15. 吸血鬼病
帰りは何も起こらず、日が暮れる前にはガロナの町まで戻ることができた。
修道院の惨状を伝えるためにも、まずは町の教会に向かう。
教会は広場を抜けた先の町はずれの丘の上にある。
大通りを歩いていると、収穫祭のために飾られていたカボチャがなくなっていることに気づいた。
どうやら収穫祭が終わって全部片付けられてしまったようだ。
「ちょっと寂しいね。カボチャコンテストも見物したかったよ」
「収穫祭は来年もあるから、また一緒にくる?」
レイナが優しく微笑む。
「そ、そうだね。一緒に収穫祭を見たいね」
私は返事をはぐらかしてしまう。
来年は何をしているのか、どうなっているのかなんてまったくわからない。
この状況でそんな約束はできるはずもなかった。
広場を抜けて歩いていくと、町はずれの丘の上にあるガロナの教会が見えてくる。
木造の外観が素朴な小さな教会だ。
まだ日暮れ前なので教会の扉は開いている。
私たちが教会に入ると、奥から眼鏡をかけた優しそうなおじさんが出迎えてくれた。
おそらくこの人が神父様だと思う。
「おや? 冒険者の方でしょうか。どうなさいましたか?」
「すみません、月影谷の修道院のことでお伝えしたいことがありまして……」
「月影の修道院ですか? どうぞ、お掛けください」
私とレイナは椅子に座ると、修道院で起こったことを神父様に詳しく説明して聞かせた。
神父様は言葉を詰まらせながら話し始める。
「なんてことだ。月影の修道院でそのような恐ろしいことが起きるとは……。邪悪な魔物を倒していただき感謝いたします」
神父様は目に涙を浮かべると、私たちに頭を下げてお礼を言った。
「この事は教会本部に伝えておきます。責任を持ってそこで亡くなられた方々を弔わせていただきますので」
「ありがとうございます。後のことはお願いします」
修道院のことは聖堂教会にまかせておくしかない。
それから心配なことはまだある。
私は神父様に吸血鬼と戦ったときのことを詳しく聞かせた。
「そのとき敵の魔法を受けたかもしれません。もしかして私も吸血鬼になったりしてませんか?」
私は震えた声で神父様に尋ねた。
神父様は険しい表情をして考え込んでいる。
そして教壇に置いてある聖書を手に持つと、そのページをめくりながら静かに口を開いた。
「吸血鬼に関する病や呪いの類はいろいろと耳にします。サングレネア吸血症と呼ばれる病ですね」
「うぅ……なんか怖そうな病名ですね」
「吸血鬼に噛まれると発病する恐ろしい病です。日光を浴びると徐々に肉体が衰えていき、進行すると食べ物や水も受け付けなくなり、やがて人間の血液を欲するようになる……と」
神父様は真剣な表情で淡々と説明していく。
話を聞いていると背筋が冷たくなるような気がしてぞっとした。
「大丈夫? ちょっと顔色が悪いみたいだけど……」
レイナは私の顔を見て心配そうにしている。
そして優しく手を握ってくれた。
「なんか話を聞いてたら怖くなってきちゃってさ」
「気味が悪いよね。でもきっと大丈夫だから」
礼拝堂を照らしているキャンドルの炎が、ゆらゆらと不気味に揺れていた。
神父様は立ち止まると、胸にぶらさげている十字架を握りしめた。
「どうぞこちらへ、この彫像の前に立ってください」
「はい……」
私は恐る恐る椅子から立ち上がると、月の女神ルナの彫像の前に移動した。
神父様は私の隣に立つと、タリスマンを手に持ち目を閉じて魔法を詠唱し始める。
握りしめられたタリスマンが淡い光を放ち始めた。
その優しい光は私を包み込むと、徐々に光は弱くなり消えていった。
「えっ!? この魔法ってもしかして」
「聖なる光、アンデッドや呪いの類を祓う魔除けの効果もある魔法です」
神父様の手から放たれている光も徐々に弱くなってくる。
聖なる魔法による解呪が終わったようだ。
「もし吸血症に感染して放置していると、取り返しのつかない状態になります。しかしすぐに対処できれば発病することはありません」
「この魔法は知ってるけど、吸血症まで治療できるんだね」
「えぇ、発病前の状態ならですが……」
手で自分の体をぽんぽんと触って確認する。
どこか痛いとか怠いなどの身体の違和感はなかった。
「なんともありません。もう心配しなくても大丈夫ですか?」
「実際に感染していたのかはわかりませんが、これで体内から魔を浄化できたはずです」
「ありがとう、神父様」
神父様は優しく微笑んだ。
