02. 草原の出会い
私はヘルム草原の街道を北に向かって歩いていた。
最初の目的地は隣にあるガロナの町だ。
「今日はいい天気だなぁ」
澄み渡った青空に、日差しがぽかぽかと暖かい絶好の散歩日和だ。
爽やかな風が草原を吹き抜けると、草花が気持ちよさそうに揺られている。
王都を出発したときは気分も落ち込んでいたけど、景色を眺めながら歩くうちにそんなことはすっかり忘れていた。
でも不安がまったく消えたわけじゃない。
所持金は全財産の500ゴールド。
お風呂がある宿屋に一晩泊まれるくらいの金額だ。
比較的安全な街道沿いでも、夜の野宿はひとりだと大変だし危険だから嫌だ。
お金を稼がないと、宿屋にも泊まれないし馬車にも乗れない。
「なにか簡単な依頼でもなかったかな?」
たしかゴブリン退治の依頼があることを思い出した。
王都のギルドには戻らないので討伐報酬はもらえないけど、戦利品は途中の町でも売却することはできる。
ガロナの町までは距離もあるので、魔物でも探しながら進むことにした。
街道から少し外れると、そこには見渡す限りの草原地帯が広がっている。
「なにか魔物でも出てくるといいけど……」
草原を歩きながら弱そうな魔物を探すことにした。
手に抱えている紙袋がちょっと邪魔だ。
美味しそうなリンゴとチョコレートの包みが顔を出している。
どこか座れる場所を見つけたら、そこで少し遅い朝食にしようと考えていた。
しばらく進むと、前方の草むらがわしゃわしゃと揺れる音がした。
そして1匹のスライムがぷにぷにさせながらこちらにやってくる。
スライムは軟らかくてべたべたした不思議な錬金生物。
人を襲うことは滅多にないけど、畑や花壇を荒らす迷惑なヤツだ。
「なんか様子がおかしい!?」
スライムは逃げるようにして私のすぐ横を通り過ぎようとした。
とくに見逃す理由もないので、剣でスライムの核となる部分を突き刺すと、スライムはブチャっと弾けて飛び散った。
私がスライムの破片を集めていると、こちらに向かって魔女の格好をした少女が走ってくる。
肩につかない長さのふわふわの金髪に青い瞳。
魔女の三角帽子、黒いローブ風の制服、手には魔術師が魔法を唱えるときに使う触媒を握っている。
おそらくルミナスの町にある魔術学院の生徒だと思う。
「すみません、こちらにスライムが逃げてきませんでしたか?」
少女は息を切らしながら話しかけてきた。
私は手に持っているスライムの破片を少女に見せる。
「もしかしてこのスライム?」
「はう~、もう倒してしまったんだね。ごめんなさい、あたしがもたもたしてるうちに逃げてしまって……」
少女はガッカリした様子で、自分が倒そうとしたスライムが逃げ出したことを謝ってきた。
ちょっと可哀想なので集めたスライムの欠片を渡すことにする。
「キミが狙ってたスライムなんでしょ? この素材はキミに返すね」
「えっ、いいの? ありがとう」
落ち込んでいた少女の顔が明るくなった。
「王都まで出てきたんだけど、こっちのスライムも狩られてるようだね」
「ルミナス周辺にもスライムはいるよね? どうして遠くのヘルム草原まで?」
「戦争が始まるって噂のせいで、素材目的で狩られて数が減ってきてるの。薬品やオイルの材料にも必要だからね」
「そうなんだ、知らなかったよ」
少女はため息まじりに事情を説明してくれた。
薬品やオイルの価格が値上がりすると、素材目的で弱くて倒しやすいスライムが狙われるのは当然だ。
私はちょっとだけスライムに同情してしまう。
しかたないので、この素材は諦めて他の魔物を探すことにする。
「付近に魔物でもいればいいけど……」
私は背伸びをしてキョロキョロと周囲を見渡してみる。
どこまでも草原地帯が広がり、ここからだと魔物の姿は確認できなかった。
