21. 煌びやかな夜
いつのまにか窓の外は夕焼け色に染まっている。
部屋の中も薄暗くなってきたので、メイドさんがシャンデリアのロウソクに火を灯してくれた。
ランプも置かれているから日が暮れても部屋は明るかった。
部屋でくつろいでいたら私のお腹がぐーっと鳴る。
すると絶妙なタイミングでドアがコンコンとノックされた。
「夕食をお持ちしました。よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ~」
私たちは待ってましたと言わんばかりにテーブルの席につく。
メイドさんがテーブルに次々と料理を並べていく。
「うわぁ、凄い豪華」
「はう~、美味しそうだね」
「当ホテル自慢の魚介と野菜を使用した特選コースとなります。この料理には白ワインがおすすめですが、いかがなされますか?」
「えーっと、それなら白でいいよね?」
「あたしはそれでいいよ」
本当はフルーレの赤ワインのほうが好きだけど、せっかくだから白ワインを選ぶことにした。
魚料理にはこちらのほうが合うそうだ。
「セントノエル地方で収穫された白ブドウが使われています。冷涼な気候で育てられており、酸味と甘味もあり美味しいですよ」
メイドさんがグラスにワインを注いでくれた。
私たちはフォークとナイフを持ち、とびっきりの笑顔で料理を口に運んだ。
白身魚のムニエルはオリーブの風味があり、焼き加減も絶妙でとても美味しい。
付け合わせの野菜も彩りよく美味しく味付けされている。
「この魚はルピス海で捕れたものですか?」
「はい、アンワスで捕れた魚介を、鮮度を保つため氷で冷蔵して輸送してます。氷は雪国から運ばれてきたものを使用しました」
アンワスの港町は、ルミナスから遥か西に進んだ場所にある。
サンドラ王国には港から船で海を渡らないといけない。
わざわざ氷まで準備してルミナスまで運んでくるのは手間もかかる。
港町以外で魚料理が出されるのは珍しく、ひさしぶりに海鮮料理を口にすることができた。
「このムニエルも美味しいよ。白ワインともよく合うね」
「それはよかったです。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください。その後でデザートもご用意いたしますので」
「ありがとう」
ムニエルの次は、魚介と野菜たっぷりのトマトソースのパスタだ。
トマトの甘酸っぱさと魚介のまろやかな風味が、パスタと絡み合って相性も抜群だ。
貝やエビが入った具だくさんのスープも美味しかった。
そして最後はお待ちかねの。
「デザートをお持ちしました。レモンとルミナスの名産であるハチミツをたっぷりと使った特製ケーキです」
「そういえばここの名産だったね」
「ルミナス周辺には養蜂場が多いから、ハチミツや蜜蝋のほとんどはここで生産されてるんだよ」
「なるほど、知らなかったよ」
メイドさんが紅茶をいれてくれた。
レイナはケーキを一口食べてにっこりと微笑む。
「どれどれ……あっ、甘いね」
「ハチミツのお菓子は人気なんだよ。魔法を使うと甘いものが食べたくなるからね」
「なんとなくわかるよ。頭を使うと甘いものを食べたくなるよね」
レモンのおだやかな酸味と口どけの良い生地には、ハチミツがたっぷりと混ぜ込まれている。
やっぱり甘いものを食べると幸せな気分になれる。
食後に紅茶をゆっくりと飲んで一息つく。
「ふぅ~、お腹いっぱいだよ」
「はう~、美味しかったね」
さすが高級ホテル、豪華で美味しい料理とワインに大満足だ。
楽しい食事の時間が終わり、メイドさんがテーブルの食器を片付けている。
私たちはバルコニーに出て外の景色を眺めていた。
「魔術街の夜って綺麗だね。いたるところで魔鉱石が光ってるよ」
「魔力を注ぐと朝方まで発光し続けるんだよ。ここは魔法が使える人も多いからね」
さすが魔法都市だけのことはある。
夜の魔術街で一際目立っているのが学院の魔術塔だ。
艶やかな魔鉱石のランタンが淡く色とりどりの光を放っている。
「もっと高い場所から夜景が見たいな。さすがに塔の中には入れないよね?」
「そこは学院が管理してるから、塔の中に入ってみたいの?」
私は力強くうなずいた。
せっかくルミナスまで来たわけだし、こんなチャンスはもう二度と訪れないかもしれない。
レイナは少し考えているようだ。
「塔の上から夜の町を眺めてみたいの。ダメかな?」
「わかったよ。それなら夜の魔術街を散歩しようか。たぶん塔の中にも入れると思うから」
「えへへ、さっそく出かけようよ」
私はレイナと一緒に上機嫌で夜の魔術街へと繰り出した。
☆☆☆
日が沈むと魔術街は人通りが少なくなっている。
辺りを照らしている魔鉱石のランタンがとても艶やかで綺麗だ。
剣は持ってきてないけど、兵士が巡回しているから治安はそこまで悪くないはずだ。
夜の魔術街を歩いていると、昼間は閉まっていた店が営業を始めていた。
店先からは香料のような少し鼻につく匂いが漂ってくる。
「煙たっ! これなんの香りなの?」
「ハーブにエーテルをかけて燃やした匂いかな? はぁ~、これを嗅ぐと落ち着くんだよねぇ」
レイナは香料の匂いを嗅いでうっとりしている。
私には鼻がツーンとして煙たいだけだ。
通りから奥の路地では、数名の女性が並んで立っているのが見えた。
魔鉱石のランタンに照らされた彼女たちは、薄着のドレスに身を包んで柔肌をあらわにしている。
どうやら誰かを待っているようだ。
「あのお姉さんたちってもしかして……」
