12. 悪夢の夜
私は真っ暗な世界をひとりで歩いていた。
これが現実なのか、夢の中なのかもわからない。
暗闇の中をぼんやり歩いていると、どこからともなく女性の声が聞こえてくる。
その先に見える光に向かって進んでいく。
「……ラ……きて……。セラ、起きてってば!」
「えっ、お母さん?」
「お母さんじゃないから! すごい魘されてたけど大丈夫?」
目を覚ますとレイナの慌てた顔が見えた。
薄暗い部屋を、ランタンの灯りが不気味に照らしている。
まだ頭の中がぼんやりとして状況がよくわからない。
修道院は異様な雰囲気に包まれて、瘴気の影響からか鳥肌が立ちすぐには動けなかった。
「大丈夫だから、落ち着いてからでいいよ」
「はぁはぁ……。あ、ありがとう」
とても息苦しかった。
レイナが優しく私の体を抱きしめると、気分が良くなり呼吸も楽になってくる。
なんだか暖かくて不思議な感じだ。
「ごめん、レイナ」
「きっと悪い夢でもみてたんだよ」
「もう大丈夫だから……。それよりなにがあったの?」
レイナは触媒を手に持つと周囲を警戒している。
「よくわからないけど凄く嫌な感じがする……」
「この瘴気のせいだよ。マルコやクレアさんが心配だし探しにいこう」
私はランタンの灯かりを頼りに防具を装着していく。
指がふるえて装着するのにもたついてしまう。
レイナはドアの前に立つと、触媒を握りしめ魔法を撃てるように身構えている。
どこからなにが襲ってくるかもわからない。
「おまたせ、準備できたよ。それじゃ部屋を出てみようか」
「気をつけてね」
私は恐る恐るドアを開けて廊下に出た。
廊下は真っ暗、壁にかけられたオイルランプも全て消えたまま。
ランタンの灯かりと、窓から僅かに差し込んでくる月明かりだけが頼りだ。
「先頭を歩くから、後ろはレイナがお願い」
「まかせて」
レイナは触媒を握りしめ力強くうなずいた。
私は剣を構えて真っ暗な廊下をゆっくりと進んでいく。
廊下の途中まで進んだ辺りで、階段のほうからカラコロと不気味な音が聞こえてくる。
「なにか変な音が聞こえない?」
「誰か階段を上がってきてるような……」
カラコロという音は、階段を上がってこちらに近づいてきていた。
私はいつでも斬りかかれるように剣を構える。
ゆっくりと動く人影が見えた。
窓から差し込む月明かりに照らされたのは、旅人のローブを纏ったスケルトンだ。
骨と骨を擦らせながら、カラコロと鳴らしこちらに向かって近づいてくる。
「スケルトン!? どこから入ってきたの?」
骨だけで動く不気味なアンデッドでも、動いているだけなら恐れることもない。
私は近づいてきたスケルトンを蹴り飛ばすと、骨はバラバラになってその場に崩れ落ちた。
「どうしてアンデッドが……。これってまた動き出すよね?」
「心配しないで、聖水を持ってるから大丈夫だよ」
レイナは鞄から聖水を取り出すと、それを床に転がっている頭蓋骨に数滴ほど垂らした。
不死を聖なる力で浄化すると再び蘇ることはなくなる。
誰でも知っている常識だ。
「これでもう動き出すことはないはずだよ」
「やっぱり旅をするなら聖水は必需品だね」
散らばった骨を踏まないように、廊下を進んで階段を下りて1階に向かう。
修道院2階の正面玄関の扉は閉じられている。
クレアさんは戸締りをしていたから、ここから敵が侵入してくることはなさそうだ。
(それならいったいどこから……)
真っ暗な厨房や食堂には誰もいない。
テーブルにはジョッキや蜂蜜酒の瓶が置かれたままになっている。
マルコとクレアさんの姿はどこにも見えなかった。
私たちは廊下に戻って奥に進む。