「魔物を探してるの? それなら向こうの小川のほうでゴブリンが焚き火をしてたよ」
「ゴブリン!」
その言葉を聞いて私は笑顔になる。
少女がゴブリンを見かけた場所を教えてくれた。
「ちょうどガロナの方角だね。ありがと、さっそく倒しに行ってくるよ」
「それなら、あたしにも手伝わせてもらえないかな? スライムのお礼もしたいから」
魔術学院の生徒なら魔法も使えるだろうし、討伐を手伝ってくれるなら心強い。
悪い子には見えないし、一緒に戦うとしても信用はできると思う。
「わかった。そこまで案内してくれる?」
「こっち、ついてきて。少し歩くけどね」
私は少女に案内されてゴブリンがいる場所へと向かった。
☆☆☆
河原に向かって草むらを歩いていく。
せっかくなので歩きながら自己紹介をした。
「私の名前はセラ、王国で派遣騎士をやってるんだ」
「あたしの名前はレイナ、魔術学院の生徒で魔女見習いをしてるの」
やはり彼女は魔術学院の生徒だった。
私と同じくらいの年齢だと思う。
「ところでレイナはどんな魔法が使えるの?」
「攻撃魔法はファイアボールだけ、あとは傷と毒の治癒魔法を少しね」
「火の攻撃魔法と治癒魔法を使えるなんて心強いよ」
「えへへ、基礎的な魔法なんだけどね……」
レイナは照れながら教えてくれた。
しばらく歩いていると、河原のほうから焚き火の煙が見えてくる。
火を囲むようにして踊っているゴブリンが3匹、なにか動物の肉でも焼いているようだ。
ゴブリンは小型の魔物で、人の言葉を少しは喋れるが知能はとても低い。
群れると好戦的になり人を襲ったりもするから危険だ。
被害が出る前に倒しておきたい。
「もう少しだけ近づこう。敵に気づかれないようにね」
「わかった」
背を低くして草むらに隠れながら、敵に気づかれないぎりぎりの距離まで近づいていく。
なにか肉が焦げるような嫌な臭いがしてきた。
火を囲んで、まだゴブリンは騒ぎながら呑気に踊っている。
私は立ち止まり焚き火に向かって指を差した。
「焚き火に魔法を撃ってよ。その後で私が斬り込むから」
「や、やってみるよ」
攻撃魔法が使えるなら、遠距離から敵を不意打ちすることができる。
レイナは触媒を構えて意識を集中させる。
魔法の詠唱を始めると、触媒の先端に作られた小さな火玉が、空気と合わさって大きな火玉へと変わった。
「ファイアボール」
レイナの放った火玉は焚き火に向かって勢いよく飛んでいく。
彼女の声でゴブリンたちはこちらに気づいたが、驚いているのかすぐには動かなかった。
焚き火に直撃した火玉は弾け跳び、周囲で踊っているゴブリンに燃え移る。
「後はまかせて!」
私は草むらから飛び出すと、慌てふためくゴブリンを順番に斬りつけて倒していく。
3匹目は体に燃え移った火を消そうと川に飛び込もうとしている。
「ぎゃっぎゃっ、アツい……」
「逃がさない!」
すぐに追いかけて、その無防備な背中を剣で突き刺した。
ゴブリンを紫色の血を吐いて死んでいる。
どうやら全て倒せたようだ。
「ありがとう。レイナのおかげで楽に倒せたよ」
「そんなお礼なんて。ちょっと可哀想だけど無事に倒せてよかった」
「こいつら群れたら悪さばっかりするからしょうがないよ」
倒したゴブリンの死骸から、討伐報酬に必要な牙や戦利品を回収していく。
人から奪ったか盗んだと思われる装飾品とゴールドを持っていた。
戦利品は隣町の冒険者ギルドで換金する。
「よし、これでなんとかなるかな」
「けっこう燃えちゃったけど大丈夫そう?」
「気にしないで、ちゃんと牙と素材も回収できたから」
「それならよかったよ」
レイナはホッと胸をなでおろした。
これでゴブリン退治は完了だ。
無事に魔物も倒せたので街道まで戻ることにする。




