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20. 貧困お嬢様

 私たちは今晩泊まるホテルを探しながら魔術街を歩いていた。

 昼間だからか町の住民と観光客の姿も多く見られる。

 通りには飲食店や娯楽施設から、錬金術や魔術道具を扱う一風変わった怪しい店まで並んでいる。

 一部の店は閉まっていて、どうやら日が沈んでから営業を始めるようだ。


「お金はあるんだし高級ホテルに泊まりたいよ。どこかいいとこないの?」

「高級といえば、ホテル・セイレーンが人気でおすすめかな」

「名前からして高そうだね。そこに行こうよ」

「はうっ!? 本当に行くんだ……」

「もっちろーん!」


 さっそくルミナスで有名な高級ホテルに向かうことにした。

 ここの案内はレイナにまかせるのがよさそうだ。

 魔術街の通りを歩いていくと真っ白で豪華な建物が見えてくる。

 美しい大理石の階段を上がると、そこがホテル・セイレーンだ。


「ここだよ。たしか一泊3,000ゴールドだったはず……」

「さすがに高いけど綺麗なホテルだね」


 レイナは少し気が引けているようだ。

 ホテルの階段でここの宿泊客らしき紳士のおじさんとすれ違った。

 毛皮のコートに宝石をあしらったアクセサリーを身に着け、いかにもお金持ちって感じの格好をしている。

 私たちが周囲から浮いて見えていないか心配だ。


「中に入るよ。落ち着いていこう」

「なんか緊張しちゃうよね」


 ホテル・セイレーンのドアを開けて中へ入っていく。


「いらっしゃいませ、ホテル・セイレーンへ」


 ホテル・セイレーンに入ると、専属のメイドさんが受付まで案内してくれた。

 涼し気な上品のフリル付きのメイド服はドレスのようにも見える。

 この服のデザインは、綺麗な模様の翼で海上を飛び交う、セイレーンという魔物を真似て作られているそうだ。

 受付には執事服を着こなした男性が立っている。


「よくお越しくださいました。いかがいたしましょうか」

「えーっと、ふたりで一泊お願いします」

「かしこまりました。おふたりで料金は7,000ゴールドとなります。よろしいでしょうか?」

「はい!」

「それではこちらにサインを」


 元気よく返事はしたものの、ちょっと緊張してしまい震える手で用紙に名前を記入した。

 一泊3,500ゴールドってさすが高級ホテルだけのことはある。

 レイナは不安そうに、私の袖を軽く引っ張り小声で話しかけてくる。


「はう~、いつのまにか値上がりしたのかな」

「そうみたいだね。このご時世だからしょうがないよ」

「本当にあたしまで泊まっていいの?」

「大丈夫、問題ないから心配しないで」


 これも旅の思い出だ。

 私は宿泊費の7,000ゴールドを支払った。


「ありがとうございます。それではお部屋までご案内いたしますので」

「どうぞこちらへ」


 メイドさんは優しく微笑むと部屋まで案内してくれた。

 私たちが宿泊するのは3階のふたり部屋だ。


 部屋に入った瞬間、その豪華な内装に感動して「うわぁ凄い」と声を出してしまった。

 豪華なシャンデリアと高級感のある家具にふかふかのソファーとベッド。

 隅の本棚には人気の書物がずらりと並べられている。

 私たちは荷物を置いて休憩することにした。


「このソファーふかふかだよ。座り心地も最高だしさ~」

「あれマホガニーの高級ベッドだよ。はう~、今晩はあれで眠れるのか」

「えへへ、楽しみだね」


 ソファーでくつろいでいると、メイドさんがティーセットで紅茶をいれてくれた。

 テーブルに移動して紅茶を飲みながら一息つく。

 香りが良くコクもあり、きっと高級な茶葉が使われているのに違いない。

 まるで貴族の令嬢にでもなった気分だ。


 ☆☆☆


「夕食まで少し時間もありますので、先にお風呂はいかがですか?」

「どうしよっか、レイナも一緒に入っちゃう?」

「えっ、それは恥ずかしいかな。お先にどうぞ」


 恥ずかしそうにしているレイナを見て、メイドさんがクスッと笑う。


「すぐにお風呂の準備をいたしますね」

「お願いします」


 私は防具を外してお風呂に入る準備をしていた。

 レイナはソファーに座って、本棚にあった小難しそうな本を読んでいる。

 しばらくしてメイドさんが部屋まで呼びにきてくれた。


「お客様、おまたせしました。どうぞこちらへ」

「それじゃ先に私が入っちゃうからね」

「あたしは本を読んでるから、ゆっくりしてきていいよ」


