13. 月夜の決戦
主聖堂から廊下に出ると階段に向かった。
正面玄関の扉は閉まったまま、1階から外に逃げてはいないようだ。
そのまま階段を駆け上がり2階に上がる。
廊下を進みながら順番に部屋の中も確認していく。
敵が隠れている気配はなかった。
私からすれば狭い屋内で戦うほうが有利だ。
聖水の効力が効いているから、敵が奇襲を仕掛けてきても掴まれたり噛まれることはないだろう。
それに接近戦なら、敵が聖水でひるんだ隙に返り討ちにすることもできる。
私がひとりで行動しているなら敵も襲いやすいはずだ。
(ここにはいないな……)
廊下の奥には狭い螺旋階段が続いている。
警戒しながら螺旋階段を上がると、その先には鐘楼があり修道院の鐘が吊るされていた。
修道女たちの祈りの時刻を知らせるための鐘だ。
柱の陰から屋根の上を確認すると、先程の魔物が待ち構えているのが見えた。
血のように赤い瞳、不気味なコウモリの羽、やはり敵は女吸血鬼だ。
月明かりに照らされた青白い肌は、透き通ったように冷たく不気味に見える。
美しい銀色の髪を潮風になびかせていた。
カーミラは不死生物で人間の姿をした女吸血鬼だ。
とくに若い女性が好みらしく、血を吸われると同属にされるという噂もある。
聖なる力や炎に弱く、対策さえできれば怖い相手でもない。
「やってやる!」
私は剣を握りしめて覚悟を決めた。
鐘楼から屋根の上に出る。
夜空には青白い三日月が海面を照らすように浮かんでいた。
修道院の屋根は広く、中央は平らになっているので普通に走ることもできる。
それでも足を踏み外すと下に落ちて大怪我をしてしまう。
聖水の効力がいつまで続くのかもわからない。
とにかく短期決戦を狙うしかなかった。
カーミラは低い声で、なにか呪文のようなものを唱えているのが聞こえた。
まだクレアさんの心が残っているのかはわからない。
でも人を殺すような魔物と対話する意味もないので、有無を言わさずカーミラに斬りかかった。
その直後、カーミラは背中の翼をバサバサと羽ばたかせながら上空に飛び上がる。
「これじゃ攻撃できない」
遠距離武器でもあれば撃ち落とせるのに……。
やはり外で戦うのは不利だ。
上空のカーミラが両手を広げると、ローブの中から数匹のコウモリが現れて襲いかかってきた。
月明かりとランタンで周囲を照らしても、夜空を縦横無尽に飛び回るコウモリに攻撃を当てるのは至難の業だ。
「このっ!」
飛び回る黒い影に剣を振っても攻撃を当てることができない。
コウモリを牽制しながら、わざとカーミラから視線を逸らし隙をつくった。
敵が攻撃のために降りてくるときを狙うしかない。
(攻撃してきてみろ、返り討ちにしてやる!)
コウモリを追い払っていると、上空からカーミラが急降下して襲いかかってきた。
首に噛みつこうと防具越しに私の肩を掴む。
その瞬間、カーミラは悪魔のような薄気味悪い声で悲鳴を上げた。
きっと触れた手は焼けるような痛みに襲われているはずだ。
「くらえっ!」
ひるんだ隙を突いてカーミラの腕を斬り落とそうと剣を振るった。
敵もすぐに飛び上がり上空に逃げようとする。
剣でカーミラの腕と翼を斬りつけて傷を負わせた。
深手を負わせることはできなかったが、背中の翼が破れて上手く飛べない様子だ。
(次に降りてきたら一気に倒してやる)
カーミラは鋭い爪で自分の腕を掻きむしっている。
剣にも聖水をかけてあるから、相当な痛みを受けて苦しんでいるはずだ。
血が月明かりに照らされて鮮やかな紅色に見える。
私は剣を構え直すと、羽音を響かせて今にも下りてきそうなカーミラに意識を集中させた。
そのせいで周囲の警戒を怠ってしまう。
脚に鋭い痛みが走る。
「痛っ!?」
見ると脚にコウモリが噛みついていた。
片方の手でこいつを掴んで、握り潰してから屋根に叩きつける。
服とスカート部分は厚手の布でコウモリの牙なら貫通できないのに……。
軽装鎧のスカート部分がめくれてしまい、脚が出ていた部分を噛まれたようだ。
「もう少しなのに……」
あとは上空の敵に気を取られ過ぎたのも失敗だ。
カーミラは屋根に下りてきたが、私が斬りかかる前に再び上空に飛び上がった。
「そうか、翼が破れてるから長く飛べないんだ」
飛び回るコウモリに注意しながら、カーミラが下りてくるときを狙って攻撃するしかない。
噛まれた脚の傷がズキズキと痛み出してくる。
頭の中まで響いてくるような、我慢はできるけど嫌な痛みだ……。
(うぅ……なにこれ……)
飛び回るコウモリを牽制するため、剣を振ろうとしても腕に力が入らない。
急に疲れてきたのか全身がだるく視界もかすんでくる。
そこまで動いていないのに息が上がり苦しい。
「はぁはぁ……もしかして毒!?」
噛みついてきたコウモリは即効性の麻痺毒をもっていたようだ。
