19. 魔女の憂鬱
ゆっくり観光もしたいけど、レイナと待ち合わせをしている場所に急いだ。
通りを歩いていくと石造りの大きな建物が見えてくる。
ルミナスの魔術学院だ。
私は学院の敷地内には入ったことがないので、ちょっとだけ緊張していた。
(門が開いてるから勝手に入っちゃおっと)
魔術学院の大きな門を抜けると、ガーゴイルの彫像がずらっと並んでいて、そこを進んでいくと噴水広場だ。
学院の噴水広場には、レイナと数人の女子生徒が話をしている。
魔女の三角帽子に黒いローブ風の制服、彼女たちも魔術学院の生徒のようだ。
でも様子が少しおかしかった。
見た感じ仲の良い友達同士ってわけでもなさそうだ。
「ねぇ、あなた学費はちゃんと払えるんでしょうね?」
「王都まで行って魔物を倒したから少しは……」
「へぇ~、お金を稼いできたんだ」
「ところでレイナちゃんはお金持ちのおじさまに、どんないやらしいことをしてさしあげたの?」
「そ、そんなことしてないから」
レイナは数人の魔女見習いに囲まれて意地悪なことを言われていた。
私は少し離れたところから様子を見る。
離れていても会話の内容はなんとなく聞こえてくる。
もし私があの中に割って入ると、さらにレイナの立場が悪くなり学院に居づらくなるかもしれない。
(どうしよう……でも見過ごすことなんてできないよ)
私はレイナの名前を読んで手を振った。
意地悪な生徒たちは、ちらっと私の顔を見るとばつが悪そうにしている。
「レイナ~、ごめ~ん。ギルドが混んでて遅れちゃったかも」
「あっ、大丈夫だよ。あたしも今着いたとこだから」
私が近づくと意地悪な魔女見習いたちは校舎のほうに戻っていった。
「あいつらって同級生なの?」
「そうだよ。あの子たちは家が裕福だから、お金のないあたしをよくからかってくるんだよね」
レイナは悲しそうに答えると深いため息をついた。
私も騎士学校でお金持ちの貴族の娘にからかわれたことがある。
「私も田舎から出てきたから、いいとこの娘に馬鹿にされてムカついたわ」
「セラはどこの出身なの?」
「フルーレだよ。ブドウ畑とワインで有名な小さな町」
「あぁ、そこ知ってるよ。景色も綺麗でいい町だって聞いたことがあるよ」
「レイナはどこの出身なの?」
「あたしはゼーレだよ。国境付近の貧しい町。今は砦への中継地点として賑わってるそうだけどね」
ゼーレの町はルミナスから遥か北東、北の荒れ地よりもさらに遠い、ヴァルドニアとの国境があるベルドット山脈の手前にある町だ。
王都からも遠いので私は一度も行ったことがない。
戦争のせいで故郷が賑わうっていうのは、レイナからしたら複雑な心境だと思う。
「立ち話もなんだし、あたしの部屋にこない? かなり狭いからあれだけど……」
「魔術学院の寮ってどんな部屋か見てみたいな」
「わかった、ついてきて」
レイナに案内されて魔術学院の学生寮に向かった。
☆☆☆
学院の敷地内を歩いていくと、木骨レンガ造のオシャレな学生寮が見えてくる。
庭の花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、ユニコーンのトピアリーも綺麗に管理されている。
建物の中はアンティーク家具と美しい装飾があしらわれ、いかにも魔術師が暮らしていそうなデザインだ。
レイナの部屋は1階、真っすぐ伸びた廊下の突き当たりの部屋。
「ここがあたしの部屋だよ、どうぞ」
「おじゃまします」
レイナの部屋は、魔女というより錬金術師のほうが似合いそうな雰囲気だ。
机の上には謎の液体で満たされた小瓶が並べられている。
棚の植木鉢には変な植物が花を咲かせ、窓にはコウモリや昆虫の羽が吊るされていた。
北側の部屋は日当たりも悪く薄暗くてちょっと不気味だ。
「これでも片付けたほうだけどね。椅子にでも座ってくつろいで」
「わかった」
私は椅子に腰をかけると、鞄からギルドで渡された買取明細を取り出した。
レイナに報酬を半分渡すことにする。
「そうだ、さっそくだけどこれ報酬ね。そこそこいい値段になったし山分けってことで」
私がお金を渡そうとすると、レイナは遠慮するように首を横に振った。
「ありがとう、それなら薬品と治療代だけ受け取るね」
レイナは500ゴールドだけ受け取ると残りを私に返してくる。
私は驚いて聞き返した。
「えっ、なんで?」
「セラが前衛で頑張ってくれたからだし、あたしなんて役に立てなかったから。残りは好きに使っていいよ」
「そんな……それはありがたいけどさ」
私も王都ではいろいろ支払いがあるとはいえ、レイナも学費の支払いに困っているはずだ。
「ここの払いとか大丈夫なの?」
「その……魔女試験を受けるにしても、先に滞納してる学費を払わないとだからね」
レイナは頬を染めて恥ずかしそうに答えてくれた。
「それだと足りないから、セラが装備を揃えたりするのに使ってよ」
「あ、ありがとう」
それでも私の滞納している宿舎の家賃にはぜんぜん足りなかった。
レイナの申し出は嬉しいけど、装備を揃えたとしてもドラゴン退治は成立しないだろう。
今ごろは騎士団の討伐隊がドラゴンを倒しているはずだ。
このお金の使い道が他にないかを考えてみる。
(どうしよっかな。私ひとりで使うのもなんか嫌だし……)
そういえば私は今晩どこに泊まるかを決めていなかった。
「この寮って生徒以外は泊まれないの?」
「本当はダメなんだけど、静かにしてるならこの部屋に泊まっても大丈夫かな」
「バレたら怒られそうで怖いな。それに今晩はお風呂にも入りたいよ」
「さすがに寮のお風呂は他の生徒に気づかれるだろうね」
残念だけど寮に泊めてもらうのは無理そうだ。
お金は10,000ゴールドもあるので節約する必要もない。
せっかくルミナスまで来たからには、豪華なホテルに泊まりたいし観光もしたかった。
そこで私は素晴らしいことを思いついてしまう。
「お金もあるんだし、今日の夜はホテルに泊まって豪遊しない?」
「えっ!? そのお金使っても大丈夫なの?」
「へーきへーき。ひとまずギルドの情報待ちだから、ドラゴンのことは忘れて一緒に遊ぼうよ」
レイナは目を丸くして驚いていたが、すぐに表情がニマニマしだしてくる。
「えへへ、ちょっと面白そうだね」
「そうそう、たまには勉強のことは忘れて息抜きするのも大切だよ」
どうせドラゴンは倒されているだろうし、レイナともこの町で別れることになると思う。
せっかくだから最後に気の合う仲間と思う存分遊びたかった。
これも旅の思い出だ。
「準備ができたら出発しようよ。今晩泊まるホテルも探さないとね」
「案内ならまかせて、この町には詳しいから」
「それじゃお願いね」
町中なら安全だろうし、剣は邪魔になるからこの部屋に置かせてもらった。
こうして私たちは上機嫌で魔術街に繰り出していく。
今回こそはゆっくりと観光できそうだ。
ドキドキとワクワクで私の胸は高鳴っていた。