 そう言われたので、遠慮なくお風呂の時間を楽しむことにした。

 風呂場のドアを開けると、湯気と一緒にスーッとする香りが広がってくる。

 豪華なバスタブにはられたお湯には、病気予防や治療にハーブや薬草が使われているようだ。


「脚の傷に沁みないといいけど……」


 体を綺麗に流してから、ゆっくりとお湯に浸かった。

 修道院でコウモリに噛まれた傷口は、数日で塞がり薬湯が沁みることはなかった。

 大きなバスタブだから手足を伸ばして一日の疲れを癒やす。


「はぁ~、いい気持ちだな~」


 バスタブの横にある台には、ワインボトルとグラスが置かれていた。

 自分へのご褒美にグラスにワインを注ぎ、じっくりと味わいながら飲んでいく。

 あっさりした酸味と甘味もある美味しい赤ワイン。

 私の故郷であるフルーレの町を思い出す。


「これからどうなるんだろ……。ドラゴンなんて倒せるわけないのにルミナスまで来ちゃったよ」


 グラスに残ったワインを見つめながら、しばらくぼーっと考え事をしていた。

 コンコンと風呂場のドアがノックされて現実に引き戻される。


「はい?」

「お客様、髪をお洗いしましょうか?」


 さきほどのメイドさんの声が聞こえた。

 こんなことまでしてくれるなんて高級ホテルって凄い。

 高い料金を払ってるわけだし、遠慮する必要なんてないと思った。

 せっかくなのでメイドさんの好意に甘えることにする。


「お、お願いします」

「失礼いたします」


 緊張するというかちょっとだけ恥ずかしい。

 メイドさんは石鹸を泡立てると、私の頭を優しくマッサージするように指を動かした。

 とても気持ちよくてこのまま眠ってしまいそうだ。


「騎士の格好をしてらしたので、ルミナスには任務で来られたのですか?」

「えぇ、遠征任務でこの町に立ち寄ったので、せっかくだしホテルに泊まろうと思いまして」

「そうでしたか、当ホテルをお選びいただき光栄です。お嬢様のお世話もさせていただき何という至福なんでしょうか」

「そ、そんな……」


 お嬢様と呼ばれてしまった。

 きっとメイドさんは私たちのことを勘違いしているに違いない。

 本当のことを知ったら呆れられると思う。

 でも、今だけは貴族のお嬢様気分を味わいたかった。


 メイドさんは私の髪を洗い終えると、次は首と肩を優しく手で揉みほぐしてくれた。

 軽装とはいえ金属プレートの鎧を装着しているから、その重さで肩こりはするし首回りも痛かった。

 おかげで旅の疲れがとれた気がする。


 こうして優雅なお風呂の時間が終わった。

 メイドさんにお礼を言って、私は大満足でレイナが待つ部屋へと戻る。


「ここのお風呂はどうだった?」

「とくに薬湯風呂と、あとメイドさんのサービスが最高だったよ。足し湯して待ってくれてるから入ってきなよ」

「そうするね。どんなお風呂か楽しみだな~」

「どうぞごゆっくり」


 レイナがお風呂に入ってる間、私はソファーに座って本でも読むことにした。

 題名だけを見て面白そうな本を手に取ると、パラパラとページをめくり流し読みしていく。

 真面目に読む気もないので、物語がまったく頭に入ってこなかった。


「勇者と魔王、大盗賊ルイベルの冒険記、ヴァルドニア帝国の闇……。う~ん、つまんない」


 本を置いてソファーにもたれかかると、あくびをしながら背筋を伸ばす。

 ひとりだと眠たくなるし退屈だ。

 他に面白そうなものがないかと本棚を探していると、私が子供のころ好きだった童話『月と雪の女王』を見つけた。


 国民の態度に怒った雪の女王は、罰として雪の王国ごと国民を氷漬けにしてしまう。

 それを見た月の女王が、雪の国を救うために立ち上がるんだ。


 修道院でマルコから聞いた話だと、ちょうどルミナス歌劇場で上演しているらしい。

 せっかくルミナスまで足を運んだわけだし、これを観ないで旅を終えるのは損をした気分になる。


「どうせ悩んでもしかたないし、明日だけは楽しんじゃお」


 本をパタンと閉じて本棚に戻した。

 しばらくしてレイナが頬を染めてぽわぽわしながら部屋に戻ってくる。

 彼女の表情からして嬉しいことでもあったようだ。


「お風呂はどうだった?」

「はう~、お嬢様って呼ばれて髪まで洗ってもらえて、あとマッサージもしてもらったよ」

「よかったね。レイナお嬢様」

「は、恥ずかしいから!」


 レイナも高級ホテルのサービスに満足したようだ。

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