その先が主聖堂だ。
☆☆☆
主聖堂の扉は半開きになっている。
扉前と廊下は明かりも一切なく真っ暗だ。
半分ほど開いた扉から中を確認すると、奥の祭壇にはいくつものキャンドルが並べられていた。
その炎が人影のようなものを映して揺れているのが見えた。
妙な気配がする……。
ゆっくりと静かに近づいていくと、ランタンの灯かりで徐々にそれが照らし出されていく。
祭壇には服を脱がされた全裸のマルコが寝かされていた。
マルコの上に跨るようにして、人型の魔物が首に噛みついている。
血が台座から滴り落ち、ぴちゃぴちゃと音を立てながら美味しそうに魔物は血を啜っていた。
とても怖ろしい光景だった……。
「あぁ……ぁぁ……ぁぁ……」
マルコは苦しそうにうめき声をあげている。
魔物は血を啜るのに夢中で、まだこちらには気がついていないようだ。
私はこの状況に困惑して攻撃することができなかった。
魔物はランタンの灯かりに気づいたのか、顔を上げ振り向くとこちらをじっと見つめている。
私はこの魔物と目が合った。
美しい銀髪、血のように赤い瞳、青白く艶やかな肌、薄気味悪い背中の翼、頭には修道女がかぶるベール。
「えっ、もしかしてクレアさんなの!?」
この状況を少しずつ理解できた。
私は冷静さを取り戻して魔物を怒鳴りつける。
「なにしてるの! マルコから離れろ!」
祭壇に駆け寄り、魔物を斬りつけてマルコから引き離そうとした。
魔物は翼を羽ばたかせ飛び上がると、私たちに目掛けて勢いよく突進してきた。
「あぶない!」
「はうっ!?」
レイナは魔物に突き飛ばされて椅子にぶつかった。
魔物は扉にもぶつかりながら廊下に飛び出して逃げていく。
すぐに後を追いかけると、奥の階段に向かって飛んでいく魔物の後ろ姿が見えた。
(どうする、追いかけるか)
それより今はレイナとマルコが心配だ。
すぐに主聖堂に戻る。
「レイナ、大丈夫?」
「うぅ……いきなりだから避けられなかったよ。あたしは大丈夫だから」
「あの化け物はクレアさんだよね? もう逃げたみたいだけど」
「それよりマルコさんが」
私たちは台座に駆け寄りマルコの状態を確認する。
首から血を流していて、すでに脈もなく心臓は止まっているようだ。
「ダメだ、さっきはまだ息があったのに」
「蘇生してみる。絶対に死なせたりしないから」
レイナはマルコに駆け寄ると、首の傷口にタリスマンをかざしてヒールを唱え始めた。
マルコのことは彼女にまかせることにする。
私は騎士学校で受けた対魔物訓練を思い出していた。
人型のアンデッド、赤い瞳、翼で空を飛び人間の血を啜る……。
ゴースト、スペクター、ガーゴイルの可能性は低い。
もしあれがメデューサなら、目が合った瞬間に体を石に変えられていたはずだ。
それに髪の毛も蛇ではなかったような気がする。
人型で翼があるとしたら、女吸血鬼の可能性が極めて高い。
今までに吸血鬼との実戦経験はないけど戦い方なら知っている。
「さっきの聖水はまだ残ってるよね?」
「半分は残ってるけど、使うなら渡しておくね」
「ありがとう、使わせてもらうよ」
レイナから聖水を受け取る。
瓶を開けて剣の刃に丁寧に聖水を垂らしていく。
そして残り半分を頭からかぶった。
肩と胸を守る金属アーマーも聖水で濡れている。
「あいつは私が倒すからマルコの治療をお願いね」
「えっ、ひとりで大丈夫なの?」
「なにかあったら大声を出すから助けて。敵は上の階に逃げたみたい」
「わかったけど油断しないでね。あたしも治療が終わったらすぐに行くから」
レイナはマルコの治療を続けながら、心配そうに私を見つめていた。