「あんまり見ちゃダメだよ。付近にはそういう娼館があるから……」
「なるほどね。王都ならすぐに兵士がきて怒られるか牢屋行きだよ」
「ここは兵士や観光客も利用するからね。誤解されないうちに早く行こう」
あの路地の近くで立っていると、私たちまで客を待っているのかと勘違いされてしまう。
こんなこと王都ではありえない光景だ。
夜の魔術街はちょっぴり大人の雰囲気が漂う刺激的な場所だった。
魔術街を抜けて大通りを進むと魔術学院が見えてくる。
さすがに学院の近くは、夜でもいやらしくはないけどちょっと怖い雰囲気だ。
「なんか昼間と夜でぜんぜん違くない? ガーゴイルの石像が怖いんだけど……」
「魔術学院の七不思議であるんだよ。夜になると石像が動き出すって話が」
「それって誰かの作り話だよね?」
「うん。ただの石像だし動き出したりしないから安心してね」
石像が置かれている柱の松明がメラメラと燃えている。
炎で映し出されたガーゴイルは、今にも動き出しそうなくらい不気味に見えた。
そういえば騎士学校にも七不思議があった。
「騎士学校にも首なし騎士の話があったよ。訓練中に誤って首を刎ねられて、その死体が夜な夜な自分の頭を探して彷徨うの」
「本当なら可哀想な話だね。首無し騎士は誰かの作り話なの?」
「それが実際にアンデッドとして蘇って動き出したんだよ。その後はちゃんと埋葬されたけどね」
「はうっ!? 首なし騎士は本当にいたんだ……」
レイナは驚いて目を丸くした。
ふたりで雑談しながら広場を歩いていると、魔術塔の入口が見えてくる。
見張りもいないので学院の関係者なら誰でも入れるようだ。
夜空に向かってそびえ立つ魔術塔を、下から見上げてみるとその高さがわかる。
王都にあるレサリア城よりも高いかもしれない。
「近くで見ると迫力があるね。これ倒れたりしないよね?」
「大丈夫だよ、頑丈に作られてるから」
「最上階まで登ろうよ」
「それと、誰かとすれ違っても何も言わなくていいからね」
「もしものときはここの生徒のふりするから」
「だ、大丈夫かな……」
誰かに声をかけられませんように、私はそう祈りながら塔の中に入った。
各階には研究室と実験室、中央には移動用のリフト、その横には階段が上の階へと続いている。
「リフトは誰か使ってるみたい、面倒だけど階段で上がろうか」
「そうしよっか、もし誰かと一緒に乗ることになったら気まずいしね」
夜だから塔に残っている教員と生徒は少なかった。
実験室からは明かりが漏れて、耳をすませば人の話し声が聞こえてくる。
日が沈んでも熱心に何かの実験をしているようだ。
私たちはひたすら階段を上りながら最上階を目指した。
階段の壁には絵画が飾られていて、誰かの肖像画と魔物や悪魔などが描かれている。
それが魔鉱石のランプの光に照らされて少し不気味だ。
「魔術塔の雰囲気って慣れるまでちょっと怖いね」
「そうかな? 魔物とかアンデッドはいないから安心して」
怖がる私を見て、レイナはくすくすと笑っている。
魔術塔の最上階までは長く、しばらく階段を登り続けることになった。
「はぁはぁ……これいい食後の運動になるわ……」
「普段はリフトを使うんだけどね。ほら、あと少しだよ」
ようやく最上階の展望台が見えてきた。
扉を開けて塔の外に出ると、冷たい夜の風が容赦なく吹きつけてくる。
レイナは三角帽子が飛ばされないように押さえている。
私は風でなびく髪を押さえた。
「はわわ、あぶなかったよ」
「最上階は風があるね」
かなり高くてちょっと怖いけど、魔術塔の展望台からルミナスの町を一望した。
漆黒の闇夜の中、松明の炎と魔鉱石のランプの光が町中に散りばめられている。
色とりどりの灯かりが夜の町で淡く光り輝いているのが見える。
とても幻想的で美しい光景だった。
「うわぁ、ルミナスの夜景……すごい綺麗……」
「はう~、こんなに綺麗だったんだね。夜にここ来るの初めてなんだ」
「ルミナスにいてこの夜景を知らないなんてもったいないよ」
「たしかにそうだね」
私たちはしばらくルミナスの夜景に見惚れていた。
「レイナ、ありがとう。これを旅の思い出にするね」
「あたしも思い出にしようかな。喜んでもらえて嬉しいよ」
レイナはにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
上から夜の町を眺めていると、一部だけ灯かりもなく黒いペンキで塗りつぶしたかのように、真っ黒な場所があるのに気づいた。
私は灯りのないほうを指差した。
「ねぇ、あそこだけ暗いんだけど……」
「あっ、そこは新月地区だよ。最下層の貧しい人たちが暮らしてるの」
「そうなんだ。夜でも灯りがないのは寂しいよね」
「そこは町でも治安が悪いから近づかないほうがいいよ。観光客もそこだけは避けるから……」
「わかった、気をつけるよ」
こんなにも煌びやかな夜なのに、灯かりをつけることすらできないなんて……。
王都でも橋の下や下水道で暮らしている人たちがいる。
私とレイナもお金はないけど、たまには贅沢したりもできるから、まだ幸せなのかもしれない。
夜の風にあたり少し体が冷えてしまった。
「そろそろホテルに帰ろうよ。暖かいふかふかのベッドが待ってるよ」
「戻って休もうか、今晩はぐっすり眠れそうだね」
「うん、明日は朝から観光だからね」
私たちはホテルに戻って休むことにした。
ふかふかのベッドは寝心地がよく、朝までぐっすりと眠ることができた。