私は毒消しを持っていない。
鞄の中にある薬品は、体力を回復して痛みを和らげるポーションだけだ。
徐々に立っていることもできなくなり膝から崩れ落ちた。
カーミラは上空から様子をうかがいながら、私が座り込むとゆっくりと目の前に降りてきた。
すぐに襲ってこないのは、まだ聖水の効力が残っているからだと思う。
(まずい、なんとかしないと殺されちゃう……)
気分も悪い、息も苦しい、目の前に敵がいるのに腕に力が入らない。
この体勢から立ち上がろうとしても、上空に逃げられたら剣での攻撃は届かない。
カーミラは赤い瞳を輝かせて私をじっと見つめている。
そして手のひらを突き出すと、真っ赤な不気味な靄が敵の腕にまとわりつく。
私に対して何かの魔法を詠唱しているようだ。
恐ろしいほどに感じ取れる殺気から、それが攻撃魔法だということはすぐにわかった。
☆☆☆
膝をつき動けなくなった私は、恐怖のあまり泣きそうになっていた。
涙と毒のせいで視界がぼやけて敵の姿がよく見えない。
次の瞬間、敵の背後に映る鐘楼が赤く燃えたような気がした。
「はぁはぁ……ひとりなら死んでたよ……」
レイナの放ったファイアボールがカーミラの背中に直撃した。
美しい銀髪と背中の翼に火が燃え移っていく。
カーミラは狂ったように悲鳴を上げながら悶え苦しんでいる。
私は力を振り絞って立ち上がった。
両手で剣を握りしめ、体重を乗せてカーミラの胸を目掛けて突進した。
剣はカーミラの胸を貫くと、そのまま敵は仰向けに倒れ込んだ。
カーミラの美しい顔は老婆のように変貌して、燃え尽きて灰となって闇夜に消えていく……。
「はぁはぁ……あぶなかった……」
なんとかカーミラを倒すことができたけど気分は最悪だ。
息を切らしてレイナが駆け寄ってくる。
「大丈夫? なんとか間に合ってよかったよ」
「助けて……コウモリに噛まれて毒が……」
「毒!? ちょっと待って」
レイナが慌てて解毒魔法を唱えてくれた。
痺れていた体が少しだけ楽になった。
けれどコウモリに噛まれた傷の鈍い痛みは残っている。
「これで体内の毒は消えたはずだよ。もう魔力が無くなりそうだから、あとはポーションで回復してね」
「わかった、ありがとう」
私は鞄からポーションを取り出してゆっくりと飲んだ。
落ち着いて緊張の糸が切れたのか、私は半泣き状態でレイナに抱きついてしまった。
「うぅ……レイナがいなかったらあいつに殺されてたよぉ~」
「もう泣かないで。セラが敵の注意をそらしてくれたおかげだよ」
レイナが優しく微笑んだ。
そして心配そうに私の体の傷を確認している。
「カーミラに噛まれたり、魔法を受けたりしてないよね?」
「えっと……使い魔のコウモリに噛まれたよ。あっ、カーミラが変な魔法を唱えようとしてた」
レイナはハッとしたように少し驚いた顔をした。
「それって吸血魔法かもしれないね。それを受けると吸血鬼にされるって噂だよ」
「えっ!? 私、吸血鬼になっちゃうの?」
「魔法を唱えきる前なら大丈夫だと思うけど……。心配なら町の教会で診てもらおうか?」
「そうしようかな、なんか怖いもん」
吸血鬼になんてされたら、まともな生活が出来なくなるし迫害されて酷い目に遭ってしまう。
それに人間の生き血を啜るなんて絶対に嫌だ。
「そういえばマルコはどうなったの?」
マルコのことを聞くと、レイナは悲しそうな顔をして首を横に振った。
「大量の血が抜き取られてたから、魔法ではどうすることも……」
「そっか、可哀想だね」
私は灰となったカーミラに近づいて死体を確認する。
そこに残っていたのは、吸血鬼の牙と遺灰、指輪やブローチなどの高価な装飾品。
燃えて黒焦げになった修道女のベールが落ちていた。
この装飾品は修道院に訪れた人を殺して奪い取った物だろう。
戦利品として大切に鞄にしまった。
「この修道院って誰もいないし、他の修道女やここに訪れた人も殺されたのかな?」
「おそらくだけどね。ほらっ、あれ」
レイナは修道院の荒れ果てた墓地を指さした。
屋根の上から見下ろすと、墓場の周りには無数のスケルトンがカラコロと音を鳴らして歩きまわっている。
戦闘に集中して今まで気づかなかった。
「全員ここで殺されたのか……」
「教会に伝えてちゃんと弔ってあげたいね」
その中に小さな子供のスケルトンがいるのを見つけた。
まるで母親を探すかのように、小さな骸骨は寂しそうに辺りを徘徊している。
それを見た私はとても悲しい気持ちになった。
もしかしたら、あの骸骨が行方不明の子供なのかもしれない。
修道院の屋上から望むルピス海は、月明かりに照らされて青白く輝いていた。
波と風の音、どこからともなく聞こえてくるアンデッドのうめき声。
早くこの悪夢のような夜が終わればいいのに……。
私たちは部屋に戻って夜明けまで休むことにした。