私は笑顔で神父様にお礼を言った。
解呪を見ていたレイナがこちらに駆け寄ってくる。
「何もなくてよかった。これでもう安心だね」
「えへへ、心配かけちゃってごめんね」
神父様は聖書を確認しながら、ほっとしたような安堵の表情で話し始めた。
「吸血症が進行すると治療は困難となります。セントノエルの医療教会で特別な儀式を行う以外に、吸血鬼から戻す方法はないと聖書に記されています」
セントノエルはここから遥か北西にある信仰都市だ。
私はまだ行ったことがないけど、聖堂教会の本部がある大きくて綺麗な町だと聞いている。
もし吸血症に感染して気づかずに冒険を続けていたら、途中で発病して大変なことになっていた。
ドラゴン退治どころではなくなってしまう。
「吸血鬼になると、その時の姿のまま不死となり生き続けなければなりません。やがて血液以外を受け付けなくなり、日光を浴びることもできなくなります」
「その時の姿のままですか……」
神父様の話を聞いていると、なんだか少し惜しいような気もしてくる。
誰だって年を取って老いていくのは嫌なはずだ。
とくに女性なら、若いうちに吸血鬼になるのは悪くないかもしれない。
「そう考えたら吸血鬼ってちょっと羨ましいかも」
「そんなふうに言っちゃダメだよ。吸血鬼に殺された人もいるし、吸血症で苦しんでる人もいるんだから……」
「あっ、ごめん……不謹慎だったね」
吸血鬼を羨ましがっているとレイナに怒られてしまった。
神父様は教壇に聖書を置くと、私たちを見つめて真剣な顔で話し始めた。
「永遠の命ですか……。ただ、若くして吸血鬼になれたとしても、途中で魔に心を蝕まれてしまい、いつのまにか人を襲う魔物へと変貌してしまう。だから不死になんて憧れを抱いてはいけませんよ」
「そ、そうですね」
たしかにその通りかもしれない。
吸血鬼になって人を殺してしまったら、そんなの絶対に嫌だし耐えられない。
永遠の若さを手にしても、クレアさんのようにはなりたくなかった。
もしかしたら彼女も被害者なのかもしれないけど、それでも人を殺したのは許せないと思う。
神父様と話をしているうちに、教会のステンドグラスからは夕日が差し込んでくる。
帰り際に神父様が聖水をひとつ分けてくれた。
「こちらをどうぞ、冒険に役立つといいのですが」
「神父様、ありがとう。アンデッドと戦うときに使わせてもらいます」
「お世話になりました」
「どうかお気をつけて……神のご加護を……」
私たちは神父様にお礼を言って教会を後にした。
☆☆☆
教会で話し込んでいるうちに、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
ここまで歩き疲れていたので休憩ができたことは嬉しかった。
でも暗くなる前にまだすることが残っている。
「もうすぐ日が沈むね。今晩泊まる宿も確保しないといけないし、ギルドにも報告に行かないと」
「きっとおかみさんも心配してると思うよ」
「時間もないし、ここは手分けしたほうがよさそうかな」
レイナと相談して二手に分かれて行動することにした。
私は冒険者ギルドで今回の依頼の件を報告して報酬を受け取る。
レイナには宿屋に向かってもらい、おかみさんに事情を説明して今晩泊まる部屋を確保してもらう。
「あとで宿屋で落ち合おう」
「こっちはまかせて。もうすぐ暗くなるから気をつけてね」
「あっ、宝石とかどうしよっか」
私の鞄の中には、戦利品である宝石があしらわれた装飾品が入っている。
小さな町のギルドで換金すると買い叩かれそうで嫌だ。
次の目的地は魔術街ルミナスだから、それなら大きな町のギルドで換金したほうが高値で買い取ってもらえそうだ。
レイナにもその事をきちんと伝えた。
「たしかにそれはあるよね。ルミナスで換金したほうがよさそうかな」
「そうしよ、そこまでの旅費はなんとかなりそうだし」
「セラにまかせるよ」
「それじゃ日が暮れる前に急ごう」
ちょうどその時、教会からは日暮れを知らせる鐘が鳴り響く。
小さな町の教会とは思えないほど、重厚で美しい鐘の音をしていた。
町はずれの丘の上から、夕暮れのガロナの町を眺めていると、まるで昨日の夜のことが嘘のように思えてしまう。
そこには平和に一日を終える町の風景が広がっていた。
煙突から出る煙、家路につく人々、窓から漏れる灯り、静かで優しい時間。
夕焼け空には薄っすらと星が瞬き始めた。




