の用意ができましたので、よろしいでしょうか?」
「ありがとう、どうぞ」
メイドさんが料理をテーブルに並べていく。
高級ホテルの朝食は、フレンチトーストにオムレツとベーコンだ。
蜂蜜をたっぷりといれた紅茶のいい香りがしてくる。
なんて優雅な朝食なんだろうか。
フレンチトーストはしっとりして甘く、オムレツの卵は中がトロトロふわふわ、ベーコンはよく焼けてカリカリ。
最後にデザートの果物まで食べるとお腹いっぱいだ。
「ごちそうさま、お腹いっぱいだよ~」
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「いえいえ、ありがとうございます」
メイドさんはにっこりと微笑んだ。
朝食のあとは少し休憩をしてからホテルを出ることにする。
ロビーに降りるとメイドさんが見送りにきてくれた。
私たちも彼女にお礼の言葉を伝える。
「お客様、当ホテルはいかがでしたか?」
「部屋も綺麗で豪華だし、メイドさんのサービスが最高でした!」
「料理もとても美味しかったです」
「お褒めいただき光栄です。お嬢様、またルミナスに立ち寄られた際は、ぜひ当ホテルへお越しくださいませ」
「あっ、はい。ぜひまた……」
メイドさんは深々とお辞儀をする。
私は力なく返事をした。
どこかで一攫千金でもしない限り、こんな高級ホテルに泊まるなんて二度とできないからだ。
でも、最後は笑顔でホテル・セイレーンを後にする。
大理石の階段を下りているときに、レイナが嬉しそうに話しかけてきた。
「ありがとう。こんな高級ホテルに宿泊できたなんて夢みたいだよ」
「喜んでもらえてよかったよ」
「部屋も豪華だし料理も美味しかったね。あのメイドさんも優しかったし」
「さすが高級ホテルって感じ。でもこれで満足するのは早いよ」
「えっ、どういうこと」
「今日は一日、魔術街を観光して遊びまくるの!」
幸いにもこの日は休日。
町ではなにか面白そうな催しでも開かれているはずだ。
☆☆☆
天気もいいから町を観光するには絶好の日だ。
お金はまだあるけど、私の今晩の宿屋代くらいは残しておかないといけない。
「どこか行きたいとこはない?」
「お腹もいっぱいだし、ゆっくりしながら楽しめる場所がいいかな」
「それなら歓楽街の歌劇場でお芝居でも観ようか?」
「いいね、月と雪の女王してるかな~」
レイナの案内でルミナスの歌劇場に向かう。
休日だからか歓楽街は昨日よりも人が多く、戦争が始まりそうな雰囲気は微塵も感じられなかった。
「なんか平和だよね~」
「そうだね~」
歓楽街を進むと歌劇場が見えてくる。
王都の劇場よりも大きく、ルミナスらしく綺麗で美しいレンガ造りの建物だ。
受付横にある掲示板で今日の出し物を確認する。
「なになに、今日の演目はレサリア騎士団の栄光? なにこれ……月と雪の女王は?」
「日によって違うのかな。もしかして公演が終了したとか」
「えぇ~、ずっと楽しみにしてたのに……」
私たちが掲示板の前で嘆いていると、劇場から黒いフードをかぶった女性が出てきた。
よく見ると黒のフードには猫耳がぴょこんと可愛くついている。
紫のカールした髪はオシャレで、ここの劇団員というのがすぐにわかった。
猫耳の女性は申し訳なさそうな顔をして話しかけてくる。
「あの~、会話が聞こえてしまって、その……月と雪の女王のことなんですが……」
「もう終わっちゃったの?」
「はい、その作品は急遽上演が中止となりまして、これからはレサリア騎士団を称える作品だけを上演します」
「えっ、騎士団を称える?」
私が聞き返すと、劇団員の女性はキョロキョロと周囲の様子をうかがった。
そして小さな声で事情を説明してくれた。
「戦争になるかもしれないときに娯楽の芝居をするなと、騎士団に警告されたんですよ。民衆に騎士団の偉大さを伝えるため、兵士の士気を上げるために演目を変更しろと」
「うわぁ、そんなことがあったんだ。騎士団もちょっと酷いね」
「そうなんです酷いんですよ。なので人気の劇も当分の間は騎士団賛美の作品と変更となります」
それを聞いて私は心底がっかりした。
ここまで来て旅の楽しみにしていた月と雪の女王の劇を観られないなんて……。
近づく戦争の影響がこんなところにも出始めていた。
「せっかくなのに残念だね。どうしようか」
「レサリア騎士団の栄光か……。これってお姉さんも出演してるの?」
「はい、王都の呪い師役で出演してますにゃ。よければぜひ見物していってくださいにゃ」
お姉さんは可愛く猫の手のポーズをして語尾に『にゃ』をつける。
私たちも負けじと対抗する。
「せっかくなので見物していきますにゃ」
「はにゃ~ん、楽しみだにゃ」
「ありがとうですにゃ。もうすぐ午前の公演が始まりますから」
「はーい、お芝居楽しみにしてるね」
にっこり微笑むと猫耳フードのお姉さんは歌劇場の中に戻っていった。
私たちは受付で観劇料を払ってから中に入る。
ルミナスの歌劇場は歴史を感じさせるほど古い建物だ。
しかしその内装は、日常から離れた場所のように豪華で美しい空間が広がっている。
壁に描かれた金箔の彫刻、天井に吊るされた大きなシャンデリア。
どこからともなくピアノの優しい音色が聞こえてくる。
この演目は人気がないのか、休日でも観客が少なく空席も目立っていた。
そのおかげで1階中央の舞台がよく見える席を取れたのは嬉しい。
赤いビロードの椅子に腰を掛けて、開演するまでレイナとお喋りしながら待つことにした。
「レイナはどんな芝居が好きなの?」
「あたしは女性が主役の物語が好きかな。魔女や錬金術師とか、子供のころから憧れもあるから」
「あぁ~、それなら騎士の話は楽しめないかもね」
「セラは月雪以外でなにが好きなの?」
「えっとね。となりのトロールでしょ、魔女の郵便屋さんも好き、パメルの壊れた城もよかった」
「はう~、魔女の郵便屋さんはあたしも好きだよ。何度も本を読み返して」
「コホン」
後ろの男性が咳ばらいをする。
きっと私たちの話し声がうるさかったんだと思う。
しばらくしてピアノの演奏が終わると、静かに舞台の幕が上がった。
演劇の内容は、騎士団を称えるための真面目な物語だけど、所々で子供向けの作品かと思わせるような演技や台詞が目立っていた。
黒い猫耳フードのお姉さんも、猫っぽい動きと語尾に『にゃ』をつけて観客たちの笑いを取る。
コミカルな歌とダンスも組み合わせながら、真面目なストーリーを面白おかしく表現していた。
もし家族連れがいたなら、子供は大喜びでこの演劇を観ているはずだ。
最後には温かい拍手と歓声が送られる。
こうしてルミナス歌劇団の公演は幕を下ろした。
「意外と楽しかったにゃ」
「本当ならもっとお堅い演目だよね? 童話というか子供向けの演出だったけど……」
「それはきっと、騎士団の理不尽な要求に反抗したんだよ。劇団員の人たちが皮肉交じりにさ」
「でもミュージカルみたいで面白かったね」
「そうだにゃ~」
またいつか戦争の影が消えたら、ルミナス歌劇場まで足を運んでみようと思う。
今度こそ月と雪の女王を鑑賞するんだ。




